Phase 01 後始末

 そう言いながら、綺世は僕の手を握った。微かな温もりが、綺世の手から伝わってくる。同時に、綺世の記憶がフラッシュバックしていった。

「そういうことだ」

「なるほど。確かに、車にはね飛ばされてからの僕の記憶は曖昧な部分が多かった。けれども、それが『記憶の混濁』によるものだったら、なんとなく辻褄つじつまも合う。ところで、これからどうするんだ?」

「まあ、流石に警察を呼ぶよ」

「そうだな。目の前に死体が2つも転がっているんだ。流石に警察を呼ばないと拙い」

 こうして、綺世はスマホで警察を呼んだ。しかし、警察が来るまで少し時間がある。その間に、僕は状況を整理することにした。

「律は酒井任に腹部を刺されて、酒井任は自ら命を絶った。これは間違いないな」

「そうだ。まあ、酒井任は僕がそそのかした部分もあるけど」

「それはともかく、この拳銃は紛れもない証拠だな。恐らく颯天会が祖露門に提供した拳銃だろう」

「僕の記憶が正しければ、この拳銃はトカレフだな。当然ながら、日本での所持は禁じられている」

「そんな代物を、颯天会は持っていたのか」

「そうだな。恐らくロシアから密輸したのだろう。そういえば、今のロシアは戦況が混乱していると聞いていたな」

「確かに、ウクライナに宣戦布告してから1年が経つ。故に、銃が不足しているのだろう。颯天会はそのどさくさに紛れて密輸したのか」

「その可能性は十分考えられる。あっ、サイレンが鳴っていますよ」

「そうだな。恐らく、これから事情聴取を受けると思うが、なるべく簡潔に済ませるようにするよ」

「分かっている」

 こうして、僕と綺世は別々に警視庁で事情聴取を受けることになった。


「君が、『歌舞伎町トラブルバスターズ』のリーダーか。組織犯罪対策課から話を聞いていたが、どうやらそこにはウチの警官もいたらしいな」

「はい。名前は薬研拓実って言います。確か、祖露門のメンバーを拳銃で殺害したことによって、懲戒免職処分を受けたと」

「そうだ。薬研君には少々申し訳ないと思っていたが、それが警視庁のルールだ。故に、彼にはここから追放してもらった」

「薬研さんはその後、僕たちを裏切って祖露門のメンバーになりました。覚醒剤に手を染めていたので、恐らく覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕されると思います」

「その件なら、既に別の部署で手続きを行っているところだ」

「そうですか。なら、いいんですけど」

「では、本題に入ろう。どうして、祖露門を壊滅させたいと思ったんだ」

「なんていうか、成り行きでこうなったんです。僕たちは違法薬物の売人を捕まえた事があるんですけど、その売人が祖露門のメンバーでした。それから、ホス狂いの連続毒殺事件やアイドルの闇を暴くうちに、祖露門という存在と直接対決することになったんです。結果的に、祖露門は自滅しました。けれども、なんだか胸にはまだ引っかかるモノを覚えているんです」

「差し障りがなければ、その理由を教えてもらえないか」

「大丈夫です。僕の友人が、祖露門のリーダーに殺されました。直ぐに救急車を呼ばなかった自分も悪いんですけど、矢っ張り見殺しにしてしまった自分が情けなく感じてしまって……正直後悔しています」

「警察でも、そういう事は日常茶飯事だ。そういうのを我々では『殉職』と呼んでいるんだが、意味ぐらいは知っているだろう」

「はい、知っています。職務中に何らかの理由で命を落とすことですよね」

「流石だな、正解だ。その『何らかの理由』の理由の大半は、犯人による殺人だ」

「そういうのって、直ぐになんとかならないんですか」

「悲しいことに、どうにもならないのが現状だ。故に、警官や刑事という職業は常に死と隣合わせなんだ」

「そうですか……僕の友人も、言わば『殉職』といったところなんですかね」

「まあ、そうなるかもしれないな。ただ、君たちは飽くまでも私設の組織だ。警察では尊厳を尊重した上での昇進があるが、私設の組織ではそういう訳にはいかない。だから、個人で弔ってあげるのが最善策だろう」

「分かりました。葬儀には行くようにしますので、話を続けてください」

「それで、祖露門のリーダーである酒井任と同級生だったそうだな」

「そうです。仲が良く、一緒に行動することも多かったんですけど、就活に失敗した彼は地元のヤンキーとの付き合いが多くなっていったんです。それがまさか半グレ集団だとは思ってもいませんでした」

「それは気の毒だったな」

「ですよね。それで、先日数年ぶりに彼と話したんですけど、死ぬ間際にこんな事を話していました」

「詳しく教えてくれ」

「分かっています。彼は、『薫と出会えて良かった』と言っていました。対立関係にあるとはいえ、矢っ張り同級生である事に変わりはありません。だからこそ、自ら命を絶った時の表情は逆に安らかだった。恐らく、僕と綺世を見て安心しきったのでしょう」

「なるほど。食傷気味な言葉で申し訳ないが、君と信濃君、そして酒井君は『絆』というモノで結ばれていたのだろうな」

「そうですね。18年来の仲ですからね。それで、他に話すことはないのでしょうか」

「特に無いな。ご苦労だった」

「ありがとうございました」

 こうして、僕は警視庁を後にした。エントランスで、碧が腕を組んで待っていた。

「遅いッ!」

「ごめん。事情聴取が長引いちゃって……」

「まあ、30分ぐらいなら許容範囲だけど。それで、刑事さんには詳しいことを話したの?」

「とりあえず、僕から話せることはすべて話した。恐らく、これから組織犯罪対策課の方で祖露門と颯天会へのガサ入れが始まるだろう」

「そうね。アンタがやったことは大手柄よ。結果として祖露門の壊滅に繋がったんだから」

「でも、颯天会までは壊滅させられなかった。その点に関しては責任を感じている」

「まあ、颯天会に関してはそのうち自然と壊滅するでしょう。でも、そういうのはアタシたちじゃなくて組織犯罪対策課の仕事だからね。警察に任せておきましょ」

「そうだな。それで、これからどうするんだ」

「どうするも何も、墓地へ向かうに決まってんじゃん」

「そうか。しかし、生憎あいにく僕は喪服を持っていない」

「別にいいじゃん。変に着飾ったら、律くんに笑われちゃうよ。アンタはアンタらしくその服で弔ってあげんのよ」

「……分かった」


 こうして、僕は残念なデザインの黒いTシャツを身にまとったまま、律が眠る墓地へと向かっていった。

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