Conclusion 不夜城のヒーローたち

Phase 00 追憶

 薫、いいか、聞いてくれ。この記憶は恐らく君に共有されることはないだろう。だからこそ、僕の口から直接伝えようと思う。


 僕は、孤独だった。母親に棄てられてから、一人でこの街を彷徨っていた。ある日、僕はおじさんに拾われた。そのおじさんは、大人のお店を運営していた。それが風俗店だとは思わなかったし、大人になって気付いてもどうってことはないだろう。ただ、僕は毎日女の子の悦びとも取れる喘ぎ声を聞いて育った。きっと、ここから子供を授かるのだろう。僕の母親は、そういう大人の店で働いていたらしい。だから、どこかで母親に会えるのではないかと思っていた。しかし、現実はそう甘くはない。結局、僕を棄てた母親には会えなかったし、消息も不明だった。恐らく、人知れず命を絶ったのだろう。

 それから、僕は小学校に入学した。日本では「義務教育」というのが6年間保証されているので、小学校と中学校は厭でも行かざるを得ないのだ。そこで、僕は薫に出会った。親ガチャに失敗した僕は、他の子から虐められる事が多かった。けれども、薫は僕の事を庇ってくれたよね。それから、僕は薫と行動を共にするようになった。ある日、薫がひき逃げ事故に巻き込まれた。飲酒運転をしていた車にはね飛ばされて、そのままコンクリートに打ち付けられた。当然、薫は意識を失って、2ヶ月近く眠っていたらしい。前頭葉を損傷していて、このままだと「脳死」といって事実上の死を迎えると言われたから、僕が薫に前頭葉を移植することにした。もちろん、僕は前頭葉の一部を失うわけだったんだけど、友達を救うためなら多少の犠牲は厭わなかったんだ。そして、僕の記憶は薫と「共有」するカタチになった。当然、記憶の混濁こんだくは発生したけど、薫は意識を取り戻した。その時に、僕は思わず喜んだ。矢っ張り、僕には薫が必要だったからだ。

 それから、中学校に入って、僕は薫と離れ離れのクラスになってしまった。でも、放課後は一緒に行動する事が多かった。やがて、僕が「風俗店のオーナーに引き取られたこと」を説明してから、薫はヤクザや半グレ集団といった新宿の裏社会に興味を持つようになったんだっけ。それが「歌舞伎町トラブルバスターズ」結成のきっかけになったのは、言うまでもないよね。当時、世間では「関東連合」という半グレ集団が悪名を轟かせていた。だから、いつか僕の手で「関東連合」を壊滅させたいと思っていた。結局、「関東連合」は六本木で発生したクラブ襲撃事件で瓦解がかいしてしまったけど、彼らの後継者は後を絶たない。つまり、潰してもゴキブリのように湧いてくる奴らはキリがなかったんだ。それから、薫は高校に進学。僕はコンビニでアルバイトをするようになった。高校に行くお金が無かったからね。でも、週に1回は絶対僕のところに来てくれたのは、覚えているかな? それで、僕はこっそり賞味期限切れのパンや弁当を薫に渡していた。そして、薫にもガールフレンドが出来た。それこそが、毛利碧だったっけ。僕は、薫と碧の恋のキューピッドとなるべく努力した。それから、結婚こそしてないけどずっと付き合っているから、恋のキューピッドとしての役割は成功したと言っても過言ではない。

 大学に入学してから、薫は就活に苦労していた。その結果、就活に失敗した薫は事実上のニートになってしまったんだっけ。だから、僕が「歌舞伎町トラブルバスターズ」を結成しようと決めた。もちろん、薫の高校の同級生である骨喰律と、探偵役として雇った薬研拓実も一緒だった。最初は中々上手くいかなかったけど、やがて歌舞伎町でも屈指のトラブルシューターとして名を上げるようになったんだっけ。それから、色んな事件を経てきた。半グレ集団の壊滅という大きな任務も任されるようになってきた。今この場で、祖露門という半グレ集団が壊滅しようとしている。それは、紛れもなく薫の手柄だ。だから、薫はもっと自信を持って欲しい。


 ――これからも、僕は薫の味方だから。

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