幸福(ふこう)

風見星治

幸福(ふこう)

「運がいいって幸せだと思うか?」


 この口上は俺が初対面のヤツに会うと毎度投げかける質問だ。半ば癖になってる俺の言葉を聞いた大概の人間は眉間に皺を寄せ、まるで禅問答に遭遇したかの様に困惑した後に大抵こう返す、"何言ってるんだ"あるいは、"運が悪いより良いに決まってるだろ?"ってさ。


 間違っちゃあいない。誰だってそうだ。不幸よりも幸福な方が良いに決まっている。だが俺が聞きたいのはそうじゃない、本質はソコじゃないんだ。大抵の人間はソコをはき違える。いや、違うな。正直に全てを話す事が出来ないからこんな中途半端な答えが返ってくるんだ。俺は毎度毎度そうやって自嘲する。見上げればどんよりと暗い世界。黒い靄が掛かったみたいにくすんだ世界が見える。そう、コレが今の俺が見る世界だ。


 ※※※


 俺には特殊な能力があるんだ。いや、冗談じゃなくて本当にあるんだ。が……それを馬鹿正直に言って後悔したことが1度だけある。いや、今この瞬間を含めれば2度か。忘れもしない、小学生の頃だ。その時流行っていたお菓子があったんだ。いや、お菓子はオマケで本命は封入されているシールだ。今風に言えばガチャと言った方が近い阿漕なアレさ。


 誰もが熱中したし夢中になったよ。当然、俺もだ。だけど俺は他とヤツラとはちょっとだけ違った。最初に言った特殊な能力だ。物心着いた時にはもうこの能力を持っていたものだから、最初は誰もが同じなんだろうと思っていた。だから……何の気なしに言っちまったんだな。因みに親父にもお袋にも、祖父祖母叔父叔母にも言った事があるが、ソッチは誰一人として信用してくれなかったよ。純粋無垢な子供の言葉を信用しないなんて酷い連中だってアンタも思うだろ?


 肝心の俺の能力だけど、その時は勘違いをしていたんだ。俺は"俺が欲しいと思ったカードが分かる"程度の能力だと思っていた。だから、チョコレート菓子が入った正方形の包みがギュウギュウに詰まった箱の中から必ず欲しい物を引いては喜んでいた。だけど、すぐに理解した。コレは俺だけの特別な能力だってな。


 最初は疑われ、次に驚き喜ばれ、だが最後には不気味がられたよ。それだけならまだ良かったんだが、近所の駄菓子屋にまで迷惑を掛けちまった。誰もが必ず欲しいカードを引ける俺を不気味がった末に"駄菓子屋の婆さんにアタリを教えて貰っているんだ"って根も歯もない噂が広まった。ホントに迷惑掛けちまったと今更ながらに思う。


 結局どうしたかって?誤解させて悪かった、騙してゴメンって謝り倒して持ってたカードを全部仲間にあげたよ。そうすれば楽になれるって子供ながらに分かっていたのかな。実際にその時はそれで終わったしな。何せ全員が子供だから理路整然と解決する必要なんて全くない。だけど俺は思い知った。子供ながらにこの力を誰かに教えちゃあ駄目だって。だから自分だけの秘密にした。


 そうやって自分だけの秘密の力を独力で解析して数年、俺は漸く自分の能力を正しく理解した。運の良し悪しが分かる、五感を通してソレが分かるというのが俺の力だ。と言っても主に目と耳で、手触りや匂いはごく稀、味覚に至っては絶無だけど多分あるんだろうと思う。


 その中で一番利用するのが目だ。俺にとって運が良い、良い結果をもたらす物がキラキラと光って見えるんだ。例えばさ、アンタにそんな能力があったら何に使う?当然、ギャンブルだよな。その中でも専らよく利用したのが宝くじさ。自慢じゃないが買い始めて外したことは一度も無い。額はマチマチだけど、それでも買えば必ず当たる。当然だよな、当たるクジが分かるんだから。


 だけど俺は贅沢をしない。何故かって?当たれば金に集る連中が寄ってくるって知っているからだ。子供時分の時の連中の様に疑いつつも、だが姑息な大人共は浅ましく分け前を強請る。だから悠々自適な生活を送れるほどに金がある一方で働き続けているのさ。カモフラージュってヤツだ。こんな力と金を持っていれば何をされるか分かったモンじゃないからな。


 そうだ、もう1つ実体験があったのを思い出したよ。何時の日だったか、十数年以上も音沙汰なかった小学生の頃の友人が久しぶりに俺を尋ねて来たんだ。何をするでもなく近所の安居酒屋で酒を煽りながら俺の顔を見に来た理由を聞いてみれば、どうやら俺の力を頼りたいって話だった。あの話は結局有耶無耶に終わった筈なのに、だけどこいつは藁にも縋るつもりで俺を訪ねて来た。


 嫌な予感がしたよ。いや、予感じゃない。分かった。だから断ったよ。笑いながら、"出たカードを欲しかったヤツだって嘘ついてただけ"だってね。だけどソイツはそれでも食い下がり、だったら勝負しようと言い出した。


 ソイツが勝てば力か金を貸せ、負けたら諦めるって単純な勝負さ。だから俺はワザと負けて、幾らかの金を無理やり掴ませて逃げるようにその場を去った……そいつが死んだって話を聞いたのはそれから3日位経った頃、教えてくれたのはどう見てもその筋のモノにしか見えない警察官だった。その男は友人の顔写真を見せながらこう言う訳だ。


「何か預かっていないか?話を聞いていないか?」


 ってな。勿論、俺は全てを正直に話したよ。いや……そうせざるを得なかった、かな。耳が嫌な音を拾うんだよ。目の前の男から、まるで歯車が軋むキィキィって音が。こいつは俺に悪運を呼ぶと、そう能力が教えている。だから手っ取り早く帰ってもらう為に全部正直に話した。


 数日後、今度はその警察官が逮捕されたってニュースを見た。友人を殺した犯人だってね。驚いたよ。ソイツ、ヤクザだかヤバい連中とつるんでたんだそうだ。で、友人もその一味。ニュースによれば友人は下っ端のくせに組織の金を使いこんじまったらしい。最初は少しだけ、後で返せばいいやって。だけど隠し切れない額になり、やがて見つかった。漸く納得したよ。アイツ、進退窮まった末に旧い記憶から俺を思い出し、ダメもとで連絡を取って来たんだ。


 馬鹿だよ。ホントに馬鹿だって笑ってやりたかったよ。運不運も現実も世界も全部が都合よく出来ている訳じゃあない。賭けは堂本が儲かる様に出来ているし、世界は金持ちが得をする様に作り替えられている。運不運も同じ、ソレがありゃあ万能全能って訳じゃないんだよね。ま、俺を除けばだけど。


 身の程をしらなきゃあ駄目なんだよ。誰も、俺もそうだ。自分の能力を過信せず、地道に生きるんだ。ソレが一番良いんだよ。間違っても大勝しちゃあいけない。宝くじで一等を当てれば金目当てのクズにつき纏われるし、万馬券を当てればソレは俺のだって無茶苦茶な言いがかりをつけられるし、そうやって財を成しても所詮運だろ?と言う一言で切り捨てられる。運が良いなんてのは世界から見たら許されないステータスなんだよ。


 それでも本来ならば、いやこんな力があればもっと幸せになれたんだと思う。例え世間的な信用を得られなくても、例えば事件事故に巻き込まれ被害にあう事は無いしな。実際、先の友人のケースがそうだ。警察から事情を聴かれた程度で後は何もなかった。


 それ以外も万事が同じ。今まで事故らしい事故にも事件にも遭遇した試しがない。一目見れば分かるからだ。え?なんで教えないのかって?それこそ馬鹿だろ?例えば飛行機が不慮の事故を起こして多数の死傷者を出すと分かったとして、どうやってそれを信じて貰うんだ?無理だよ。誰だって信じやしない。そう、誰一人だ。助けられる命なんて五万とあった。だけどみんな死んだよ。連中の言葉は何時もこうだ、"頭イカれてるのか"、さもなくば"頭の病院行って来い"だ。


 最初は気にもかけなかった。だけど、見たくも無いモノが嫌でも目に入るんだ。運が悪くて死ぬ奴が分かるせいで、な。次第に俺は病んで、表に出なくなった。外出は必要最小限にとどまった。幸いにも金だけは腐るほどにあるから困る事はなかった……いや、本当は死にたかった、かな。金が無けりゃあどっかで野垂れ死にしたのに。本当に笑えるだろ?運が見える、そんな人間の人生がコレだ。傑作だろ?運を見れて、何でも思い通りに出来る男の生き様がコレだぜ?


 ※※※


「ところで、アナタは何故今、こうして表に出てきているんですか?」


 レポーターは淡々とそう尋ねた。だがその口調と目線は明らかに俺を見下し、馬鹿にしている。はっきりとはわからないが少なくとも口調はそんな感じだ。


「絶望したからですよ。」


 俺がそう答えると堪らずレポーターは噴き出した。まぁそりゃあそうだよ。これじゃあ中二病患者だ。だけど間違いなくコレは真実なんだ。だけど、俺はもう我慢できないんだ。済まないと思う。だから……


「ゲームしましょう。」


 俺はそう提案するとサイコロを取り出してレポーターに渡した。ゲームは簡単、いわゆる丁半博打。サイコロの合計が偶数か奇数か当てるってアレだ。レポーターは苦笑しながらも快諾、周囲にいたスタッフの1人から受け取った箱にソレを入れ、振る。


「偶数。」


 淡々と答える俺をやや冷めた目で見ていたレポーターは箱を開け、驚いた。当然、当たっている。俺は彼女に続けるよう促した。"何度試そうが一度も外さない"と挑発染みた事を言えば彼女は必ず振る。ホラ、振っただろう?で、次も偶数だ。俺の答えにレポーターの表情はまだ変わらない。周囲も同じだ。何せたった2回、偶然と言われても不思議じゃない。だが……3、4、5、6回と当て続ければ流石に表情が引きつり始める。


 20回を通り越し30回を超えた辺りでレポーターは疲労を理由に近場のアシスタントにサイコロを振る役目を譲った。その表情にもはや嘲笑は無い。周囲も同じく、だ。30回連続で正解を出し続ける確率は約10億分の1、イカサマしてなければ偶然には起こりえないがこの場にはレポーターに加えカメラまで回っている。何より……


「サイコロ、重なってるね。この場合は上のサイコロの目でいいかな。1だから奇数。」


 確率の問題では絶対に想定されない状態まで言い当てた俺の言葉に恐る恐る箱を開けたスタッフは言葉通りの光景に腰を抜かした。


「嘘、でしょ……」


「嘘じゃないですよ。俺は運が見えて、聞こえる。だから当てられる。」


 レポーターも、カメラマンも、周囲のスタッフも、その辺を歩く一般人も全員が俺を化け物の様な目で見ているんだろうな。


「す、凄いじゃないですか。こんな力があって、なんでもっと上手く使わないんです?」


 レポーターは驚き俺にマイクを向ける。その声色は明確に媚びていて酷く癇に障った。アンタ、さっきまで侮蔑してなかったか?それに、さっきから言ってるでしょう。


「絶望したからですよ。俺は運が見えるって言いましたよね。実はね、見え方には2種類あるんですよ。自分に良い結果を齎すときはキラキラと光って見えるんです。」


「は、はあ?」


「で、悪い時はね……くすんで見えるんです。そこだけが黒い霧がかかったみたいに、真っ黒なんです。」


「そ、そうなんですね。」


 そうなんだ。そうなんだよ。


「それでね。実は俺、皆さんに言っておかないといけない事があるんです。」


 そう切り出すとレポーターを始め、全員が俺を見つめる……いや、多分そうしている、だろうな。


「今ね、何処も彼処も黒い霧が掛かったみたいになってて殆ど前が見えないんですよ。何処を見ても、日本だけじゃない、映像越しですけど世界の何処を見ても、ね。近づけばまだ何があるか分かるんですけど、でも地球全体がまるで黒い霧に覆われたみたいに、こう……真っ黒なんですよ。ハハッ、アハハッ、アハハハハハハハハハハハッ……」

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幸福(ふこう) 風見星治 @karaage666

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