第4話「需要なんてあるの?」
「先生が言ってた田舎……こういうとこかな?」
アイリはつぶやき前方の村をながめる。
建物の数からしておそらく人口は多くないだろう。
周囲は緑が豊かで、村のものと思われる畑が広がっている。
「魔女の需要なんてあるのかな?」
アイリは疑問を抱く。
人が多いほうが魔法の出番は多いと彼女は思うのだ。
それでもサーラへの信頼が上回り、彼女は村の中に入る。
「おや、可愛いお客さんだね。珍しい」
いきなり遭遇した中年女性が目を丸くする。
女性にして体格がよく、日焼けしていてたくましそうだ。
「珍しいですか?」
アイリが首をかしげると、
「女の子がひとりでわざわざ来るのはね」
女性は笑って疑問に答えてくれる。
「何の用だい? 旅人かい? 泊まるとこなんてないけど」
と女性は連続して問いを浴びせる。
「え、ええっと」
アイリはひるんでしまったが、なんとか勇気を振り絞った。
「この村で生活をしたいのですけど」
「移住希望者かい? あんたが?」
女性の無遠慮な視線が彼女の小柄な全身に向けられる。
「力はなさそうだね。……薬師か何かかい?」
肉体労働者に見えないと判断されたらしい。
「えっと、魔女なのですが、必要ですか?」
アイリは自信ゼロの様子で聞く。
必要とされてないなら、別の村を探す気だからだ。
「魔女? あんたが?」
女性は目を見開いたが、すぐに納得する。
「言われてみれば女の子のひとり旅なのに、手荷物がないね」
荷物を持たない旅人なんて普通ならありえない。
女性ならとくにカバンのたぐいは必須だ。
手ぶらという時点でアイリがただ者じゃないという証になる。
「それに汚れてもないし疲れてもなさそうだし」
普通の旅人なら徒歩で旅をすれば疲れるし、服の汚れまで落とすのはまず無理だ。
ターニャの判断は当然である。
「魔女はありがたいけど、うちの村は貧しいんだ。お高い報酬なんてとてもじゃないけど、払えないと思うよ」
女性は眉間にしわを寄せ、率直に言う。
「い、いえ、そんなに受け取れないといいますか」
アイリは慌てて首と手を振る。
「家を貸していただいたり、食べ物をわけていただければ」
彼女は物欲があまりない。
家賃と食費をまかなえれば充分だった。
「そんなものかねえ」
女性は納得しかねる様子で、
「ところで何ができるんだい?」
と肝心な点を問う。
「ええっと……」
困ったのはアイリだった。
できれば利便性の高い魔法を売り込みたい。
しかし、王都で失敗に終わり、サーラにも助言されたのでためらった。
「精霊とおしゃべりできますけど」
魔女である必要があるのかはさておき、事実である。
「精霊? 何の役に立つんだい?」
ところが悲しいことに女性には理解されなかった。
「あ、あれ?」
アイリは泣きたくなる。
田舎なら精霊との触れ合いは大事じゃなかったのか。
彼女にとって売りになりそうなポイントはほかに思いつかない。
悪魔を追い払うくらいならできるが、この村に悪魔は出るのだろうか。
「役に立つ魔法を使えない子を、食わせる余裕はないんだけどね」
正論である。
女性の声も顔に厳しさがないのが、かえってアイリはつらい。
「ご、ごめんなさい」
アイリは謝り、うつむいてしまう。
自分に自信を持てず、自己主張が苦手な彼女の限界だった。
「まあ、女の仕事を手伝ってくれるなら、住むくらい認められるんじゃないかね」
女性は気まずい顔で助け舟を出してくれる。
「あ、ありがとうございます」
アイリはホッとした。
「まあ、村長に話をつけなきゃいけないけどね」
と言われて、彼女は周囲に意識を向ける。
何人か女性たちが彼女たちのほうを見ていることに気づく。
「ああ、こんな村に人が来るのは珍しいからね。旅人すらほとんど来ないのさ」
と女性は笑って、
「わたしはターニャ。よろしくね」
名乗ってくれる。
「は、はい。わたしはアイリと言います」
アイリはぺこりと頭を下げた。
「可愛い名前じゃないか」
ターニャに褒められて彼女はちょっとうれしくなる。
「村長の家は奥だからね。こっちから行くほうがいいだろう」
とターニャは彼女を案内してくれた。
村長の家と言っても奥にあるだけで、他の家と何ら違いはない質素な造りだった。
教わらないとアイリではわからなかっただろう。
「移住希望者とは珍しいな」
事情を聞いた村長は白いひげをなでる。
彼は小柄な老人で、足が悪いということで座ったままだった。
「嫁入り希望なら需要はあるが、そういう意味ではないのだろう?」
「は、はい」
探るような問いにアイリは即答する。
結婚願望がないわけじゃないが、今回の目的は違う。
「村の女たちの手伝いをするなら、試しに置いてもかまわんだろう。人手はあるほうがうれしいからな」
と言ってからけわしい目でアイリを見る。
「ただし、働き者ならだ」
その後に続いた言葉はターニャのものと同じだった。
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