1章 2節 6話

128期生 卒業演習 中央部隊。

ウルス指揮下の中央部隊は、混乱の最中にあってもおかしくなかったが、

比較的落ち着いていたと言える。

そもそも事の全容を把握していない人間が多かったのもあったが、

ウルス以下、司令部が的確に指示を出していた事が大きい。

多くの生徒からしてみれば、指示に従うだけで良かったからである。

その司令部の中心であるウルス自身が、落ち着いた表情で

物事に対応していたのが、最大の要因であったが、

実のところ一番に混乱していたのはウルス自身である。

ただし、それを理解しているのは

彼の幼馴染みで付き合いの長いゲイリだけだった。

ゲイリは一呼吸置いてウルスの側に近寄った。


「大丈夫か?」


ゲイリが小声で囁く。

この場合の大丈夫か?は、部隊の話ではなく、

ウルス自身に向けられていた。


「ゲイリ・・・。まただ。

また、僕のせいで人が死ぬ・・・。」


ゲイリは目を閉じる。

ウルスの言わんとしていることを理解したからだった。

ウルス18歳。王太子である彼は、実のところ今までに2度ほど

命を狙われている。

一度目では、彼を守るためにゲイリの父であるマージナル・ブレイク伯爵が

命を落としていた。


「まだ、君のせいだと決まったわけじゃない。」


ゲイリはそう言うが、士官学校の学生の模擬演習に

兵器を持ち込み、生徒を虐殺する。

という不可解な事件の動機が見当たらない。

そんな事をして得をする人間は皆無であるだろうし、

それを実行できる組織も多くはないはずである。

目的は一つなんだろう。

2度ほど命の危険に晒されたウルスは、

今回の事件も、自分を狙った犯行であると直感したし、

彼に起こった全てを知るゲイリも、同意見だった。

否、それ以外に理由が浮かばないのである。


しかし、敵が想定の組織だとして、

また完璧なシチュエーションを狙ったものである。

この惑星ペンシルは軍用地はであるが、このペンシル演習場には、

兵器と言われるものは模擬戦用の殺傷力のないレーザー兵器だけである。

ウルスら在校生に支給され持ち込んだものと言えば、

旧式の兵器だけであり、直接砲弾を飛ばす迫撃砲の類しか

重火器と呼ばれるものはない。

流石に惑星ペンシルに直接ミサイル兵器や戦闘機など持ち込むことは困難であるが、

作業用のFGとそれに搭載する重火器を持ち込む事は、分解された部品としてなら、

ある程度の組織であれば可能であろう。

作業用FGと重火器を偽装させ惑星に持ち込み、惑星内で組み立てて、

旧装備しか持たない士官学校学生を攻撃する。作戦としては見事である。

そしてそれは現に成功しつつあった。

右翼部隊は壊滅している。

ならば、そこで敵は満足するとは思えず、最終目標をターゲットに、

中央部隊や左翼にも襲い掛かるであろう。

敵の戦力がどの位なのか見当もつかないが、

ここまで徹底された犯行である。

中央・右翼・左翼の全部隊を壊滅させるだけの兵力は

用意されているとみるべきだった。


「それに・・・君が原因だとしても、

君が悪いわけじゃない。」


ゲイリはそう言うと、周りを見渡した。

比較的開けた土地に陣を張ってはいるが、西の方角には森が広がっている。

この模擬戦、防衛を意識する必要はなかったが実戦を想定して

ゲイリはこの土地を本陣の場所に選んでいた。

例えば、空からの攻撃が本陣に向けられた際、部隊を森に隠すためである。


「ティープ!あの森は使えるな?」


ゲイリは声をあげて、臨戦態勢を整える第1歩兵部隊の隊長に声をかける。


「ああ、あの森ならFGだって行動が制限される。」


ティープは答える。

彼は1ヶ月前、軍事用に改良されたFGのパイロットとして、

軍の極秘演習に参加していた。

その経験者が太鼓判を押す。

ウルスが頷くと同時に第3歩兵隊より報告が入った。


「偵察ドローンの映像解析。未確認Unknown3機確認。

1機、こちらに飛行して来ますっ!」


「対空射撃準備っ!全弾撃ちつくせ!

撃ち終えたのち、西の森の中に緊急退避。

深追いはするな。」


ウルスが指示を出すと、部隊に緊張感が走る。

戦力は第1・第3歩兵部隊の2部隊。

第2歩兵部隊は前線に赴いており、この場には居ない。

迫撃砲を持つ砲撃部隊はまだ合流していなかった。

いや、むしろ第1歩兵部隊が帰還してくれているだけでもありがたい。

各自、携帯型の対戦車砲を構える。

弾幕の雨を降らせれば、打ち落とす事は不可能ではない。

しかし、こちらは学生である。

訓練は受けていても正式な軍人ではない。

対戦車砲を構える生徒の中には、明らかに震えているものもいた。


「ティープ!」


ゲイリはティープを呼ぶと、いくつか指示を出す。

第1歩兵隊長はゲイリの言葉にいくつか頷くと、数人を連れて

森の方角へと走っていった。

第1歩兵部隊の指揮権は、ウルスに委ねられる。


「偵察ドローン、3機落とされました。

Unknownの接触まであと30!」


偵察ドローンといえど空中を飛行するラジコン操作の飛行物体である。

それを簡単にこの短時間で打ち落とす敵の

不気味さをウルスは恐怖する。


「来るぞ!当てようと思うな!

全弾撃ちつくせばそれでいい!」


その意図は弾幕の雨で敵の敵の進行を止める事。

森に逃げ込む時間を稼ぐ事である。あわよくば撃墜できればいい。

この時点でウルスは敵をこちらに向かってくる1機に絞っていた。

FGが搭載する火力を考慮し、1機が落ちれば残りの2機が

中央部隊と左翼を攻撃する事は、弾薬の面で難しくなる。

ましてや1機が落ちれば、敵は後退する可能性も高まる。


「射程内に入ります。5・4・3・・・・。」


その声と共に、東の空に黒い点が視認できた。

全長7Mもの物体である。

遮蔽物がない空でその存在を見つけることは容易い。

余裕なのであろうか、その物体はまっすぐにこちらに向かってくる。


「撃てっ!」


ウルスの号令の元、一斉に対戦車砲が東の空に放たれた。

ゴゴゴゴッ!

轟音とともに幾重にも連なる煙が、東の空を覆う。

煙の筋がまっすぐに東の空の物体に対して発射された。

続けて間髪をいれず、第2派も発射される。


「次っ!撃て!」


2発しか砲弾をセットできない対戦車砲を投げ捨て、

新たな対戦車砲を手に取り、第3派目を発射する。

第4派目が発射された時点で、ウルスは右手を高々と掲げた。


「逃げるぞ!森へ走れっ!!!」


「退避ー!退避ー!」


全員がウルスに従った。

彼らは手荷物を投げ捨て、一目散に西の森へと走り始める。

その頃、東の空ではようやく第1派目が飛行するFGを捉えようとしていた。


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