1章 2節 5話

「偵察ドローンの映像出ますっ!」


その声にウルスは第3歩兵隊が準備したモニターを見る。

モニターからは小型の無人飛行機であるドローンからの

映像が届いていた。

映像は爆発する右翼部隊の本営が映されている。


「弾薬庫に誘爆でもしたのか?」


第3歩兵隊を率いるリットンが呟いた。

リットンの見立ては「事故」という事になる。

何かしらの拍子で、弾薬庫に火がつき、爆発したという予想だった。

だが、それにしては爆発の規模が広範囲に広がっていた。

本陣の至るところから立ちこめる煙の量が、

事故であることを否定する。


「いや、コレは完全に攻撃を受けているな。」


側に居たティープが言う。

だがそういうティープも事態の全貌は掴めていなかったし、

また、これは模擬戦であるという認識は抜けていなかった。

モニターを覗く全員を戦慄させたのは次の瞬間だった。

偵察ドローンは動く影を見つけ、それをクローズアップする。

それは、爆発から逃げる人影だった。

他のクラスであったから名前までは知らなかったが、ウルスも

見覚えのある顔だった。

その青年は、爆発から逃げるように走っていたが、

突然その地面が爆発し、吹き飛んでいったのである。

モニターを見る面々は何が起きたのか信じられなかった。


「こ・・・これは、ミサイル攻撃です・・・。」


第3歩兵隊で偵察画像を分析していた青年が、画像の解析結果を報告する。

その声に、リットンが反応する。


「チャールズ!ミサイル攻撃だと?

馬鹿を言うな。今人が吹き飛んでいったんだぞ?

あれじゃ助からない。模擬戦だぞ?

ありえないだろう?」


リットンがうろたえる。

模擬戦では、相手はコンピュータ制御のドローンであり、

ドローンたちからの攻撃は電子レーザーだけである。

そのレーザーに当たると、被害度合いが計算され、死亡認定された生徒は

退場する仕組みになっていた。

つまり、ミサイル攻撃などありえないのである。

ましてや、本当にケガをするような実弾攻撃などあるはずもなかった。

リットンの追及に、報告をした生徒は黙る。

その沈黙が、報告に嘘がないことを物語っていた。


「リットン!偵察ドローンの高度を上げてくれ。

何が起きているのか?全体映像が見たい。」


ウルスの指示にリットンが反応する。

偵察ドローンは一気に高度を上げた。

カメラ自体は右翼本陣に固定されており、上昇しながら

燃え上がる陣地を映し出す。

そこに、異物が写りこんだ。

そこにはあってはならないものが写りこんだ。


「これは・・・。エ・・・FG!?」

「FG!?」


ウルスとティープが同時に反応する。

煙に巻かれ識別しにくかったが、カメラはその姿をはっきりと捉える。

全長7Mほどの巨大な物体が画面に映し出される。

黒煙の中から出現する巨大な影がその不気味さを増した。


FG。

ファントムグリムの略である。

巨大な人型ロボットであり、男子の憧れの的と言えるべき存在であったが、

その歴史は華やかとは言えない。

ほぼロマンとして作成された人型ロボットの歴史は、

挫折と言う言葉と共に歩んできた。

まずは、兵器としての欠陥である。

戦闘機より機動力に劣り、火力の面では戦車に劣る。

装甲では艦船に劣り、重力下の運用は困難を極めた。

つまり、兵器としては落第点を与えられたのである。

従って、その開発は民間企業の、しかもロマン枠で行われたことが、

FGの開発を遅らせた。

始めは、宇宙開発の作業用ロボットとしてスタートし、

ポッド型の宇宙船に作業用のアームをつけたところから始まる。

それは人型ではなかったが、作業用アームが人間の腕を模写するにつけ、

運動性能を上げるために、足に小型のブースターがつけられ、

アームを確認するための頭部にメインカメラがつけられた。

人間が操作するものであったから、外見も人間に合わせるのが

都合が良かったのだ。

人々のロマンと実用性が合致し、FGは次第に人型ロボットとして

改良されていくが、それは作業用ロボットとしての開発であった。

次第に、宇宙だけではなく、地上の危険地帯に投入できる

ロボットとして発展していき、地上での運用もできるようになっていったが、

それでも重機としての作業用ロボットの枠を超えることは出来ず、

今日まで続いている。

だが、6年前に開発されたスーパーコンピュータ「バッカー」が

様々な分野に適用されたことで、FGもその恩恵にあやかりつつあった。

単純に、FGの利用価値が見直されはじめていた。

もちろん、バッカーの恩恵にあやかっているのはFGだけではない。


しかし、未だFGは作業用ロボットの認識が根強く、

軍事演習のこの場面に姿を現すのは違和感でしかない。

多くの者がそう感じる中で、モニターを見ていた2人だけが、

FGに過剰反応していた。

ウルスとティープである。


「FGが何故ここにいる?ゲイリッ!」


第1歩兵部隊の隊長であるティープがゲイリの名前を呼んだ。

周囲の人間が、周りを見渡し、名の呼ばれた人物を探す。

ゲイリはモニターに集まる人の後方に居た。

緊急招集がかかったので、司令部まで戻ってきていたのである。


「俺は何も知らないぜ?」


ゲイリは深刻な顔で、とぼけたように答える。

だが自分の名前が呼ばれた事には、身に覚えがあった。

彼は卒論において、「FGの軍事利用と兵器としての可能性について」という

論文を提出していた。

そして、そのための実験としてウルスとティープも協力していたのである。

その実験は、王子であるウルスの協力のもと、

軍部も巻き込んだ大掛かりな実験となった。

そして、彼はその論文で「FGは兵器として運用するに足りる」という結論を

導いていた。

一定の条件下ではあったが、既存の部隊よりも大きな戦果を上げたのである。

もちろんこの事は、士官学校の教官たちも知っている。

だから教官たちがこの卒業演習にFGを投入する可能性もあった。

だが。

それは否定されるであろう。

何故なら、右翼部隊に死傷者が出ているからである。

教官たちが用意したのであれば、死傷者など出るはずがなかった。


「ティープ、歩兵部隊で臨戦態勢を。

対FG戦のマニュアルなんてない。君の経験だけが頼りだ。」


ウルスは指示を出した。

動かなくてはいけないと直感していた。

ゲイリの論文にFGの操縦者として協力し、

軍の関係者を驚愕させるほどの戦果をあげたティープの名を上げる。


「しかし、右翼は?

救援に向かったほうがいいんじゃないのか?」


リットンが進言する。だがその言葉を否定したのはゲイリだった。


「間に合わないよ。今から向かっても。」


悲痛な言葉に、リットンは再びモニターを凝視する。

FGは右翼陣地を荒らしていた。

右手部分に備えられたマシンガンが火を噴くたび、周囲に爆炎が上がる。

ゲイリの言葉通り、右翼はもはや部隊として機能はしていない。

けが人はいるだろうが敵が健在の中、救出に向かうのは

現実的ではなかった。

そしてそのマシンガンが空中を飛行する偵察用ドローンに向けられると

ガガガガガガッという音と共に

映像は途切れる。


「ドローン、墜とされました。」


「残りのドローンを全部出せ。あの被害、敵は1機じゃないはずだ。

左翼のソマイラと教官にも緊急事態発生の報告を。

全員臨戦態勢!第3種戦闘配備!

これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない。

各員。敵の襲撃に備えよっ!」


ウルスが通信機に向かって叫んだ。

FGの兵器としての運用には弱点がいくつかある。

その一つが、火力の問題である。

戦車や戦闘機と同じく、単体の機動兵器には弾数の問題が付きまとう。

戦闘に特化した戦車でさえ、その砲弾は20発前後であり、

それを打ち尽くせば、補給が必要となる。

FGは全長、機体は大きいものの、その大部分は機動力や装甲に費やされるため、

砲弾を大量に詰め込むことは出来ない。

被害の規模は限られるのである。

だが、右翼の惨状を見るにFG1機での攻撃とは思えなかった。

被害が大きすぎたのである。

いや、火力を詰め込んだFGならば、

1機でもあの位の被害を出す事は可能であろう。

ただし、そこで弾薬を使い果たしているはずである。

続けて、中央部隊・左翼を攻撃できるとは思えない。

敵の目標が、ウルスの想像通りなら右翼だけを攻撃して

目的達成というわけではないだろう。

つまり・・・。


「敵は1機だけではない。」


それがウルスの結論だった。

偵察ドローンの第2陣として、6機のドローンが発進される。

既に戦場での駆け引きは始まっていたのである。

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