第44話

 MMMC地下二階、通称第一層と呼ばれるPNDRで最も浅い階層にある一室で、観生みうは愛用のノートPCを操作していた。無数にある空き部屋のひとつ、そこの不法占拠であるが、誰も文句を言ってこないので、観生がPNDRでの作業用にカスタマイズをしている。

 漫画喫茶のような二畳そこそこの室内で、二七インチのワイドディスプレイ四枚に接続して表示させた一二個のウィンドウを駆使して、刀弥の位置情報を確認しながら施設内カメラの映像も見つつ、サーバに進入して過去の記録映像を漁る。ついでに警備システムの管理者権限を入手して、扉のロックと解除、隔壁の作動もできるように作業を進めている。

「そこ左ね」

『了解。ヤツは?』

「一〇メートル後ろ、ぴったりついてきてるよ」

 天音あまねの手を引いて逃げる刀弥とうやの映像と、カメラに映った天音の母親と思しきヒトの位置情報を確認しながら答える。

 ルート選定基準は、武器の調達がしやすく、且つ触手の射程に収まらないように直線路を避けることができるかどうかだ。

 監視カメラの過去映像を見る限り、冷凍保管庫から出てきた天音母は研究員を殺害後に捕食。その後処理班が集められたがそれも順次殺害されて、今に至る。

 武器の調達とはすなわち彼らの銃を奪うことである。そうなると、自然と殺害ルートを辿ることになる。天音の母が殺した道順の逆を辿る、悪趣味な聖地巡礼のようだ。


 同時に、なぜカルーアがあんなところで死んだのかも、過去の映像を確認していく上で明らかになった。

 翌日一○時に遺体の検分及び実験観察を行うに当たり、冷凍保存室の担当者に解凍準備を指示したようだが、カルーアも朝一番の作業を前に、前日のうちに自分が使用する器具・機器類の準備に入っていたようだった。

 その最中さなかに被検体たる天音の母が動き出したことで、処理班を楯にしながら後退。その間観察を続けていたが、終いにはその処理班に裏切られて取り残され、触手の餌食になった。その十数秒後に刀弥が到着した、という実に呆気ないものだった。

(金で雇われている処理班に愛想をつかされるのはしょうがないとして、観察に熱中していて頭の中で仮説でも組み立ててたのかね~)

 観生はカルーアの研究のためなら見境ない性格を思い、心の中でため息をく。

 もう少し自分の生に執着していれば長生きできただろうに、「死んだら研究が続けられない」とか言っていたことも思い出す。

 注意散漫、死ぬべくして死んだのだろうと、再度ため息が漏れてしまう。

 電源が入りっぱなしのカルーアのPCに管理者権限で遠隔ログインしてみる。今回のことで役立つものはないかと漁るが、あまりにも量が多く、専門的過ぎるのでこの数分で現状を打開せねばならない状況下でいちいち読んでいられないと諦めた。


 再び刀弥のナビに戻る。

「お、あーちゃん、ボーナス発見」

『なんだ?』

「そこ右に曲がると、左右分断死体がいいモノ持ってる」

『だからなんだ、それは』

「Tっぽい形。拳銃じゃなくて、なんかちょっと凄めかも」

『伝わらん。SMGか?』

「待って今画像AIに食わせてるから。こちとらあーちゃんみたいに銃とか詳しくないのだよー。—―あ、MAC10って出てきた」

短機関銃S M Gだな。連射性は申し分ない』

「ね、ボーナスっしょ」

『うまくいけばいいが』

「ふぁいとっ、あーちゃん」

『ルート選定は引き続き任せる。SMGでどうにかできればいいが、最悪を想定すべきだ』

 励ましを入れたつもりだが、すでに思案モードに入っている刀弥からは快いリアクションは返ってこない。もうちょっといいモノ見つけたことを褒めてほしかったが。

「はいはーい、お任せ~」

 それでも、明るく快活に話すのが自分なのだと気を取り直し、観生は自分の仕事に集中するのであった。



 言われた通りに通路を右に曲がると、五メートルほど先の通路奥、L字に曲がる手前で、身体の中心から綺麗に左右分割された死体と出くわした。

「うっ」

「見なくていい。脇を走り抜けろ」

 あまりの惨状に息を詰まらせる同級生を先に走らせる。

 母親が死体を喰っているところを見てから変に騒ぐことはなくなったが、逆に心ここにあらずの状態なのでどちらにしろ目を離すことはできない。とはいえいつまでもそうも言っていられない。

 天音は口と鼻を押さえながら、血の跡を踏まないように死体の右側を、壁に張り付くように通り抜ける。

 

 刀弥は死体に向けて腰を落とし、その右手から、観生の言う『Tっぽい』銃を奪う。

 厳密にはM11と呼ばれるモデルだが、短機関銃サブマシンガンに変わりはない。変異体の出没現場を封鎖してサンプル回収を任とする、(刀弥ほどではないが)危険を孕む処理班とはいえ、オートマチック式拳銃が最大火力だ。室内や閉所の制圧において重宝する短機関銃であるが、組織的な方針で火力を制限していることから、こんなものが手に入るとは予想外だった。

 グリップから飛び出したマガジンを確認する。残弾は一○発程度しか残っていないが、充分のはずだ。他に何かないかと探ると、一丁の拳銃が出てきた。細かく確かめる時間がない為、とりあえず懐に仕舞う。

 死体は体が中心から左右に、まさに一刀両断という具合に切断されているが、これもあの触手によるものだろう。肝臓の位置にあるべきものがない気がするので、もしかしたらえぐって食べたのだろうか。先の腕を食しているところを思い出し、不思議ではないと納得してしまう。

 死体を跳び越えて反転する。

 ちょうどその時、天音の母が角を曲がり、刀弥を見た。

 相変わらず濁った眼が、虚ろに焦点も定まっていないような幽霊じみた所作で、しかし動作だけは軽快に向かってくる。

 M11のトリガーを引く。

 毎分一〇〇〇発以上の連射を可能にする銃だ。一瞬にしてフルオートで発射されて残弾がなくなり、その全てが微妙に着弾点を散らしながら天音の母に迫る。


 ヒュンヒュンと唸りを上げながら自在に乱舞する半透明の触手が、全ての銃弾を弾き、逸らした。


「本当にバケモノか」

 音速で迫る銃弾を弾くこと自体が異常なのに、フルオートで発射されたものまで全て防御するとなると、文字通り常識の通用しないバケモノだ。

 通常、変異体は他の生物同様に脳を破壊するか命令系統の遮断――頭部の切断、循環器系の機能不全――心臓の破壊で無力化できる。出血量が増えれば死ぬのも同じだ。

 だが、防御力が高いならまだしも、こういう自律防御のような機構を持ったものの対処は完全に想定外だ。レベルにして間違いなくA、いや、その上のSなんてものを作って当てはめてもいいくらいだ。銃が通じないならナイフで、などとも言っていられない。そもそも近づけないだろう。

 当然のように変異体として扱っているが、それをおかしいとも思わない。刀弥も蓮山家でこの女の死体を見ている。間違いなく、あれで生きている人間などいない。それが回収されて、しかも冷凍保存されていたのにああして接合されて動いていて、謎の触手で殺しまわり、人を喰っているのだ。間違いなく『ジョーカー』の影響下にあるはずだ。

(どうする…)

 刀弥は急いで曲がり角の遮蔽に跳び込むと、先ほどまで頭があった位置を薙ぐように触手が伸びてきており、壁を抉った。M11を取り落としたが、拾っている暇はない。

「走れっ」

 珍しく声を荒げながら、刀弥は曲がった先で心配そうに視線を向けている天音に言い放つ。

 ビクリと体を震わせ、天音が頷いて奥へと走り始める。

 刀弥もその後を追って駆け出した。


(拳銃どころか、短機関銃の発射速度でも全て無効化される)

 恐らくM11はPNDR内にある最高火力と思うべきだ。あれ以上の、例えば軽機関銃や分隊支援火器に相当するような発射速度と高威力を持ち合わせた火器はないだろう。

(近づくことはできるか…?いや、無理だな)

 どこかでナイフを調達できたとして、銃弾すら通り抜けることができない防御網を肉弾戦で突破できるとは到底思えない。が一人増えるだけだ。

「急げ」

「う、うんっ」

 天音に追いついた刀弥が再び手を取る。

 両断死体の傍を、天音の母が通る。

 振り向きざまに拳銃を後方に向けて一発撃つが、当然のように触手に弾かれる。


 何の解決策も浮かばないまま、速度を緩めることなく走り続ける。

 捕まったら最後の、生死をかけた鬼ごっこは続く。

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