第8話 帰り道にて

 見知らぬ子供達と別れた後、千紗と秋成は


「待て。待たぬか秋成。お主、急に何を怒っておるのじゃ?」

「うるさい。やっぱり貴族なんか、大っ嫌いだ!」


 未だ、そんなくだらぬ言い争いを続けながら、気付けば賑やかな市まで戻って来ていた。


 市に戻ると直ぐ、突然に千紗が足を止め、ある店の前で立ち止まる。


「千紗っ!?」


 突然、背後から消えた千紗の気配に、もしや何事かあったのかと、彼女に対して抱いていた怒りも忘れ、秋成は慌て後ろを振り返った。

 振り返った先、何かに気を取られているかのように間抜けに口を開き、ぼんやり立ち尽く千紗。

そんな彼女の姿に、思わず安堵の息が漏れた。


「おい、何馬鹿みたいに口開けて立ち止まってんだよ?」

「………」


 秋成の問いに、千紗からの返事はなく、仕方なく千紗のもとへと秋成は歩みを戻す。

 彼女は一体、何にそんなに気を取られているのだろうか?千紗が足を止めている店の品を覗き見れば、そこには耳飾りや首飾り、それに勾玉といった綺麗な装飾品が所狭しと並べられている。

 普段男勝りな千紗も、やはりこう言った綺麗な装飾品に惹かれるのかと、秋成は彼女の意外にも可愛い一面を微笑ましく思いながら、彼女の見つめる視線の先を追って再び声を掛けた。


「あれが欲しいのか?」

「……っ!」


  秋成の言葉にはっと我に返る千紗。


「なっ、なんでもない。気にするな!」


 何故か怒っているかのような口調でそれだけ言うと、千紗はまるで逃げるかのようにそそくさとその場から歩き出した。


「? 何怒ってんだ? あいつ……」

「こら秋成!何をしておる。早く来ぬか!」

「はぁ?!お前が立ち止まって道草くってたんだろう。何を偉そうにっ!」


 千紗のせいで待たされていたと言うのに、自分の事は棚に上げて急かす千紗の傲慢ぶり。相変わらずの態度に腹を立てながらも、スタスタと先を歩いて行く千紗を一人にするわけにもいかず、慌てて千紗の後を追いかけ店を後にした。



「姫様っ!!」

「姫っっ………」


 その後、無事牛車を止めた近くまで戻ってた二人。

 姫の供としてついて来た屋敷の者達は、主の帰還に、皆一斉に千紗のもとへと駆け寄った。


 その中に、千紗は無意識に小次郎の姿を探す。

だが、小次郎の姿はどこにもない。

 きっと仕事に戻ったのだろうと想像はついていたのだけれど、千紗は小次郎の所在を聞かずにはいられなかった。


「…………小次郎は?」

「小次郎殿は、仕事があると、行かれてしまわれました」

「……そうか」


 あぁ、やっぱり。返って来た答えに千紗は小さなため息を吐いた。

 それは人からは気付かれない程に小さなものだったのだが、秋成はそれを見逃さなかった。

 やはり自分では小次郎の変わりにはなれないのか。


 千紗の姿に、先程までの千紗とのやり取りが虚しいものに感じられて……秋成もまた、小さな溜息を吐いた。

 まだどこか元気のない千紗を乗せ、千紗の住まう家、藤原の屋敷を目指してゆっくりと動き出して行く牛車。

 その隣を、自らの足で歩きながら秋成はそっと寄り添った。


  ◇◇◇


「気分でも悪いのか?」


 車ごしでも伝わってくる千紗の沈んだ気配。暫くの間は黙って見守ろうかと思った秋成も、早々に堪らず牛車の中へと声を掛ける。


「何故じゃ?」

「何故って、いつもならまだ帰りたくないだの、次はどこに連れて行けだの、散々我が儘を言うくせに」

「そうだったか?」

「今だって、いつもならそんな事ない!って怒って返す所だろ?」

「……そうか?」

「……………」


張り合いのない返事に、それ以上の言葉は続かない。

 一瞬でも自分が千紗に笑顔を取り戻せたと思った。でもやはり、千紗を笑顔に出来るのも、それを奪うのも小次郎なのだと……。

 小次郎と言う存在の大きさを再認識させられて、秋成は胸がチクリと痛むのを感じた。

 それでも、まだ自分が千紗にしてあげられる事はないか?秋成がそう考えた時、秋成はある事を思い付いた。


「すまない、私用を思い出た。少しの間、千紗の事を頼む」


 近くにいた武士団の仲間にそれだけを言い残すと、秋成は千紗の乗る牛車を離れ、元来た道へと一人走り去って行く。


「えっ?おい、秋成?!」


  突然の秋成の行動に、同僚の武士団の者は驚き、慌てて叫んだ。

 だがその声に、秋成自身が振り返る事はなく、変わりに千紗が牛車の窓から不安そうに顔を覗かせた。


「秋成がどうかしたのか?」

「あ、いえ姫様、何でもございません」

「……秋成はどうしたのじゃ?」

「それは……」


 渋る武士団の者に、千紗は秋成の不在に気付く。

先程、何があっても秋成だけは千紗の側にいてくれると、約束を交わしたばかりだと言うのに……今目の前に秋成の姿は無い。

 散々に彼を怒らせてしまったからか? 秋成にまで自分は呆れられてしまったのか?

 そんな不安に襲われてれて、千紗の顔は見る見るうちに曇って行った。

 そして、その不安に追い討ちをかけるように……


「きゃーっっっ!!」


 前方から女の悲鳴が聞こえて来た。

 次の瞬間、何者かが牛車に侵入して来て、千紗は乱暴に口を塞がれる。


「……っ!」


 突然の事に慌てて抵抗を示す千紗。

 だが、その抵抗も虚しく、鳩尾を殴られた彼女はあっけなく記憶を手放した。

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