第7話 サポートマネージャー


 シュルメルム宇宙工業学園でマキナという人型機体を使ったデュエロタクト対戦競技が始まろうとしていた。

 全長百キロもある巨大なコロニー内を十八メートルサイズの機体、マキナを運んだカーゴがコロニー内に張り巡らせたレールの上を走る。

 マキナを運ぶカーゴの内部に設置されたマキナの状態をチェックするシステムが、隅々までマキナをチェックする。


 その様子をマキナの対戦競技を管理するデュエロタクトのラウンジにある端末達を使って操作するティリオ、ナリル、ジュリア、アリルの四人がいた。


 アリルが

「ティリオ、動力炉のチェック問題ないわ」


 ナリルが

「コンデンサーおよびエネルギー回路系統も問題ないよ」


 ジュリアが

「操縦系統回りも問題ないわ」


 ティリオが

「素材及び骨格や装甲にも問題ない。全てオールグリーン」

と、デュエロタクトの戦いを管理する面々、ファクド達へ視線を向ける。


 ファクドが笑み

「よし、では…問題なくデュエロタクトを開始しよう」

 ファクドの後ろには、ルビシャル、レリス、グランナの三人と


「ねぇ、ティリオ…アンタはどっちが勝つと思う」

と、エアリナがティリオの下へ来る。


 ティリオは淡々と

「別に…勝敗はどうでもいい」


 エアリナが

「何よ、つまらない」

 そう告げる頃にファクドによるデュエロタクトの様々な口上の後、両者が対戦を開始した。


 対戦する両者は、ファクドのゴールドジェネシスのマキナと、ルビシャルのデウスマキナのマキナである。


 光輪を背負うゴールドジェネシスのマキナ。

 甲冑の鎧姿のデウスマキナ、機神のマキナ。


 ティリオは、デウスマキナのマキナを見つめている。

 デウスマキナ機神人類のマキナと似たような存在は、故郷のアースガイヤでも多く扱った事がある。

 実際、ティリオが乗る人型機体ゼウスリオンにもデウスマキナの機神の技術が使われている。

 ただ、違うとするなら…ルビシャルの機神は、中心となるコアから木の根が張るように様々な物質を吸着させて構築している樹木に近い構造だ。

 ティリオ達が使っている機神は、本来の機神である高エネルギーの集合体で、それに様々な機能装甲を付加させている。

 系統は同じだが、構築方法が違う。

 それでも、アースガイヤで使っていた馴染みがあるので優先的に見てしまう。


 そして、デュエロタクトの戦いが始まった。

 ゴールドジェネシスのマキナは、光輪によるエネルギー伝達システムなので、機体は筒状の素体がエネルギーで繋がり合う糸釣り人形に近い。

 故にデタラメな関節の動きが出来る。


 デウスマキナのマキナは、人型に近い関節構造なので、巨大なロボットではあるが、人間のような動きをする。


 デウスマキナのマキナは、エネルギーソードでエネルギーの刃を放ちつつ攻撃。

 ゴールドジェネシスのマキナは、不気味な関節挙動で避けつつ光輪から光の矢を発射する。


 それをデウスマキナのマキナは、エネルギーソードで弾き迫る。

 ゴールドジェネシスのマキナは、距離を取ろうとする。


 デウスマキナのマキナは、鎖のエネルギーソードを作り出してゴールドジェネシスのマキナを絡め取って引っ張る。


 ゴールドジェネシスのマキナは、それに弾くエネルギーフィールドを放って離れようとする。


 中々の接戦になっているのをファクド達は見つめていたが、ティリオは途中から見るのを止めてソファーに腰掛けるとそれにジュリアとナリルとアリルの三人も続く。


 エアリナがそれに

「最後まで見ないの?」


 ティリオはソファーに座って休憩しながら

「ゴールドジェネシスのマキナの方が勝ちだ」


「え?」とエアリナが首を傾げて勝負を見なかった間に、勝敗が決まった。

 ティリオの言葉通り、ゴールドジェネシスのマキナが勝利した。

 勝因は、デウスマキナのマキナが近づき過ぎて、ゴールドジェネシスのマキナが放つ斥力のダメージにデウスマキナのマキナの操縦者が耐えられなかった。


 ◇◇◇◇◇

 

 その日の夜、エアリナは自室のベッドにいて日中にあったデュエロタクトの戦いを思い浮かべる。

 実力は同じだった筈なのに、ティリオが言った通りになった。

 ティリオがどうして、勝ち目を見抜いたのか?…その疑問の答えが見つからなかった。


 翌日、エアリナはティリオのホームに来る。

 普通に学園で授業を受ける日であり、どの学科も週に三度ほど、とある共通の学科を受ける。

 それは、倫理観の授業だ。

 この学園に来ているのは、言わずもがな十代半ばの子供達だ。

 持っている能力を育てるのも必要だが、倫理観を育むのも重要である。


 力の無い理念は虚無だが、理念のない力は愚劣である。

 その考えがこのシュルメルム宇宙工業学園がある時空には存在する。

 その切っ掛けとなった大きな事件もあった。

 そこから、こういう理念、倫理観や心理学を学ぶ共通授業が存在する。

 そして、この授業を受けないと学園に居られない。

 

 その倫理観を学ぶ共通授業の日に、エアリナはティリオ達の元へ来ていた。


 ティリオ達が玄関の自動ドアを潜り

「んん? どうしたんだ?」


 エアリナは腕組みして待ち構えていた。


 その態度から、ティリオは…何か、オレ…マズい事でもやったか?と思い、ジュリアとナリルとアリルにアイコンタクトを送る。


 ジュリアとナリルとアリルの三人は、察して視線で会話した後、エアリナに近づき

「ねぇ、私達と一緒に行こう」

と、アリルが声を掛ける。

 自然とティリオとの間に何があったのか、聞き出す為に。


 エアリナは

「いい、それより…ティリオと話がしたいんだけど」


 ティリオは微妙な顔で

「どんな?」


 エアリナが

「昨日のデュエロタクトについてよ」



 ◇◇◇◇◇


 ティリオ達とエアリナの四人は、学園の校舎へ向かうリニアに乗りながら

「ねぇ…どうして、あのデュエロタクトで、ゴールドジェネシスのマキナが勝つのが分かったの?」


 ティリオの右にエアリナが立ち、ティリオの左にはナリルとアリルにジュリアの三人が並ぶ。

 ティリオは頭は一つ半低いエアリナを見下ろしながら

「分かったのか?ってそれは…」


 唐突にエアリナがティリオの襟を掴み

「アンタ、デカいんだから見上げるアタシが疲れるの」

と、エアリナの隣に空いている席にティリオを座らせようとするが、エアリナの腕力と体重は軽いので、エアリナがまたしてもティリオに吊り下がって足が浮く。


 それをティリオの左にいるジュリアとナリルとアリルが笑いを堪えている。

 威嚇しているのだろうが、全く威嚇が伴っていない。

 ティリオからすれば、小さな子猫が目の前でシャーシャーと唸っている可愛い光景でしかない。

 そして、ティリオの思い出に小さかった頃の弟妹達と遊んだ記憶がよぎる。

 かわいかったなぁ…とティリオは思いつつ、それにエアリナを重ねてしまう。

 ティリオの身長は185だ。

 エアリナは150前後。

 ジュリアとナリルとアリルの三人は全員が170から少し上だ。

 確実に端から見れば、ティリオとエアリナは、父と娘のような感じにはなるが、この学園専用の紺色の制服、しかも男女共にスラックスが基本だが、女子からの提案によって、女子は膝までの足が出るハーフパンツがある。

 なので大半の女子はハーフパンツを着用しているが、ジュリアとナリルとアリルはティリオと同じスラックスだ。


 ティリオは、必死に噛みつくかわいい子猫のエアリナの言う通りにして、空いている席に座る。

 やっと、それでエアリナの視線と同じにはなる。

 エアリナが

「じゃあ、続きだけど。どうして、勝つのが分かったの?」


 ティリオが淡々と

「オレ達は、マキナの…機体の検査をするだろう」


 エアリナが頷き

「ええ…」


 ティリオが冷静に

「それによって、機体のマキナのスペックが分かる。どういう仕様でどういう武装をメインにしているか…とね」


 エアリナが首を傾げて

「つまり、それで…ある程度は分かるって事?」


 ティリオが教官のように鋭い感じで

「装備や機体のスペックによってある程度は、どのような戦いが得意なのか?は予想が可能だが…実際には戦っている現場を見ない事には分からない事もある」


 エアリナが理解する。

「つまり…機体のスペックから…ある程度の戦闘形態を見抜けて、後は実際の戦いになった場合に、その戦略と戦術から予想が可能って事なの…」


 ティリオは頷き

「そうだ。実際、リアルな…そう戦争や…」

と、告げようとする顔に苦悶が浮かぶ。

 実戦の話をするのは、あまり好きではない。


 それをジュリアが察して

「私達は、軍属にいるのは知っているわよね」


 エアリナが「ええ…」とジュリアを見る。


 ジュリアが

「軍隊とデュエロタクトの違いは、必ず結果を持ち帰らないといけない事。つまり、作戦を決行するなら、その成果、結果を持ち帰るのが当然なの。その為に様々な事を調査、下調べして、綿密な作戦を練る」


 アリルも

「競技と実戦の違いは、そこなのよ。競技は決められたルールの範囲でルールという檻の中で結果をお互いが出すように努力し合う。ある意味、平等ね」


 ナリルが

「でも、実戦は違う。必ず作戦を決行するなら、その作戦を決行した結果を出さないといけない。もし…結果を出せないなら…それは、責任問題になる」


 ティリオが鋭い目で

「結果を出せない、イコール、それは大損害でもあり、そして、多大な犠牲を出したという事だ。デュエロタクトには勝利の結果として、提示されたモノの交換がある。それは競技だからこそ通る事だ。実戦は…違う。その結果が起こらないなら、即時撤退しなければならない。それは作戦の失敗であると同時に、見積もりの甘さという責任だ」


 エアリナは黙ってしまう。

 そして、それを同じくリニア車両にいる生徒達も聞き耳を立てていた。


 ティリオ達、実戦を知る者。

 エアリナのような競技でありエンターテインメントの者。

 まさに、明白な違いがここにあった。


 競技やエンターテインメントは、結果なんて重要ではあるも、その試合さえ面白ければ、盛り上がれば十分。

 実戦は、必ずその結果を持ち帰らないといけない。それが出来ないなら、失敗であり、大損害なのだ。


 ティリオ達は、実戦としての見方で見ている。

 エアリナは、競技の見方で見ている。

 その違いによって勝者の選別をしていた。


 エアリナは、少しティリオ達が怖くなった。

 ティリオ達は、戦う為のマシンとしての側面を持っている。

「ねぇ…なんで、そんなに大人びた感じなの? アンタ達は…」


 ティリオがフ…と笑み

「色々とな。事件に巻き込まれたりしたからな」


 エアリナは、ジュリア達三人を見ると彼女達も経験ありという笑みだ。

「そう…」

と、だけしかエアリナは答えられない。

 それ以上、何かを言えなかった。



 ◇◇◇◇◇

 

 全校生徒が共通で受ける倫理観の授業が終わり、ティリオ達は自分が学ぶ整備や生産の学科へ向かう。


 その最中

「よう!」

と、呼び止めるのはルビシャルだった。


「ああ…どうも」とティリオはお辞儀して、ジュリアとナリルとアリルが続く。


 ルビシャルが笑顔…営業スマイルで

「実はお願いしたい事があるんだけど、いいかな?」


 ティリオが少し警戒気味に

「なんでしょう?」


 ルビシャルが頬を掻きつつ

「アタシ達のホームに所属している仲間をコーチして欲しいんだわ」


 ティリオが少し戸惑い気味に

「機神の…ああ…デウスマキナのマキナの訓練にですか?」


 ルビシャルは頷き

「そうそう。先日のファクド達のマキナとの戦いを見たでしょう。最近、ファクド達のマキナに勝てない事が多くなってきたの。だから…その訓練をお願いしたいの」


 ティリオが戸惑い気味に

「ですが…自分は、片方に肩入れするのは…」


 ルビシャルが

「アタシ達だけに肩入れしなくて良いのよ。他の人達も頼まれれば、同じように欠点を解消する訓練をしてくれれば良いのよ」

と、告げて自分より頭一つ高いティリオの肩を持ち

「それにアタシ達、親戚でしょう!」

と、笑顔で告げる。


 ティリオは微妙な顔をする。


 ルビシャルが

「だって、デウスマキナの系譜の始まりであるオリジン原初現人神の龍神 充人様の下へ、アンタの妹が嫁いでいるんでしょう! だったらアタシ達、親戚じゃあない!」


 ティリオの妹、同じ日に生まれた異母兄妹のリリーシャが充人の下へ嫁入りしている。

 十六歳という若さでの嫁入りだが、充人の始めの奥さんであるレディナとの約束もあって、結婚している。

 そして、結婚して数ヶ月後には妊娠して、ティリオは小父さんとなった。

 聖帝ディオスの子供達の中で一番早くに出産した。

 ティリオの上にも七人近い兄姉もいて、上の姉達が三人結婚したばかりだったのに、それよりも早く結婚し出産をして子育てしている。

 充人とティリオの関係は、下から甥っ子とおじさんの感じなので変わらないが。

 色々と急ぎ足で、驚くばかりだったのは憶えている。


 それを思い出してティリオは遠くを見ていると

「ねぇ、そういう事だから!」

と、ルビシャルが押す。


 ティリオは、少し微妙な感じだが

「分かりました。その訓練をお受けします」


 ルビシャルがバンバンとティリオの背中を叩いて

「いや!!! 話が早くて助かるわ。じゃあ、三日後だけど良い?」


 ティリオは頷き

「構いません」



 ◇◇◇◇◇


 ティリオ達は三日後、ルビシャルの、デウスマキナのホームへ行く。

 デウスマキナのホームでは、甲冑のデザインを持つ機神達が並び、その掃除を機神の持ち主である学生が行っている。


 ティリオには、この風景に馴染みがある。

 ティリオの故郷である惑星アースガイヤにも充人が結成した機神の部隊、マジックギガンティスが存在する。

 他にも魔導文明であるアースガイヤに機神の力が入り込んで、機神持ちになる住民もいた。

 その機神持ち達は、こうして定期的に自分の機神の掃除をやっていた。

 それと似た風景に何処となくティリオは安心感を持つ。

 実際にティリオは、充人の影響を受けて多くの機神を宿している。

 機神は身近な存在でもある。


 機神達の掃除風景を見ているティリオに

「おーい」

と、ルビシャルが呼びかける。


 こうして、ティリオを交えた訓練が始まった。


 ティリオは自分のホームから、とあるマキナを持って来ていた。

 そのマキナの入ったカーゴが訓練する訓練区に置かれる。


 そのカーゴの隣には、ティリオ達が乗るゼウスリオンが立っている。

 ティリオは外に出て、ジュリアとナリルとアリルの三人はゼウスリオンの操縦席にいた。


 ティリオは今回、訓練するデウスマキナの生徒達を見つめる。

 六人の男女半々のメンバーだ。

 十七歳のティリオより一つ下くらいだろう。その六人が真剣な眼差しをティリオへ向けている。


 ティリオが持って来たカーゴを示し

「今回は、この模擬体で訓練する」

と、カーゴが開く。

 そのカーゴには、銀色に輝くゴールドジェネシスのマキナに似せて作ったマキナがあった。


「はい」と六人がかけ声を放つ。


 その風景をデュエロタクトのラウンジで見つめるルビシャルは、ニヤニヤと笑っている。


 そこへファクドが来て

「おやおや、早速、サポートマネージャーを使っての訓練とは、抜け目がないね」


 ルビシャルが

「良いじゃない。デュエロタクトの戦いには参加させないけど、こうして強化訓練はやってくれる。アタシ達にとっては、凄く得な事だよ」


 ファクドもそれを見守る為にソファーに座り

「確かに贅沢だ。ティリオ・グレンテルは、その手のプロの中で名が知られているからね」




 ◇◇◇◇◇


 ティリオが訓練を開始する頃、とある荷物がシュルメルム宇宙工業学園へ入港する。

 表向きは、食料の搬入だが。


 それをスラッシャーがシュルメルム宇宙工業学園内へ密かに残したデータ収集端末から知って

「さて、これを…どう、ばら撒こうかね」

と、嘲笑う。


 大量の食料品のコンテナには、とある品物が偽装されていた。

 それが怪しく目を光らせるのであった。

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