第5話

 車から降りた私は、美しい水平線を眺め、思わず感嘆の声を漏らした。

大丈夫、後はもう、海に流して仕舞えば終わりだ。

ビニール袋を持ったまま海に潜り、息を止める。

そして、水中で袋を破った。

うっすらと目を開けると、彼女だったものがじわっと海に溶けていくのが見えた。

しばらく、私はぼんやりとそれを見ていたが、すぐに我に返り、ビニール袋を持って陸に上がった。

肉体は自然に由来するものだが、ビニール袋は違う。

どんな事情があろうとも、自然を汚してはならない。

袋はきちんと、コンビニ前のゴミ箱に捨てておこう。

そう思いながらズボンのポケットにビニール袋を突っ込んだ。

レインコートを着て、車に乗り込み、携帯電話で時間を確認すると、4時2分だった。

この辺りは漁が盛んな地域だ。行き交う船によってあちらこちらに散乱した彼女を、見つけることは不可能だろう。

もう日が昇り始めている。

帰らなくては、妻が待つ家に。

口の中に入ってきた塩っぽい水滴は、海水だったのだろうか。

レインコートを持ってきてよかった、車を水で汚すわけには行かないからな。

老眼になるような歳でもないのに、今日はやけに視界がぼやけて見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る