第5話――裏探偵



「いません」


 その天然パーマ気味の髪型で小柄こがら青年せいねんは、目の前にいる大柄おおがら中年女性ちゅうねんじょせいに対して、にべもなく言い放った。


 五十代くらいだろうか。

 団子ヘアを上に吊り上げたその女性は納得がいかない様子で言い返した。

 

「ええ? そんなはずは……もう一度しっかり見てください!」


 丸い銀縁の眼鏡を整えながら、青年はゆっくりとその部屋を見回した。


 どこにでもありそうなアパートの一室の光景だ。


 無表情は微塵みじんも変わらない。


 数秒のをおくと彼はまた同じ言葉を繰り返した。

 

「……やはり、いませんね」

 

 すると女性はムキになったように、


「そんなバカな! こんだけ嫌なことが続けて起こってるのは、きっとりついてるからですよ!」


 必死にその青年をつなぎとめようと声を張り上げた。

 咄嗟の発声に、唾液だえきが飛び散り、冷たい飛沫ひまつがまばらに彼の顔に飛び散った。


 しかし青年は一切動揺した素振りも見せず、そのしずくを右手の甲でゆっくりとぬぐいながら答えた。

 

「そう言われましても……何度見ても、ここには何もいません」


 あまりの喜怒哀楽のない毅然きぜんとした彼の返答に女性は思わず言葉を呑み込んだ。

 が、我に返ったように彼の顔と体を舐め回すように眺め始めると、

 

「あなた……本当にんですか?」


 眉を顰め、期待を裏切られたかのように食ってかかってきた。


 しかし、その攻撃をあっさりいなすように青年は全く同じトーンで返答した。

 

「お金は結構です。見えた場合だけいただいていますので。それでは私はこれで」


 女性の反応を見ようともせず背を向けて玄関口に向かい始めた。


「ちょ……! ちょっと待ってください! 私はどうすればいいんですか? なっ……! 待ちなさいよ! このインチキ霊媒師れいばいし――!」

 

 女性は消化不良の欲求不満を青年の背中にぶちまけるように大声を張り上げたが、その台詞せりふを言い終わる前にドアが閉められた。

 

 

 私の名は、由良一之ゆらかずゆき。二十九歳。

 職業は探偵である。

 但し、が主に専門だ。


 特別な案件とは?


 この世の中には目に見えない問題が無数にある。


 もう少し踏み込んだ言い方をしよう。


 科学では一切証明できない事案。


 について綿密に調査し、そして解決案を提示する。


 時にはその解決に協力することもある。


 一般的にそういう仕事はと呼ばれる人の領域だが、私はえてそういう肩書を外し「裏探偵うらたんてい」として名乗っている。


 なぜ、そう名乗らないか。


 多くのクライアントは、そういう響きを聞くだけで反射的に敬遠してしまう傾向があるからだ。


 一度、を名乗ってしまうと変に気負い何が何でも霊視し、そして除霊じょれいをしなければならなくなる。


 心霊写真と呼ばれるもののほとんどは、話題集めや金儲けのために捏造されたものが多い。


 だが中にはよくよく見ると、私たちが普段何気にとった写真の中にれいは意外にも多く潜り込んでいる。

 本当によく見ないと、わからないが。


 確かに霊は存在する。

 ここにも、あそこにも。


 しかし、それらすべてが悪なのかと問われると、答えは、否だ。


 私の場合、例え見えたとしても、見えないものと判断してお金を受け取らずに帰ってしまうことも多々ある。


 なぜかというと簡単にそれをはらってしまうと、逆にその人のためにならないからだ。


 あくまで基本「霊」というのは、個人の問題だ。


 それを安易に引き受けてしまうと、こちらがその問題を背負ってしまい、こじれてしまう可能性がある。


 本人の力で十分解決できるはずがお節介に引き受けたがために、事ある毎に呼び出された経験もある。


 やれ、今日の運勢が悪いから除霊をしてくれだの、睡眠不足で体がだるいからはらってくれだの。

 酷い時は、ギャンブルに負け続けている男性に競馬場まで連れていかれ、全レース霊視してくれと頼まれたこともある。

 もちろんその場で、丁重にお断りしたが。


 そういう事情もあり本人だけの力では到底解決不可能と判断した場合に限り、仕事を引き受けることにしている。


 人は、自分が抱えたトラブルを何でもかんでも誰かのせいにしたり時には目にのせいにしたがる。


 まぁ、だから……。


 今回のように、お金を受け取ってなくても呼ばわりされることは、しょっちゅうだが。

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