結実

結実 その一

帝国陸軍 第十一陸軍研究所 報告書第三号 ヨリ抜粋

黒田家 使用人 猿渡 保 聴取内容


――何を見たか

「何をだって? そんなものクチナシ様に決まってる」


――クチナシ様とは何者か

「村に災いをもたらす恐ろしい神さんや。ほんに恐ろしい。腕がぎょうさんついとって、その掌には口がついとる。その口にはなあ、歯がな……歯がぎっしりついとるんだ。クチナシ様はその口で嗤うんや。カチカチ音を立ててなあ。そんで、人を喰う」


――人を喰う?

「そうや。あの日だって、黒田様やお嬢様の腕やら顔やら腹やらを齧り取ってなあ。そりゃあむごい。むごかった……。あそこは地獄じゃ……わしの孫娘もなあ。孫娘はまだ五つやった。五つやど? 痛かっただろうなあ。わしはな、まどかの腹をクチナシ様が引き裂いて、中から臓腑を引きずり出すのを目の前で見てたんじゃ。そんなとき、この老体は何をしていたか? そう聞きたいんやろ? わしは、わしはなあ、それ見て腰抜かして、ただ泣き叫んでいただけなんじゃ。孫娘が喰われるのを、わしはただ見ることしかできなかった。 円は『痛い! いたい!』って叫んどったんですわ。円はわしのほう見てな、そう言ってたんですわ。『おじいちゃん助けてって』。わしは、ただしょんべん漏らしてだけ。それだけですわ。なあ、軍人さん。あんただったらどうしてた? 助けられたと思うかい? わしには無理やった。無理やったんやあ!」


被験者錯乱。頭ヲ机ニ強打シ始メタ為、精神安定剤ヲ投与。鎮静後ニ聴取再開


――クチナシ様とは何者であるか(再度聴取)

「クチナシ様は村はずれの神社に祀られとる神さんですわ。でも、ただの神さんやない。あそこの土地には良くないモノが溜る」


――良くないモノとは

「いろいろじゃ。物の怪やら、動物の霊なんか。いろいろ。類は友を呼ぶって言葉がありますやろ? あれですわ。その集まった悪いモノは惹かれあうんでしょうなあ……形のない、名前のなかったそいつらが集まって、そうして形を得る。それがクチナシ様、なんだそうや」


――その話は誰から聞いたのか

「ご当主様から聞きました。黒田家は村の地主やけど、もともとはあの麓の神社の神主の家系なんですわ。あの村の土地はねえ、土も水もいい。でも、良くないモノが溜る場所が近くにあってな、大昔っから村は飢饉やら、疫病やらで人死にが多かったんだそうで、それを鎮めるために建てられたのがあの、六平神社なんや。でもなあ、あの神社は普通やない。神さんを下ろせんのだと。良くないモノが溜る土地やろ? つまり穢れとる。そんな土地に神様を下ろして、祀ったりなんかしたらそれこそ怒りを買ってとんでもないことが起こるわけや。軍人さんだって、虫やら動物の糞だらけの寝床は嫌やろ? せやから、どうしたかっちゅうと、その良くないモンをまとめて祀ったんや。ふふ。おかしいやろ? 糞を固めてでっかい糞作って、それを神さんとして祀ったんや。それが、クチナシ様や」


――では、そのクチナシ様が村に侵入し、村は壊滅したということか

「違う……黒田家が


――何故招いたのか

「村のためじゃ。今年は日照りがすこぶる悪くてなあ、しかも村には謎の疫病が流行り始めとった。このままでは冬は越せないのは明白だったんや。ご当主様は、クチナシ様の力が強くなりすぎたせいやって言ってはりました。さっきも言ったとおり、クチナシ様は良くないモンの集まりやろ? 日に日にその塊は大きくなるんです。ええ、もちろん村には結界が張ってあるんで、クチナシ様は村に入ってくることは出来ないんですわ。できないけれど、その何ちゅうんかなあ、呪い? そんなような悪い気が村の中にまで入って来てしまっている。だから、定期的にクチナシ様の力を削がなくっちゃあいけないわけです」


――それはどのような方法なのか

「どのような方法か、やって? ふふ。ふふふ。そんなん、決まってますやろ? 殺すんです」


――殺すとはクチナシ様を殺すということか

「ふふ。他に何がありますんや? そうです。クチナシ様を殺すんです」


――神を殺せるのか

「あはははは! 軍人さん、あんたさっきから何を言ってますんや? 相手はまがいなりにも神さんですよ? 殺せるわけないやろ?」


――では、どうやって

「だからねえ、うふふ。あははははは! 産まれてきてもらうんです。クチナシ様にね。あは、あはははは。軍人さん。どうしました? 顔色が悪いですなあ? ふふ。神を殺せるのかって、あんたさっき聞きましたやろ? 逆に聞きますわ。あんた、? それこそ、赤子の手を捻るようなもんやろがあ!」


被験者再ビ錯乱。二人掛リデ取リ押サエル。病室ニ戻ソウトスルガ抵抗。

以下被験者ノ発言。


「わしは、わしはお嬢様が産んだお子をこの手で取り上げたんじゃ! 腕が、腕が八つもついとった! 顔には目がぎょうさんついとって、その目がわしを見たんじゃ! 恐ろしい! 怖い! 怖いんじゃ! あの目だ! あの目が言うんや! 殺せ! 殺せ! ころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせ………………わしは何を殺した? クチナシ様を殺すはずだった。それがわしの神下ろしの儀での役目やった。でもできんかった……じゃあ、わしは何を殺したんや? あ? あ。 嗚呼……ああああああああああああ! わしや! わしが円を!」


――あなたが殺したということか


被験者質問ニ答エズ。

被験者、ソノ場ニテ舌ヲ噛ミ自殺

絶命間際、次ノ様ナ言葉ヲ残ス


「喰われたくなければ、鳴らない鈴を持て」


以下、被験者ノ基本情報


被験者 第五号 猿渡 保

N村ノ地主、黒田家ノ使用人

クチナシ様ヲ視認後錯乱

黒田家当主ヲ含ム村人計十四人ヲ殺害

殺害後自身ノ歯デ死体ヲ損壊

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