開花 その二

 一人残された私は、図書館から借りて来た本を一冊取り出し開いてみた。大量の活字が目に飛び込んでくる。しかし、それらはただの文字の羅列であり、一つも頭に入ってこなかった。


 私はあきらめて本を閉じ、床に転がっているスマートフォンをなんとなく手に取る。ホーム画面の隅に追いやられている、ほとんど開くことのないSNSのアプリをなんとなくタップする。それは、凛子が頻繁に投稿しているものだった。凛子の痕跡をたどるように彼女のアカウントのホーム画面に移動する。あの日以来、更新はない。もしかしたら、すべて何かの間違えで、今でも彼女はどこかで元気にSNSを更新しているのではないか? そんな私の馬鹿みたいな妄想は、一瞬で粉々に砕かれ、現実を突きつけられる。


 彼女のホーム画面を遡っていく。他愛のない日常の呟きの数々。それら全ては彼女の生きた証である。文字だけなのに、私の脳内では彼女の声でそれらが再生されていく。


 こんな下らない呟きも、もしかしたらもう二度と更新されないかもしれない。これらの彼女の生きた証は、永遠にこのネットの海を幽霊のように漂うのだろうか。そんなことを考えると、目に熱いものが込み上がって来るのが分かった。


 もう、これ以上見ないようにしよう。そう、思うのにスクロールする手を止めることが出来なかった。


 どれだけそうしていただろう、一つの呟きが目に留まった。それは、凛子らしからぬやや硬い文面だった。百文字にも満たないその文書の中の「怪談」という言葉がやたらに異質で、浮き出て見えるほどだ。その呟きの直後、凛子は「アカウント間違えた!」と呟いている。どうやら、彼女にはもう一つアカウントが存在するようである。内容から察するに、そのアカウントは、彼女のオカルト趣味のアカウントのようだ。

 もしかしたら、検索すれば彼女のもう一つのアカウントも出てくるかもしれない、そんなことを考える。


 アプリ上に表示されている検索マークのアイコンをタップし、検索欄に記入しようとしたところではたと手が止まる。なんと検索すれば出てくるのだろうか? とりあえず、先ほどの凛子の誤投稿にあった「怪談」というキーワードを入力してみる。すると、大量の投稿が検索に引っかかる。それどころか、アカウント名に「怪談」が入っているユーザーも相当数いるようで、私は面を食らってしまう。


 オカルト趣味の人がこの世には一定数いるということは知っていた。しかし、ここまでいるとは思っていなかった。この広大なネットの海のから、凛子のもう一つのアカウントを探すことは不可能に思えた。


 私は、SNSを閉じようと、スマートフォンの画面を下から大きくスワイプする。

その時、一つのひらめきがあった。


 この広大なネットワークの中に、私の求める真実が漂っているのではないか?


 私は震える手で「梔子様」と入力してみる。かなりの数の検索結果が表示される。しかし内容は、誰かのアカウント名、個人名がほとんどであり、めぼしいものはない。もう一度、今度はカタカナ表記で「クチナシ様」と入力する。検索アイコンをタップする直前、私はふとあることを思いつき、もう一つ言葉を追加した。

クチナシ様 福井県


 一つだけ。たった一つだけとある記事がヒットする。そこには、こう書かれていた。


 福井県のとある地方に伝わる伝承――クチナシ様

 本誌にてその真相に迫る!


 体中に電流が走るような衝撃。


 やっと見つけた!


 その記事には、URLが添付されている。リンク先は、とあるオカルト雑誌を刊行している出版社のホームページだった。見たことも、聞いたこともない雑誌名。もちろん出版社の名前すら知らなかった。


 バックナンバーを調べると、クチナシ様の記事は二年前に刊行された巻に掲載されているようだ。


 そのHPに記載されている出版社の連絡先を控える。本当は今すぐにでも電話をしたかったが、今は夜の十時を回っている。おそらく、電話は通じないであろう。明日、改めて連絡することとし、今日はもう休むことにした。


 真相へと近づけるかもしれないという期待と興奮で私はその夜、あまり眠れなかった。

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