贅沢な旅(ランプの宿)

@J2130

第1話 ランプの宿

 今時、携帯電話の電波が届かないところ…

 テレビもなく夜になると灯りは「ランプ」だけとなる宿。


 新幹線、在来線と乗り換え、最後にバス。さらにその停留所から宿の専用バスに乗り換えます。


 両側を雪の壁がそそり立つ山道を走りやっとその宿に着きました。


 雪深いと一言でいえばそうなりますが、屋根の上には1メートルを越す雪が載っています。


 他の宿泊客といっしょに玄関に入れば午後3時くらいでしたが、外の明るさと比べて暗く、いくつものランプが天井から下げられていました。

 薪ストーブが暖かかったです。


 宿の説明を聞き二階の部屋へ。


 廊下も暗く壁にランプが灯っています。


 部屋に入ると珍しい石油ストーブがありました。

 ここにも天井からたった一つのランプが下げられていました。

本当に灯りはランプだけでした。


テレビもコンセントもありません。


窓から外を見れば雪。

雪に覆われた小さい小川がありました。

その川も河原につもる大量の雪に隠されそうでした。


 4年ほど前、娘が祖父母といっしょに年末年始にかけエジプトに連れていかれました。

 いいですね、孫は…。


 かわいい娘に取り残されたかわいそうな夫婦は年始の旅行を考えました。


 妻は

「ランプの宿って行ってみたいと思っていたんだ…」

 と言い、別に希望のなかった僕は面白そうでもあったので、ネットで予約をいれました。

 青荷温泉といいます。

 ご存じ方も多いかな…


 お風呂というか温泉がいくつもありました。

 離れにも館内にも…

 ほとんどはいったかな…


 露天風呂は寒かったので少しだけ…。


 でもね、温泉しかありません。

 ああ…温泉も灯りはランプだけです。

 夜になると

「これシャンプーか…リンスか…」

 と目が悪く眼鏡をかけている僕にはわかりません。

 眼鏡もすぐにくもるので。


 夕食は食堂でみなさんと。

 ビールも頼めば飲めます。

 囲炉裏に幾尾もの川魚が火にかけられていました。


 そこもランプだけです。

 薄暗いなかでそんな魚がメインのご飯を食べます。

 今時信じられないですよね。


 あとはまた温泉に入るか寝るだけです。

 暗くて本も読めません。



 小川のせせらぎがすこしだけ…

 石油ストーブが燃えるわずかな気配と燃料が落ちるポトポト…というかクク…という音だけです。


「何もないね…」

 妻に言うと

「そうだね…」

 この日何回目かの同じ会話をしました。


「でも静かでいい…」

 ランプを見上げながら妻は言いました。

 静かでいい…


 静かがいいのか…静かでいいのか…


 スマホは通じず電話も来ない。

 テレビもないし本も読めない。


 でもいい…


 世の中はひょっとして余計なものが多すぎるのかな。

 なにもない贅沢。


 


 翌朝、お風呂に入ってから広間で朝食。

 

 豪華ではないですが、ここの宿に似合ったあっさりとした朝ごはんです。


 そのあとも温泉です。


 部屋にもどり、窓辺に行って本を読んだりしました。

 ほとんどの旅客は一泊で帰ります。

 朝十時に玄関に集合しますが、ぼくらは二泊の予定です。


 そんな人がもう一組ぐらい。


 何もないので一泊で確かに充分かもしれません。

 なにもない贅沢です。


 夫婦で話す時間も多くてね。


「電子薬歴入れたいな…今年は…」

「在庫管理システムが入ればな…」

 薬局のことを話したり、娘のことを話したり。


 お昼は特別に玄関の横、ラウンジのようなところでとらせてもらいました。


「いいところですね…何もないのがいいですね」

 宿の人とお話しました。

「何もないんですけれどね…」


「夏はどうなんですか…」


「虫が窓いっぱいに張り付いたりしますよ」

 笑いながら…

「そうなんだ…」


 奥さんは虫が苦手なので無理かな。

 でも虫がいっぱいいる、自然の中ということなんでしょうね。


 コンビニなんてなく、僕ら夫婦は二人でお話したりしていました。

 コーヒーを頂き、雪景色を眺め…。


 今夜泊まるお客様のバスが来たようです。


 離れに散歩に出ると、驚くような白人の美少女がいました。

 スモホで一生懸命写真をとっています。

 家族はまだ外に出てこないのかな…


 なにやらうれしそうに雪景色を何度も撮っていましたね。


 暗くなってきました。

 もう本はあきらめました。


 夕食時、一人で座るその美少女。

 一人だったようです。


 そういえば、外国の人も何人かいます。


 有名なのかな…

 外国でもこんな電気も通らない「ランプの宿」は珍しいのかもしれません。


 でも一人で偉いな…


 こちらの心配をよそに、すぐに同年代の女性客と仲良くなりお話ししていました。


 ちょっと安心しましたね。

 日本は治安がいいとはいえね、美人さんでしたので。


 ないもない贅沢の宿に二泊しました。


 きっと世の中には余計なものが多すぎるのです。

 考え事、夫婦のお話をするのはいいところです。


 なにもない、なにもない。

 

 そんな贅沢…そんな豊かさ…

 

 今度は娘を連れて行きたいです。


 コロナの前のこと、「ランプの宿」のお話でした。


        了

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