第11章『わたしの彼女ちゃんを最高に喜ばせたい』

第31話

 十二月十五日、木曜日。

 正午を過ぎ、わたしはいつも通りオフィスの休憩室でランチをしていた。


「お弁当、いいなぁ」


 正面に座った経理課の鈴木が、わたしのちっちゃくて可愛いお弁当箱を見ながら、カップラーメンをすすっていた。

 ここ最近は、沙緒里さんがわたしの分まで作ってくれている。沙緒里さんはオフィスの机で食べてるから、誰かに見られてメニューが同じだと気づかれない……はず。


「うん。手作りっていいよね。まごころを味わってるよ」


 うっとり漏らすと、鈴木がウザそうな半眼を投げてきた。でも、わたしはオトナだから、それしきのことで腹を立てないのだ。むしろ、この憐れな小娘に愛の何たるかを説いてあげたい。

 料理は基本的に沙緒里さんが、それ以外の家事をわたしがなるべく頑張ってる。

 家事の分担だけじゃない。家賃や生活費を、わたしも出すようになった。折半じゃなくて、沙緒里さんが気持ち多目だけど。

 ようやく、ちゃんと同棲らしくなってきた! わたしの負荷が増えても、全然苦に感じない。それどころか、イキイキしてる。愛のパワー、凄いな!


「小林さん、なんか最近変わったね」

「へ?」

「お弁当でマウント取ってこないじゃん」

「いやいや……そんなことするの、ただのバカでしょ」


 わたしは笑うけど、言われてみればそうだと納得した。残念ながら、そういうことをやりそうなバカだった自覚がある。

 以前までのわたしなら、確かにこのお弁当をイキるための道具に使っていたと思う。でも今は、普通に嬉しいし、普通に味わってるし、その満足だけで充分だった。


「SNSもさ、呟く頻度減ったよね」


 それも、言われるまで気づかなかった。

 何か面白いことを思いついたら呟くぐらいで……空いた時間にタイムラインを眺めて、いいねを押すのがメインになったような気がする。自撮りを上げることも、マウントを取ろうとすることも、めっきり減った。


「うん……。なんか、どうでもよくなってきた」


 完全に足を洗ったわけじゃないけど、以前に比べて、単純に興味が無くなってきた。わたしの間でSNS離れが深刻、みたいな感じ。

 別に、もの寂しくはない。ていうか、フォロワーの数に何の意味があるんだろう。インフルエンサー? カッコ笑いじゃん。


「いい傾向じゃん。それだけリアルが充実してるってことでしょ?」


 なるほど。自己顕示欲とか承認欲求とか、薄れてきてるってことなのかな? SNSだけじゃなくて、動画配信もどうでもよくなってきた。ついでに言うと、異世界に転生したい願望も無い。沙緒里さんが側に居たら、それだけでいい。


 ――美香、好きだ。


 ていうか、これ以上に承認欲求が満たされることなんて、この世界に絶対存在しないでしょ。

 そうだよ。わたしが『上』に行って、低次元の愚かさを高みの見物してる感じじゃん。いや、別に見物もしてないか。


「そうなの。今は、リアルの方でいっぱいいっぱいだから……。クリスマスプレゼント、どうしよう」


 最近は、その悩みで他のことに構う余裕なんて無い。

 思わせな発言をしたくないから、SNSで有象無象を相手に相談を振る気にはなれなかった。それぐらい、真剣だ。

 鈴木には今言っちゃったけど、クリスマスと誕生日が一緒なのは黙っておく。ちなみに、沙緒里さんからはプレゼントはひとつでいいと言われた。


「ブランドのアクセサリーでよくない?」

「は? アクセサリーは、わたしなんだけど?」

「うわ。うっざ……」


 声に漏れてるよ、鈴木。

 まあ、その理由でアクセサリーを却下したのは事実だ。というか、沙緒里さんがアクセサリーを着けるイメージが全く浮かばない。


「それじゃあ、財布とかバッグとか?」


 なんか、とりあえず高そうなやつで間違いない、みたいなノリで言ってない? そりゃ、冬のボーナス――入社一年目の二度目だから初めて満額で出たばっかりだから、割と無敵だけど。


「はぁ……。わかってないなー、鈴木は。大事な人へのプレゼントは、ブランドとか値段とかで価値が決まるもんじゃないんだよ? 大切なのは……どれだけハートが籠もってるかなの」

「……小林さん、確かに最近変わったけど、別の意味でウザくなってきたね」


 うるさい、ほっとけ。わたしは正論しか言ってない。


「そこまで言うなら、手作りの何かだね」

「そ、それ以外で……」

「は?」


 料理でも手芸でも、わたしに技術があればそうしていただろう。

 無いからこそ、悩みまくっている。全裸にリボンを着けて『プレゼントはわたしです』みたいな、おふざけは要らない。

 うーん……。沙緒里さんに何をプレゼントしたら、喜んで貰えるだろ。

 わたしの愛情を、どう表現すればいいんだろう。



   *



 十二月も半ばですっかり寒くなってきたから、最近の夕飯は鍋が多い。

 野菜を多く食べられるし、沙緒里さんは準備がラクだって言ってるし、わたしは全然不満が無い。ていうか、沙緒里さんと一緒に食べられるなら、何だって美味しい!


 食後、わたしが片付けて、さらに洗濯機から洗濯物を取り出した。これぐらいの家事は、やらないと。

 ランドリーバスケットをリビングまで運び、窓際に干していった。基本、部屋干しだ。それ用の洗剤を使ってる。

 それにしても……沙緒里さんは、上下黒のレースしか下着を持ってない。微妙な違いはあっても、全部それに分類される。何なの、この執念じみたこだわりは。

 しかも、下はどれもエグいティーバックだ。最初はエロさ全開だったけど、今は見慣れてマンネリ気味だった。うーん、エロいやつだけじゃなくて可愛いやつも、いろいろ持てばいいのに。似合いそうなの、いっぱいあるのになぁ。

 そういえば、服もバカのひとつ覚えみたいにスーツしか持ってなかったっけ……。あれ? もしかして?


「沙緒里さんがティーバックしか履かないのって……もしかして、ショーツライン対策ですか?」

「うん。そうだが? 言ってなかったっけ?」


 初耳なんですけど……。まあ、オンもオフも割とタイトなパンツスタイルばっかりだから、浮くのを気にしてそうだと今思った。

 洗濯物を干し終わると、ランドリーバスケットを洗面所に戻した。ようやく家事を終えて、リビングのソファー、沙緒里さんの隣に座った。


「ティーバック以外にもラインが浮かないショーツがあるの、ご存知ですか?」

「え? そんなのあるのか?」


 ぱっと思いつくだけでも、ガードルを履けばいい。わたしなら、たぶんそうする。

 他にも、ええと何だっけ――思い出せなくて、スマホで調べた。


「ほら。シームレスですよ。なんか、縫い目が無いと、浮きにくいらしいです」


 有名な量販店で見たことあるけど、こういうのって色気も無いし可愛くも無い。『実用性』に欠けるから、正直、愛しの彼女ちゃんにはなるべく履いて欲しくない。


「おおっ。なんか良さ気じゃないか。さっそくポチろう」


 ヤバい。スマホの画面を見せると、食いつかれてしまった。自分のスマホで買おうとしてる。

 何か他の手がないかと、わたしはさらに調べて――これだ!


「そもそもですけど……ショーツラインが浮く原因って、お尻のお肉が下向きだからみたいです」

「……何が言いたい?」

「年齢で垂れ――むがっ」


 沙緒里さんから片手で両頬を掴まれて、遮られた。

 調べたところ、お尻を上向きに矯正するという、面白いショーツがあった。他にも、上向きにするトレーニングもあるみたい。

 このへんで上向きにすれば、好きなショーツ履けるじゃん、たぶん。

 ていうか……タイトじゃないボトムス履けば、インナーの制限なんて無いのでは? ワイドパンツもあるけど、それより――


「やっぱり、スカートは履かないんですか?」


 そりゃ、沙緒里さんみたいなスレンダー体格だとタイトスカートが似合う。でも、それだとまたインナー問題があるから、ゆったりとしたタックスカートあたりでどうですか? ショートヘアーで顔も小さいんだから、それも全然似合いそう。

 うんうん。想像しただけでも、いい感じのイメチェンじゃん。

 タックスカートでも、今の時期だと裏起毛のやつと厚手のタイツで、寒さは割と凌げますよ。


「うーん……。なんか恥ずかしい」


 何がどう恥ずかしいのか、わたしには理解できない。けどまあ、これで終わらせるんじゃなくて――


「沙緒里さんは何着ても似合いそうですし……わたしにだけでも、オシャレな沙緒里さんを見せてくれませんか?」


 別に、他人に見せなくても構わない。普段と違う感じの沙緒里さんを、わたしは見てみたい。

 上目遣いで、懇願してみた。


「わ、わかった。美香が言うなら、考えてみるよ」


 沙緒里さんは照れくさそうに、頷いた。

 ちょっと卑怯な手を使ったような気もするけど、まあいいでしょ。

 欲を言えば、オシャレに目覚めて、会社にも私服で行くようになればいいなぁ。素材は最高に良いんだから、ファッションもメイクもバリエーション増やさないと勿体ない。

 そうやって楽しむと、沙緒里さんの気分も前向きになっていくはず。やっぱり、いつも似たような格好だと、気分も変わらないように思う。

 わたしは『現在の沙緒里さん』が好きで、全部受け止めたつもりだけど――少しでも良いように変わるに越したことはない。それが、沙緒里さんのためだ。

 だから、まずはオシャレの楽しさを知って貰わないと!

 ん? 待てよ……。


「ありがとうございます!」


 悩んでいたクリスマスプレゼントに、方向性が見えてきた。

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