第05章『わたしが同僚から守らないと』

第13話

 十一月一日、火曜日。

 今週まだ二日目という事実が、わたしは未だに信じられない……。

 一昨日の日曜日に『夢の国』で遊び倒してきたから、昨日の時点でヤバいぐらい疲れてた。とりあえず出社してるけど、今日も体力はほとんど無い。オフィスの机で、ボーッとしてる。

 今週は木曜が祝日だから、まだ助かった――のはずが、国内営業課の懇親会でバーベキューイベントがある。ほぼ強制参加な風潮があるから、断りにくい。やっぱり、行きたくないような……参加費はもう出してるから、お肉は食べたいような……ビミョウな感じ。


「小林、起きてるか!? ビシッとしろ!」


 午前十時過ぎの眠たい時間帯に、怒鳴り声が飛んできた。

 わたしを怒鳴る人間なんて、オフィスでひとりしか居ない。クソババアこと、夏目係長だ。

 バーベキューの言い出しっぺは、この人だった。眼鏡だし、ヒス気味のお局様だし、BBQってキャラじゃないのになぁ。三十超えて独身だから、寂しい感じ?


「起きてますよ」


 わたしは仕方なく、仕事した。今日は月初だから、担当の販売計画を提出しないといけない。

 この会社は、とある金属部品のメーカー。シェアは強くもないけど弱くもないけど、他の企業と競ってる感じはしない。不可侵に暗黙の了解があるというか……まさか、えらい人同士でカルテル結んでないよね?

 工場は遠くにある。営業とか経理とか役員とか、本社機能だけこのしょぼいオフィスにある。


 営業部とはいっても、所詮は在庫販売の窓口だ。ほぼ内勤だし、歩合制の給料でもないし、営業として攻める感じじゃない。昔から付き合いのある取引先から、まあまあ安定した受注を毎月貰えている。

 それでも、担当が『アタリ』で売上を伸ばしたら、評価はされる。完全に運ゲーのような気がするけど……。

 さらに、世の中のニーズを汲み取って、新規の取引先を開拓すれば――まともな営業らしい行動をすれば、超評価される。

 そのどちらも制して、当時二十八歳の若さで課長まで上り詰めたのが沙緒里さんだ。中身はメンヘラ女だけど、仕事の有能さだけはわたしも凄いと思う。


 わたしはチラリと課長席を見ると、沙緒里さんの姿は無かった。そういえば、月初めは役員らと会議なんだっけ。大変ですね。

 残された課員で販売計画って言われても……未来のことなんて、わかるわけないじゃん。わたしは適当に組むと、係長に提出した。


「小林、どうして先月の販売と全く同じなんだ!?」


 でも、すぐに突き返された。

 よくわかったなぁ。ていうか、どうしてわかるんだろ。まさか、わたしのストーカーですか?


「需要のヒアリングはしたのか?」

「いえ……してません」

「どうして一番重要なことをやらない!? 過去半年のデータも見て、やり直してこい! お前の担当は一社だけなんだから、それぐらいは真面目にやれ! いい加減だと、製造現場げんばに迷惑かかるんだぞ!?」


 はー、うるさいなクソババア。イライラしてるのは更年期障害ですか?

 わたしの彼女ちゃんは米倉課長なんですよ――この場でマウント取ってもいいんですよ? わたしの完全勝利ですよね?

 イキりたいのをグッと我慢した。あー、思わせぶりなことでもいいから、言いたい。噂程度でも係長が知ったら、腰抜かすぐらい驚くんだろうなぁ……わたしに。けど、沙緒里さんの手前、喉まで出かかっても我慢しないと。


 自分の席に戻る際、沙緒里さんの席を見た。

 机には、付箋を抱えている、小さなクマのぬいぐるみがあった。『夢の国』のキャラクターのものだ。日曜の帰り際、沙緒里さんは売店でこれの他にボールペンも買っていた。

 わたしは自分の席に座って、日曜のことをぼんやりと思い出した。

 沙緒里さんの存在は、わたしを際立たせるためのアクセサリーだ。あくまでも、わたしがメンヘラ女の『持ち主』だ。

 それなのに……その場で計画を立てて、先導してくれたり……特に最後、ロマンチックな場所で花火を見せてくれたり……沙緒里さんの言動に、ちょっとだけキュンとなった。

 そんなの、まるで普通の恋人じゃん。違うの。そうじゃないの。

 あー! もう! 頭のモヤモヤを振り払うように、わたしは受話器を取って、担当の取引先に電話した。



   *



「ていうことがあったんですよ! 係長のこと、ムカつきません!?」


 午後十時過ぎ。風呂も夕飯も終えて、いつも通りリビングで海外ドラマを観ている時間帯だった。

 だが、今夜はドラマの内容そっちのけで、沙緒里さんに係長の愚痴を漏らしていた。


「いや……それはキミも悪いだろ。一社だけの販売計画なんて、すぐ終わるじゃないか」

「ちょっと! 沙緒里さんはクソババアの肩を持つんですか!?」

「そういうわけじゃないんだが……」


 今日はずっと会議続きだったらしく、沙緒里さんは死にそうな表情だった。今も手に持っているストロングなレモンチューハイが、凄く似合う。


「大体、沙緒里さんの方が課長で偉いんですから、あの人のこと、どうにかしてくださいよ」

「それが出来たら苦労しない!」


 沙緒里さんはチューハイの缶をテーブルに置くと、ソファーで隣に座るわたしに抱きついてきた。泣いてはいないけど、だいぶヘラってる感じだ。


「あの人の方が年上だし、あの人の方が仕事できるし、あの人の方がリーダーシップあって課長に相応しいんだ! 今からでもいいから代わって欲しいよ!」


 正直、それはわたしも思う。どっちかといえば、ババアの方が課長向けのキャラではあるだろう。

 単純な成績だけで沙緒里さんを就かせた上層部が悪い。沙緒里さんは被害者だ。


「いっつも嫌味じみた注意受ける私の苦労が、キミにわかるか?」


 ……面倒くさいメンヘラ女からこうやって絡まれるわたしも、たぶん被害者だよね。

 係長が沙緒里さんに意見する時は、確かに棘のある感じだと、見ていて思う。

 うーん……。ここは、沙緒里さんを励ませばいいのかな?


「わたしは、沙緒里さんの方が課長に相応しいと思いますよ。ほら……余裕で美人ですし」


 咄嗟に出たフォローが、それだった。口にするも、やってしまったと思った。


「そんなの全然関係無いだろ!」


 いやいや、わたしにとっては大アリなんですよ。美人で、かつ課長という地位があるからこそ、わたしのアクセサリーなんですから。


「顔だけじゃありませんよ……。沙緒里さんは毎日、課長のお仕事頑張ってます。偉いじゃないですか」


 ヨシヨシと、頭を撫でてなだめた。沙緒里さんは、黙ってわたしの胸元に顔を埋めた。

 うん。結局は、優しい言葉と一緒にこうするのが手っ取り早い。


「それにしても、バーベキューだなんて面倒ですよねぇ」

「あの人が係長になってからは、年に一回ぐらいのペースでそういうの企画してくれてる。あの人なりに、親睦を深めようとか、盛り上げようとか……思うことはあるんだろうな」

「へぇ」


 沙緒里さんの目には、そういう風に映ってるんだ。寂しがってるという、わたしの推察と全然違うじゃん。

 それを聞いても、係長が体育会系だとは思わなかった。出しゃばりな委員長みたいなイメージが、しっくりきた。


「たぶん、課長がこんなのだから……余計に」


 沙緒里さんがボソボソと漏らした理由に、超納得してしまった。

 ダメだ、もう。バーベキューを全否定するしか、沙緒里さんを救えない。


「ダルいですし、一緒にサボっちゃいましょうか?」


 沙緒里さんとしても、バーベキューなんて柄ではないから乗り気ではないだろう。というか、絶対に居心地が悪いはず。


「毎回断ってるから、流石に今回ぐらいは行かないと……。課長ですよね? な圧も凄いし……。キミは構わないが、私は行くよ」


 せっかく救い船を出したのに、そう返されてイラッとした。


「ふーん……。それじゃあ、わたしはサボりますけど、本当にいいんですね? 沙緒里さんひとりで行ってきてください」


 しょうもないことで拗ねるわたしも、どうかと思う。これも、素直になれない沙緒里さんが悪いんですからね!

 沙緒里さんは顔を上げて、うろたえた。


「わ、私が悪かった。お願いだから、私と一緒に行って欲しい……」


 そして、泣き出しそうな瞳で訴えかけた。最初から、こう言えばよかったのに。

 もうっ、ちっちゃい子供みたいで可愛いなぁ。


「わかりました。ダルいイベントですけど、ふたりで乗り越えましょう」


 わたしは沙緒里さんに、にっこりと微笑んだ。

 会社のイベントだから、あまりベタベタできないのは分かってる。それでも、沙緒里さんがヤバそうならヘルプに入ろう。

 沙緒里さんに、わたしが『できる女』だと思って貰わないと。それに、あわよくば同僚――特にクソババアに、マウントを取るんだ!

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