26話。勇者アレス、詐欺と下着ドロボーで指名手配される

【勇者アレス視点】


「まさか勇者様に、お会いできるとは思ってもおりませんでしたわ!」

「ブヒャヒャヒャ! いや、まったく九死に一生だったぜ!」


 俺様はご馳走を頬張りながら、笑い声を上げた。

 ここは聖王都にある貴族屋敷だ。目の前に座っているのは、胸の大きな貴族のお嬢様だ。

 森に捨てられて、あわや魔物の餌になりかけた俺様は、偶然通り掛かったこの娘に拾われた。

 なんでも、旅行帰りだったらしい。


 そのため、この娘は俺様が実家から追放されたことなど知らなかった。

 両親に先立たれたというこの娘は、俺様の【光の紋章】を見て、俺様を勇者として崇め奉っていた。

 おかげで、うまい飯にありつけている。

 ブヒャヒャヒャ! これぞ勇者の特権だぜ。


「今夜はゆっくりお休みになってください。わたくしは、叔父様のところに顔を出してきますわ」

「へぇ? 帰ってきてそうそう屋敷を留守にするのかよ」

「はい。叔父様がわたくしの後見人になってくださっていますので。アレス様をお泊めしていることをご報告しないと。見知らぬ殿方がこの屋敷にいると突然知ったら、きっと叔父様はびっくり仰天してしまいますわ」


 お嬢様は優雅に微笑んだ。

 くはっ! なかなか俺様好みのかわいい娘だ。特に揺れる巨乳がイイ。

 今夜は、この娘に夜這いをかけちまおうかな。

 俺様は舌なめずりした。


「ああ、いいぜぇ、行ってきな。俺様はその間、勇者としての務めを果たす」

「はい! がんばってください、アレス様!」


 お嬢様は瞳を尊敬に輝かせた。

 まったくチョロい娘だぜ。

 彼女を見送って、俺様は人心地つく。

 それから、さっそく行動を開始した。


「おい! この屋敷の有り金を、全部差し出せ! 勇者である俺様の軍資金にする!」

「は、はい……?」


 俺様に命令されたメイド長が、目を白黒させた。


「グスグスするな! 俺様の偉大な冒険を邪魔する気か!? 勇者に協力しないようなヤツは、魔王の手先だ! ぶっ殺してやるぞぉおおおッ!」

「なっ!? お待ち下さい勇者様! そのようなご無体を、お嬢様の留守中に申されては!?」

「うるさい黙れ! そのお嬢様の許可は得ているんだぞ! 勇者のお務め、がんばってくださいってな、ブヒャヒャヒャ!」


「りゃ、略奪が勇者のお務め……?」

「人聞きの悪いことを抜かすな! これは勇者特権だ。正義を成すために必要なことなんだぞ!」

「ひ、ひぃいいい!?」


 メイド長を小突いてやると、無様な悲鳴を上げた。

 ふぅ〜。腹がいっぱいになって、ようやく調子が戻って来たぜ。


 俺様の右手には勇者の証である【光の紋章】が輝いている。

 へへっ、よくわからねぇが、兄貴にかけられた呪いは、もう効果が無くなったみてぇだな。


「やっぱり俺様は勇者! 何をしても許されるんだぁ! おい、1時間以内に金を用意しろ! ああっ、あとメイドの中でもきれいどころを集めるんだ。かわいがってやる!」


 俺様はそのまま我が物顔で、屋敷を闊歩する。

 この屋敷内のすべては、お嬢様も含めて俺様のモノだ。

 そう思うと実に気分が良かった。最高だ。

 すると、お嬢様の私室と思わしき部屋に出くわした。


「あひゃッ! 勇者になったら、ぜひやってみたいことがあったんだよな」 


 俺様は部屋のドアを蹴破って、中に入る。

 タンスをごそごそ漁ると、お嬢様の下着が入っていた。

 おおっ、コレコレ。


「クンカクンカ! スーハースーハー! ひゃああああッ、いい匂いだなぁ〜」


 このブラジャーがお嬢様の巨乳を包んでいたと思うと、妄想がはかどるぜ。

 芳しい少女の香りに、俺様はうっとりした。


「ゆ、勇者様、なにぉおお……?」


 やってきたメイドたちがドン引きした様子で、俺様を見ていた。メイド長は言われた通り、美しい娘を集めたようだ。


「あっ? 勇者特権の行使だよ、行使! 勇者になったら、かわいい女の子のタンスを漁る! これぞ、男のロマンだろう?」


 いくら女が手に入る立場になってもロマンを忘れない。これぞ、真の男。これぞ、勇者だぜぇええ。


「こっ、ここここんな男が勇者様のハズがありません! 衛兵に連絡を!」

「ヒャッハー! バカめ。俺様は勇者だぞ! 誰も俺様を裁くことはできねぇ。この栄光なる【光の紋章】が目に入らねぇか!? お前ら、これから俺様の夜の相手を…」


 なに……? 

 俺様は【光の紋章】が【暗黒の紋章】に変わっていることに気づいて、愕然とした。

 その場の空気が凍りつく。

 まだ、兄貴にかけられた呪いが解けた訳じゃなかったのか!?


「忘れ物をしたので、取りに戻りましたわ! って、アレス様、な、なにを……?」


 その時、お嬢様が小走りにやってきて、俺様を凝視した。

 俺様の手には、お嬢様の下着が握られている。


「きゃああああああ!? 変質者ぁああ!?」

「お嬢様、どうされましたか!?」


 お嬢様の護衛の騎士も駆け付けてきて、俺様を睨み付けた。


「こ、こいつ、闇属性クラスだったのか!?」

「何が勇者だ!? 俺たちを騙していたんだな、変態め!」

「叩きのめせ!」


 騎士たちが剣を抜いて、猛然と襲いかかってきた。


「ちょ!? なんで、また【暗黒の紋章】に変わってやがるんだよ!?」

「嫌! 嫌っ! 衛兵を呼んでぇええ!?」


 お嬢様が喚き散らす。

 マズイ。このままだと、俺様は犯罪者として逮捕されちまうぞ。

 騎士たちを殴り飛ばして、なんとか逃げようとする。


「追えぇええ! 報いを受けさせてやる!」

「ちくしょおおお! 俺様は勇者だぞ! この世で1番偉い俺様が、なんでこんな目にぃいいいい!?」


 必死に走って、門から飛び出す。

 すると、そこには聖王都を警備する衛兵が集まって来ていた。

 慌てていた俺様は、止まろうとして転んでしまう。


「あぎゃあああッ!?」

「取り押さえろ! 勇者を名乗る変質者だぁ!」


 衛兵が群がってきた。

 俺様は訳がわからないほどに、ボコボコに殴られる。

 傷だらけになりながらも、なんとか包囲を突破したが……

 勇者である俺様は、詐欺と下着ドロボーで聖王都中に指名手配されることになった。

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