11話。実家を壊滅に追い込む

「……いや、待て。まだ、アレスがいるではないか!? カイが勇者になれなかったのであれば、アレスが勇者に!」


 父上は起死回生の一手があったと、喜色を浮かべた。


「おおっ、そうだ! 我らにはまだアレス様がいた!」


 俺に気圧されていた聖騎士たちも、俄然、勢いづいた。


「皆の者、アレスに回復魔法をかけよ! 勇者と共に、悪しき者を打ち倒すのだ! ハッハッハッ!」

「はっ!」

「だ、団長、それが……」


 聖騎士のひとりが、震える手でアレスの右手を指差した。


「アレス様の手にも【暗黒の紋章】が……」

「なにぃいいッ!? そ、そんなバカな!」

「まさか……アレス様も【黒魔術師】のクラスを!?」


 絶望のドン底に突き落とされて、父上たちは目を剥いた。

 父上はアレスの側まで駆け寄り、何度も紋章を確認するが、現実は変わらない。

 俺のかけた呪いにより、アレスの【光の紋章】は【暗黒の紋章】へと見た目が変わっていた。


「バカな、バカな!? 聖者ヨハンの預言では、今日、この場で勇者が現れるハズだ!」


 聖者ヨハンはやがて勇者パーティの一員となる聖職者だ。レアクラス【聖者】であるヨハンは、未来の事象を言い当てるユニークスキル【預言】を持つ。

 その預言の的中率は、ほぼ100%と言われている。


 7日以内のごく近い未来の断片しか見通せないが、ヨハンのおかげで勇者パーティは魔王の張った罠を回避し、その襲撃を事前に知ることができた。

 未来を知る俺の脅威となりうる男だ。できれば早急に排除したいところだった。

 

「これでアレスも追放ですね父上。跡取り候補が、そろって闇属性クラスとなれば、もはやオースティン侯爵家の存続は不可能。めでたく、御家断絶となりますね」

「うっ、うぉおおおおお──ッ!」


 父上はその場にうずくまって、頭を抱えた。


「こんな、こんなバカなことが!? ゆ、夢だ。これは悪夢だ。我がオースティン侯爵家の栄光は、永遠に不滅のハズだぁあああ!」

「だ、団長、アレス様の処遇は……? 回復魔法をかけましょうか?」


 醜態をさらす父上に、聖騎士が恐る恐る声をかける。


「その必要はない。コヤツも邪悪な闇属性クラスだぞ! 見るのも汚らわしい! 追放に決まっている!」

「ハッ!」


 これで愚かにも、父上は勇者を追放することになった。

 アレスはこれで、貴族の地位も剥奪だな。

 これで、ここでの俺の目的は達成できた。もう用はない。


「それでは父上、俺はこれで失礼します。もし今後、俺の敵として現れるなら、その際は容赦なく叩き潰しますので、あしからず」

「……カイ、お前は本当に魔族の仲間になるつもりなのか? 栄光なるオースティン侯爵家の嫡男たる者が」


 父上は俺を憎々しげに見つめた。


「人の世界で生きられないなら、そうせざるを得ないでしょう。俺は人間より魔族の方が信頼できると考えています」


 たったひとりの例外を除いて、と俺は心の中で付け加える。

 コレットは【聖女】のクラスを授かることが、確定している。そのコレットと俺が、まさか駆け落ちするとは、誰も夢にも思わないだろう。


「それじゃ、行くか。グリゼルダ、サーシャ」

「うむ!」

「はい!」


 魔族の少女たちが、俺に付き従った。

 グリゼルダとサーシャはお互いを大切に思い、支え合っていた。魔族の方が、人間よりはるかに高潔な心を持っていると思う。

 人間の醜さを見せられてきた俺にとって、彼女らは眩しく見えた。


「ああっ、父上、見送りは結構です。もし追いかけてくる者がいたら、あの世に送ることにします」

「ぐぅ……!」


 最後に釘を刺しておく。

 焼け落ちていくオースティン侯爵家の屋敷が、空を赤々とした染めていた。

 俺の新たなる門出を飾る花だな。


「よし。まずは、コレットとは反対方向の道をしばらく進む。途中で【瞬間移動】を使って行方をくらませば、追跡しては来れないだろう」 


 混乱の坩堝と化した屋敷を尻目に、俺は悠々と門から出た。

 念には念を入れて、追っ手をまく必要がある。

 コレットの元に敵を連れて行く訳にはいかないからな。


「すごかったのじゃ、カイ様! つ、次はいよいよ、わらわの領地を奪還してくれるのか?」


 グリゼルダが興奮した様子で、語りかけてくる。


「もちろんだ。その前にコレットと合流しなくちゃな」


 しばらく背後を気にしていたが、追手はかからなかった。

 あれだけの力の差を見せつれば、少ない手勢では返り討ちにされるだけだと、父上も考えたのだろう。

 

 では今のうちに魔王のユニークスキル【従魔の契約】の検証と、俺自身の強化をしておくか。


「スキル【闇属性強化Lv10】を、グリゼルダとサーシャに貸し与える」

「なっ!? これは……すごいのじゃ。カイ様から熱い塊が、わらわの中に流れ込んでくるじゃ!?」

「はぅ……ッ!? き、気持ちイイです!」


 途端に、ふたりの少女が頬を上気させて、興奮した声を出した。

 スキルを修得すると、身体が熱くなるみたいだ。


「うまくスキルの貸し与えができたみたいだな。俺の中からは、【闇属性強化Lv10】は消えていない……貸すと言っても、俺が【闇属性強化Lv10】を使えなくなる訳じゃないみたいだ」


 俺が修得したスキルを、コピーして配下となった者に与える感覚だな。

 さすがに魔王を魔王たらしめるスキルだけあって強力だ。


「おおっ! スキル【闇属性強化Lv10】が、ステータスボードに表示されておるぞ。感動なのじゃ!」

「ありがとうございます。カイ様!」

「気に入ってもらえたようで良かった。【従魔の契約】については、後でイロイロと試してみたいことがあるから、協力してくれないか?」

「はい!」


 では次だ。俺は【イヴィル・ポイント】を消費して、新スキルを修得することにする。

 選ぶスキルは、【アイテム鑑定】だ。アイテムの値打ちや性能、使い方がわかる有用なスキルだった。

 貯まったポイント500と引き換えに修得する。


「【アイテム鑑定】!」


 俺は千切れたコレットのミサンガを取り出して、鑑定した。

 俺が1周目の世界から持ち越したアイテムだ。もし、予想が正しいならこのアイテムは……


『【時のミサンガ】。愛する人と再び会いたいという【時の聖女】の願いがこもったミサンガ。2週目に入るために必要なアイテム。願いが叶えられたために、すでに効果は失われている』


 アイテムの詳細情報が、目の前に表示された。

 やっぱりか! 俺が2週目の世界にやってこれたのは、コレットのおかげだったんだな。

 コレットがいかに俺を大切に想ってくれていたのか知って、彼女に対する愛おしい気持ちが湧き上がる。


 俺たちの仲を引き裂く要因となる、アレスと父上は叩き潰した。

 もはや、オースティン侯爵家の没落は決定的だ。父上もかつてのような権勢を振るうことはできないだろう。


 これで未来は完全に変わった。

 ここからは、コレットとの幸せな時間が待っているはずだが……


「【時の聖女】……?」

「どうしたのであるのじゃ、カイ様?」 


 足を止めた俺を、グリゼルダが訝しげに見つめる。

 【時の聖女】とは聞いたこともないクラス名だ。

 コレットのクラスは【聖女】じゃなかったのか?

 俺は考え込む。


 ……もしコレットのクラスが【時の聖女】だったとしたら、なぜ公にされていなかった? なぜコレットは俺にも教えなかった?

 まさか、誰かに口止めされていたのか?


 一抹の不安を覚えるが、とにかくコレットと合流すれば、何の問題も無いハズだ。

 俺は、はやる気持ちを抑えきれずに駆け出す。


「グリゼルダ、急ぐぞ!」

「わかったのじゃ!」

「はい、お供しますカイ様!」


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名前 :カイ=オースティン

クラス:黒魔術師(ダーク・スター)

レベル:999

スキル:【魔剣召喚】。【従魔の契約】。【アイテム鑑定】。【闇属性強化Lv10】

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