10話。父親を逆に追放する

「こ、これは何の騒ぎであるか!?」


 その時、お供の聖騎士を物々しく引き連れて、父上がやってきた。

 破壊された倉庫と、倒れたアレスを目の当たりにして、愕然としている。


「カイ、クラス授与式に現れずに、ここで一体、何をしておったのだ!? 今日、お前は【勇者】のクラスを……」

「父上、俺は闇属性クラス【黒魔術師】を授かりました。これからは魔王となるべく、精進して参ります」


 俺は右手の【暗黒の紋章】を掲げて見せた。

 本当のクラスは【黒魔術師(ダーク・スター)】だが、この事実は隠して、間違った情報を流した方が都合が良い。


「な、なんだと……ッ!?」

「それから、もうオースティン侯爵家は俺には必要ありません。父上とアレスを、俺の人生から追放します」

「な、何を言って……お前は何を言っているのだ!?」


 父上はわなわなと肩を震わせた。困惑と怒りが混ざったような表情だ。


「闇属性クラスを授かった者は、人間よりも魔族に近い邪悪な存在──オースティン侯爵家の面汚しですよね? 父上のその認識通り、これからは魔族の仲間として生きて行くつもりです」


 俺が指を鳴らすと、屋敷内の数か所に設置しておいた魔法陣が一斉に火を吹いた。遠距離操作型のトラップ魔法だ。

 俺はグリゼルダを探しながら、これらの魔法陣を描いておいた。


「ギ、ギース団長、屋敷のあちこちから火の手が!?」

「な、ななななんだとッ!? 先祖伝来の我が屋敷がぁ!?」


 案の定、大騒ぎとなった。

 これでもうクラス授与式どころではなく、コレットが居なくなったことが発覚するのが遅れるハズだ。


 火は派手だが、煙の発生を抑えるようにコントロールしてある。罪の無い使用人たちが逃げ遅れて死ぬ心配はないだろう。

 俺が復讐したいのは、アレスと父上だけだ。無関係な他人を巻き込むのは、極力避けたい。


『実家に放火しました。おめでとうございます。すばらしい悪事です。【イヴィル・ポイント】500を獲得しました!』


 これは思わぬラッキーだ。

 復讐とは、罪を重ねるということだからな。

 【黒魔術師(ダーク・スター)】のクラスは、復讐を決心した俺とトコトン相性が良い。


 では、次はコモンスキルを修得するとしよう。

 俺にとって一番有用なコモンスキルは……これだな。


『【闇属性強化】

 スキルレベルが1上がるごとに、闇属性攻撃の威力が1%を上昇します』


 俺はポイントを割り振って、【闇属性強化】を獲得した。さらに、ポイントを全部注いで【闇属性強化】のスキルレベルを上げられるだけ上げた。

 【イヴィル・ポイント】50ごとに【闇属性強化】のスキルレベルが1上がるようだ。


『【闇属性強化】を修得しました。

 スキルレベルがアップしました!

 スキルレベルがアップしました!

 【闇属性強化】Lv10になりました。闇属性攻撃の威力が10%強化されます』


 黒魔術師レベル999の俺にとって、これは大きな恩恵となる。

 スキル効果は、魔剣ティルフィングの攻撃力にも及ぶために【魔剣召喚】とのシナジー効果も発生する。

 スキル修得は楽しいな。

 

「カイ!? お前は自分が何をしたか、わかっているのか……!? た、例え、邪悪なクラスを授かったとしても、オースティン侯爵家の人間なら、正義のために生きるべきであろうが!?」

「正義?」


 父上の説教を、俺は鼻で笑った。

 俺を追放し、裏切って殺そうとしたクセに何を言う。

 こんな男の言うことを真に受けたせいで、1週目の俺は命を落としたのだ。


 さらにはオースティン侯爵家は、魔王グリゼルダを誕生させておきながら、その事実を隠蔽し続けた。

 この男にとって正義とは、自分を見栄えよく飾るためのアクセサリーに過ぎない。


「ああっ、そうですね。これが俺の正義です。こんなくだらない家は消え去った方が、世のため人のためだとは思いませんか?」

「き、貴様ぁ!?」


 父上は剣を抜いて斬りかかってきた。

 ひどく単純な太刀筋だった。激情に駆られた勢い任せの剣など、恐れるに足らない。


「来い、魔剣ティルフィング」


 俺は魔剣を召喚し、父上の剛剣を受け止めた。父上の剣は、その瞬間、黒炎に巻かれて消滅する。


「なにぃいいい!?」


 やはり、魔剣のまとう黒炎の威力が増している。【闇属性強化】Lv10を修得して、正解だったな。


「ぎゃああああああ!?」


 さらに、俺は父上の右腕を斬り飛ばした。

 血は噴き出なかった。切断面が焼き潰れたからだ。


「うぁああっ、ギース団長!? なっ、なななんだ、その剣は!?」 

「さ、さすがは我らの魔王様なのじゃ。王国最強の聖騎士団長を歯牙にもかけぬとは!」


 聖騎士たちが恐怖に震え、グリゼルダが瞳を輝かせて喝采する。

 

「……魔剣!? まっ、まさかこれほど強力な魔剣を!? しかも、魔族を支配下に入れているのか!? もしや、もっと早くから反逆を計画していたのか!?」


 父上は苦痛に身をよじりながら、回復魔法を詠唱する。

 父上のクラスは光属性の【天聖騎士(ディバインナイト)】。強力な回復魔法も扱える上位クラスだ。

 だが、俺は父上の回復魔法が発動する前に、呪術魔法【エターナル・ブラッド】を父上にかけていた。


「なにっ? か、回復しないだと……!?」


 父上は驚きに目を剥く。

 その右腕は回復魔法を当てられた後も、相変わらず無惨な状態をさらしていた。


「父上の右腕に、呪いをかけました。どんな回復魔法でも──例え聖女の魔法やスキルでも、もはや治癒は不可能です」


 黒魔術師レベル850に到達することで覚えられる呪術魔法【エターナル・ブラッド】。対象者の負った傷が回復不能になり、永遠に血を流し続ける恐怖の魔法だ。


「最後の親孝行として、血だけは止まるようにしました」

「うっ、うぐぁああああ!? 貴様、貴様ぁああああ!」


 父上は悲痛な声を漏らす。


「なんだその力は!? たった今、【黒魔術師】を授かったばかりなのに、こ、こんな……ッ!」


 震える左手で父上は予備の短剣を握って、構える。

 だが、それは恐怖に呑まれまいと必死に抗っているに過ぎない。父上の目には明らかな怯えの色があった。


「それに魔王を目指すとは、ど、どういう意味だ!? 人間は魔王になど、なれぬハズだ!」


 俺は答えずに、鼻で笑った。


「利き腕を潰されては、もはやマトモに剣は使えませんよね。武人としての父上は、これで死んだ訳です」


 父上の自慢は、聖王国最強と誉れ高いオースティン聖騎士団の団長であることだ。父上の武勇は、国内で五本の指に入るほどだった。


 息子である俺にも、強くなれ、高みを目指せと、常に発破をかけてきた。

 それがもう剣を握れないとなれば……その苦しみは筆舌に尽くしがたいものだろう。

 それに聖王国最強の戦力を潰せたのも、大きいメリットだ。


「カイ! この父になんの恨みがあって……ッ!」


 怨念の籠もった目で、父上が俺を睨む。

 だが、俺はなんの痛痒も感じない。この男を父と慕う感情はとうに死に絶えていた。

 俺を裏切り、コレットとの仲を引き裂いた憎い男だ。


「あなたが俺を息子だと思わないのと同様に、俺もあなたを父親だと思わないということです。闇属性クラスを得た者は家紋の恥、例外なく追放するのでしょう? 知っていますよ」

「ぐぅ……」


 俺に殺気を向けられて、父上は押し黙った。父上は、もはや戦意喪失していた。


『父親を再起不能に追い込みました。おめでとうございます。【イヴィル・ポイント】500を獲得しました!』


「ああああっ、カイ様、なんと強く残酷なお方……このサーシャ、魔王カイ様の配下となれたことを誇りに思います!」

「うむ。実の父親に対しても容赦せず、魔王たることを貫く。まさにカイ様こそ、我ら魔族の救世主じゃ!」


 俺の覚悟の強さを知ったグリゼルダとサーシャは、尊敬の眼差しで俺を見た。

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