4話。魔王グリゼルダを勇者から助ける

【弟アレス視点】


「クソォオオオ、俺様の命令が聞けねぇだとぉッ!?」

「わらわは誇り高き、魔界の貴族。吸血鬼であるぞ! なぜに、人間の命令なんぞに従わねばならんのじゃ!?」


 魔力封じの手枷足枷をつけられた小娘──吸血鬼グリゼルダは、生意気にも俺様の命令にそっぽを向いた。

 月の光を閉じ込めたような輝く銀髪の美少女だ。


 一昨日、闇オークションで、大枚を叩いて買い取ったレアな上位魔族だった。

 だってのによ……


「てめぇは、俺様の奴隷だぞ! お高くとまっていねぇで、身の程をわきまえやがれ!」


 この小娘には、俺様を主とする奴隷契約の魔法がかけられている。俺様の命令に逆らうと全身に激痛が走るハズだが、服従を拒否していた。


「ふん……ッ! 双子の兄を殺せとは、見下げた果てたヤツ!」


 美貌を苦痛に歪ませながらも、グリゼルダは否を叫ぶ。

 吸血鬼は人間とまるっきり同じ容姿をしている。その上、幼さの残る美少女とくれば、兄貴の野郎も油断するハズだ。

 暗殺にはおあつらえ向きだと思って、ほぼ全財産をかけて買ったってのによ……


「うるせぇ。いいから俺様の言う事を聞け! もう時間がねぇんだよぉおおおッ!」


 俺様は苛立ちのままに、グリゼルダを鞭で思い切り叩いた。


「はぐぅ……ッ!?」


 今日はいよいよクラス授与式だ。

 きっと、兄貴のカイは【勇者】のクラスを、俺様の好きなコレットは【聖女】のクラスを獲得するだろう。


 そうなりゃ、すでに婚約を結んでいる2人の結婚は100%確実。

 俺様は【聖騎士】あたりの適当な光属性クラスを獲得して、日陰者の人生を歩むことになる。


 ちくしょうぉおおお! そんなことは許せねぇ。兄貴からコレットを奪って、俺様の女にしてやりてぇ。勇者として、やりたい放題できる勝ち組人生を歩みてぇえええッ!


 だったら、手段はひとつだ。兄貴を殺っちまえば良いのさ。

 聖者ヨハンの預言で、今日、勇者が現れることが確定している。


 勇者は光属性最強のクラス。神に選ばれし存在だ。

 その戦闘能力だけでなく、特権もすげぇ。なにしろ、他人の家のタンスや宝箱を勝手に漁っても罪に問われないことが、各国の法で決まっているんだぜ?


 100年前に現れた勇者は、王女の寝室に侵入してドレスを盗んで仲間に装備させたが、何のお咎めもなかった。


『チッ! 何が、プリンセスドレスだ。防御力が低いじゃねぇかよ! しけてやがるぜ』


 あまつさえ、勇者は王女の前で、そのドレスをこき下ろした。しかし、王女は終始、ニコニコ愛想笑いを浮かべていたという。

 勇者は人類の宿敵である魔王を倒すことができる唯一の存在だからだ。


 すべての人間は、勇者に協力することを義務付けられている。

 国王をも超える特権を持つのが勇者なのだ。


「くそぅ、勇者になりてぇな! 勇者になれば、女も選り取りみどりだ。あのコレットだって、好き放題にできる! 今日がその最後のチャンスなんだぞぉおおおおッ!」

「ハッ! 何か気高い志がある訳でもなく、女が欲しいから勇者になりたいじゃと? 下衆め。死んでも貴様なんぞの言いなりになるものか!」

「て、てめぇえええッ!」


 俺様はさらに激高して、グリゼルダをめちゃくちゃに鞭で叩いた。


「ぎゃうッ!?」


 俺様の実力では、勇者に選ばれることは望み薄だ。


 兄貴の野郎は、何が楽しいのかクソ真面目に努力してきたが、俺様は兄貴にかなわないことがわかって、真面目に努力するのがバカらしくなった。

 そんな俺様が一発逆転する方法が、兄貴を暗殺して勇者になることだ。


「いいから、サッサと兄貴を殺して来い! そのために、てめぇを買ったんだからよぉおおお!」

「嫌じゃ! わらわは誇り高き魔族。魔王だった父上の娘じゃぞ!」

「ちくしょう、役立たずが! だったら、ブチ殺してやらぁあッ!」


 俺様は聖銀(ミスリル)の剣を引き抜いた。

 グリゼルダの顔色が変わる。ミスリルの剣は、邪悪な魔族に特効がある武器だ。


「あぐぅううッ!?」


 足を刺してやると、グリゼルダは苦痛にあえぐ。彼女の目には涙が浮かんでいた。

 その様子を見て、俺様の嗜虐心に火がついた。


「ヒャッハー! よくもこの俺様をコケにしてくれたな? 楽に死ねると思うなよ、邪悪な魔族がぁあああッ!」

「もう、止めてください!」


 その時、同じ奴隷の魔族娘が声を上げた。

 グリゼルダと一緒に買った、グリゼルダのメイドだとかいう娘だ。


 グリゼルダは幼児体型だが、この娘は胸のサイズがゴージャスで、いろいろ楽しめるだろうと思って、セット購入したのだ。

 

「サーシャ!? おぬしは黙っておれ……ッ!」

「いいえ、グリゼルダ様のご命令でも、こればかりは聞けません。アレス殿、私が代わりにあなたの兄を暗殺しますから、どうかグリゼルダ様を解放してください!」


 壁に張り付けにされたサーシャは、真剣な眼差しで、懇願した。


「ハッ! 兄貴は名門オースティン侯爵家の秘蔵っ子だぞ。てめぇごとき下級吸血鬼じゃ、返り討ちにされるのがオチなんだよぉ!」


 頭に血が昇った俺は、サーシャの肩を剣で斬りつけた。


「きゃあああああッ!?」 

「ああっ、サーシャ! き、貴様ぁああああッ!」


 グリゼルダが激高する。

 あっ? こいつはもしかすると……


「おい、クソ吸血鬼。このメイドが、そんなに大事かぁ? コイツを殺されたくなかったら、俺様の命令を聞きやがれ!」

「な、なんじゃと!?」


 グリゼルダが顔面蒼白となる。明らかに狼狽していた。


「へぇ~、やっぱりか。魔族の中には、たまに自分より他人を優先するようなバカが、いるんだよな。アヒャヒャヒャ!」


 俺様も魔族の生態については、それなりに学んできた。

 意外だが、魔族の心は人間とあんまり変わらねぇみたいだ。上位魔族の子供や恋人を人質にして、罠にはめる作戦が有効なんだとよ。

 父上も、たまにそういった作戦を取っていた。


「オラオラッ! お前の大事なメイドが、死んじまうぞ! 『アレス様のご命令に従います。私はアレス様の忠実な奴隷です』と言ってみやがれ、ブヒャヒャヒャ!」

「ああああああッ!?」

「よ、よすのじゃ!」


 俺様はサーシャの全身を剣で、浅く切り刻む。

 サーシャは悲鳴を上げまいと、懸命に堪えていた。

 だが、もう正午まで時間がねぇ。クラス授与式が始まっちまう。


 今からグリゼルダに言うことを聞かせても、ギリギリってところか?

 さすがに、勇者になった後の兄貴をぶち殺すのは、無理だろうからな……


「やめろッ!」


 その時、扉が破られて、何者かが飛び込んできた。

 なっ、その声はカイの兄貴か?


「げばらっしゃあああッ!?」


 俺様はぶっ飛ばされて、壁に叩きつけられた。人間とは思えない拳の破壊力だった。

 ゴシャ! と全身の骨と肉が潰れる嫌な音が響いた。

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