3話。勇者への反逆を決意する

「す、すごいわ。人間の天敵の悪魔を、完全に従えてしまっているなんて……ッ!」

「他にも、強力な闇の魔法を多数修得している。黒魔術師は、スキルが覚えられない代わりに、最大レベルまで達すれば、闇魔法をすべてマスターできるんだ」


 だが修得できても、デメリットや制約が強くてまともに使えない魔法があった。

 本来なら、スキルの補助によって使えるようになるハズのモノだが、黒魔術師はスキルが覚えれない外れクラスだ。


 だが待てよ……2週目の俺は、まだクラスを与えられていない状態じゃないのか?

 もしかすると、黒魔術師に加えて、別のクラスを獲得できる可能性もあるんじゃないか? ふたつ以上のクラスを持った者など、歴史上、存在したことはないが……

 いやいや、今はそんな考察より、もっと大事なことがある。


「コレット、よく聞いてくれ。今日、コレットは聖女のクラスを授けられる。だけど、勇者のクラスを授かったアレスの蛮行によって、魔王グリゼルダが誕生し、3日で聖王国の民の半数近くが殺されるんだ」

「えっ……?」


 コレットは目を瞬いた。

 にわかには信じられないことだろう。


「そして、コレットは聖王都を守る大結界を展開するために、王城に5年以上、幽閉され続けることになる。黒魔術師のクラスを授かった俺は、オースティン侯爵家を追放され、コレットとは婚約破棄されるんだ」

「な、何それ……? そんなの嫌だよ! 私はカイとずっと一緒にいたい!」


 ああっ、そうだ。思い出した。

 1周目の人生でもコレットはそう言って、俺の追放に必死に抗議してくれた。


 それがあったから、俺は道を踏み外すことなく、懸命に努力し、勇者パーティの一員にまで上り詰めることができたんだ。

 結末は最悪なモノだったけどな……


「……なら、俺と一緒に来てくれるか? どこか辺境にでも身を隠して、何もかも忘れて、ふたりでひっそりと生きていこう」


 俺は前世では、決して言えなかったことを告げた。


「カイ、そ、それって……っ! うれしい! カイからプロポーズしてもらえるなんて!」


 コレットは肩を震わせ、目尻に涙を浮かべた。


「うん! 聖女の地位も貴族の身分も必要ない。あなたとこれからも、ずっと一緒にいたいの!」


 コレットは俺に抱擁してきた。俺も抱擁を返す。

 1周目の俺は、本当にバカだった。

 善良に禁欲的に生きていれば、いつかきっと報われると信じていた。


 誰にも遠慮することなく、本当に欲しいモノを手に入れてしまえば良かったんだ。


「……ありがとう。じゃあコレットは今から、辺境のラクス村に行って身を隠してくれ。万が一、魔王が誕生しても、そこは戦禍を逃れる。馬で3日もあれば到着できるハズだ」

「えっ? カイは一緒に来ないの?」


 コレットは不安そうな顔になった。


「俺は魔王誕生を阻止する。あんな存在が野放しになっていたら、とてもコレットとふたりで平和に暮らしてはいけないからな」

「うん、わかった! レベル999の黒魔術師になっても、やっぱりカイはカイだね。世のため人のために、魔王誕生を阻止しようだなんて!」

「……ああっ」


 コレットは勘違いして感激していたが、俺の目的は、世のため人のためなどではない。

 それに成すべきことは、もうひとつある。

 今日、双子の弟アレスは、勇者のクラスを得る。


 ヤツは、コレットに横恋慕していた。

 放置しておけば、俺たちの障害になることは間違いない。


 復讐も兼ねて、念入りに勇者アレスを潰す。

 殺すのではなく、二度と這い上がってこれないような生き地獄に突き落とす。

 だが、そのことをコレットが知る必要はない。

 彼女には、いつも屈託のない笑顔でいて欲しかった。


「私、ラクス村で、カイのことを待っているから。早く迎えに来てね。約束だよ!」


 コレットは輝くような笑顔で、小指を差し出した。


「約束だ。すぐに片付けて、コレットを迎えに行く」


 俺も小指を差し出して絡め、コレットと指切りをする。

 まるで何も知らない子供時代に戻ったような温かい気持ちになる。

 俺が一番大切な者。俺の凍てついた心を溶かしてくれるのは、いつだってコレットだ。


「えへへっ。そ、そしたら……ふたりで結婚式をあげようね」

「うんっ、そうだな」


 照れながらも、俺は頷いた。

 勝負は、ここからだ。


 魔王誕生を阻止するとは、魔王を殺すという意味ではない。

 逆だ。


 魔王として覚醒する前の上位魔族グリゼルダを、アレスから救出するのだ。

 そして、グリゼルダを通して魔族と友好関係を築く。


 俺がコレットと駆け落ちする──聖王国の守護の要たる聖女を連れ去ったと知れば、聖王は激怒するだろう。

 追手がかかるのは、時間の問題だ。

 生きていくためには、魔族の協力が必要不可欠だった。


 魔王となる少女グリゼルダは、今ここ、オースティン侯爵家の屋敷に、友人と共に囚われている。

 グリゼルダは友人を、勇者アレスに殺されたことで、魔王として覚醒するのだ。

 魔王グリゼルダは人間を激しく憎悪し、滅ぼそうとした。

 

 人々の希望たる勇者が、実は人々を破滅に追い込んだ張本人だとは、誰が知るだろうか?

 このことは、1周目の世界では極秘とされていた。

 だが俺は魔王との決戦で、その真実を知った。


『わらわの友たるサーシャを戯れに殺した勇者! 絶対に許せんのじゃ!』


 少女魔王グリゼルダは、そう絶叫していた。

 ならグリゼルダの友人を助ければ、魔王の誕生を防げるだけでなく、魔族の協力も得られる筈だ。


 ……利用されて裏切られ、ゴミのように殺される未来など覆してやる。

 敵が血を分けた父や弟──王国最強の聖騎士団長だろうが、勇者だろうが容赦はしない。


 最弱の闇属性クラス【黒魔術師】が、最強の光属性クラス【勇者】に挑む。

 さあ、運命への反逆を始めよう。

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