第4話 大穴

 朝は陽気な音楽で起こされた。牢屋の上部にあるスピーカーから、大音量で流れてくる。あれから朝まで寝てしまったようだ。

 ボロキレのような掛け布団を体から退ける。真冬の朝だが、それほど寒くない。こんなびっくりするほど何もない部屋なのに、空調は利かせているらしい。変なところでチグハグ印象を受ける場所だなと思った。


 昨日見た予定表を確認する。今日は採掘作業日と書いてある。

 机に日用品と一緒においてあったオレンジ色の作業着に着替えていると、透明な扉の前にワゴンを押して男が現れた。一瞬何事かとギョッとするが、すぐに朝食の配給だろうと思い当たる。予定表に書いてあった。ワゴンには紙袋がいくつか乗っているのが覗いて見える。

 気になって見つめているとワゴンを押している男と目が合った。

「新入りか、まあ頑張れよ」

「...ありがとうございます」

 しばらくひどい扱いしかされていなかった分、その一言が随分たいそうなものに聞こえた。魔法使いというのはもっと外道のような性格をしていると思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。

「ていうか、俺も魔法使いか」


 男は袋を取り出し、扉の郵便受けのようなところの鍵を開け、そこから袋を中へねじ込むと、再びワゴンをゆっくりと押して横の房へと移動した。


 あの男、今自分が着ている作業服を着ていた。ということはあの男も囚人なんだろう。配膳を任せられているということは模範囚だろうか。


 ねじ込まれて床に落ちた紙袋を拾い上げると、中には固形の栄養食が一つとペットボトルの水が一本。これが朝食ということだろう。思えばあれから丸一日、一食も食べていなかった。貧相な食事だ。朝は目玉焼きとベーコン、白ご飯と味噌汁が俺のルーティンだった。中学から一度も変えたことがない。朝食のルーティン。

「負け犬にはちょうどいいな」

 栄養食を一口食べる。お腹は空いていたが、特においしくもなかった。



「点呼!!」

 時間になると、廊下に出されて点呼が始まった。俺の反対側の列の端から点呼が始まる。囚人番号を言えばいいのだろう。自分の作業服に縫い付けられている番号を確認する。『1395』と書かれていたので、点呼のタイミングを合わせ、声を張り上げる。

「1395番!!」


「お前、新入りか」

 点呼を見守る看守が声をかけてきた。昨日の看守とは違い筋骨隆々というわけではないが、ガムをくちゃくちゃ噛んでいるのが気に障るやつだと思った。

「はい」

「今までどうだったか知らんがな。お前はゴミくずだ。社会を脅かす害虫だ。ゴキブリだ。そこのところをしっかり理解して、人間様のためにしっかり働けよっ」

 看守が噛んでいたガムを指でつまんで俺のオデコにこすりつける。生暖かい温度が引っ付いたガムから伝わってくる。

「...ご指導ありがとうございます」

「つまらんやつめ」


 看守は一通り新人いじりをして満足したのか、俺の隣に立つ囚人に声をかける。

「おい1394番、隣の房のよしみでいろいろ教えてやれ。こいつがなんか問題起こしたらお前も連帯責任だからな」

「はい!」

「全員、作業場所へ移動しろ!」




 号令に従って列になってぞろぞろと歩き出す。1394番と言われていた男が歩くスピードを落として横に並んだ。

「お前、名前は?」

「晴です。苑寺晴」

「俺は博文ひろふみ佐太博文さた ひろふみだ。サッチーと呼べ。よろしくな」

 佐太と名乗った男は目端の鋭い坊主の男だった。身長は俺より高かったが、猫背のせいでそれほど大きくは見えなかった。年のころは20代前半だろうか若者の風貌であった。

「すいません、佐太さん。なんか余計な仕事増やしてしまったみたいで」

「サッチーな。気にすんな。隣の房のよしみだ。それに新人の面倒は隣の房のやつがみるってルールだからな。おれもそうしてもらった」

「そうなんですね」

 かたくなにあだ名で呼ばそうとしてくるが、悪い人ではなさそうだ。だが、親しくもないのにあだ名で呼びたくなんかないので、サッチー云々は聞こえないふりをした。

「わからないことだらけだと思うから何でも聞いてくれ」

「ありがとうございます。早速で申し訳ないんですが、これはどこに向かっているんですか?」

「ああ、大穴だよ」

「大穴?」

「そう、見たまんま。下にでっかい穴が空いてるだろ?そこにおりていって、鶴嘴でひたすらさらに穴を掘る」

 どうやら初日に見た大穴に降りていかなければならないらしい。あの大穴が人為的にしかも人力で掘られたと思うと途方もない労力を思わせた。

「なんのために?」

「さあ、噂では地下に徳川の埋蔵金が埋まっているだとか、魔法使いを全員埋めれる墓穴を掘らされているだとか言われてるが、まあ意味なんてないっていうのが有力だな」

 穴を掘らせるっていうのは確かに刑罰としてはポピュラーだし、鶴嘴をわざわざ使わせるという非効率性から考えるに、意味なんてなく、ただの拷問というのが一番有力というのは頷ける。前時代的だなとは思う。

「結構、きついから覚悟しておいたほうがいいぜ」

「はあ」


 前の人について、いくつか階段を降り、下へ下へと進んでいくと大穴のそばへと着いた。

「ここからは班に分かれて下へと降りていく、ハルオはこっち」

 知らない間に変なあだ名をつけられていた。



「おはざっす。これ、新人のハルオです。ほら挨拶」

「よろしくお願いします」

 佐太についていくと、三人が集まっているところへ連れていかれた。

 一人は大男だ。初日に殴られた看守も巨体だったが、それよりも大きく、またマッチョだった。顔は前髪で隠れていてよく見えない。こちらを見て黙っている。挨拶する気はないらしい。

 もう一人は子供だった。全身が包帯でおおわれており、見ていて痛々しい。こちらにはやはり興味ないようで、地面に座り込んで指で絵を描いている。


「よろしくね。ハルオ君」

「っ!...ハルオじゃなくて、ハルです。よろしくお願いします」


 最後の一人は愛想がよかったが、顔が大きくやけどのような跡があり、鼻もそげていて、そのせいで一層恐ろしい見た目になっていた。

「怖い見た目でごめんね。昔事故でね。」

「いえ、そんな。こちらこそ、すいません」

「私の名前はリンゴー、珍しい名前でしょう。生まれが海外でね。皆は伸ばさずリンゴって呼ぶから君もそうしていいよ。あそこの大きな人がリク君。見た目ほど怖くはないから安心して。この子はミクちゃん。いろいろあって声が出ないみたいで、多分嫌ってるわけじゃないよ」

 まあ確かに嫌っているというより、そもそも心底興味がなさそうな気はする。

「じゃあ早速行こうか。今日はA-23区の掘削だよ」

「あそこら辺の区画掘りにくいから嫌だなぁ」

 

 大穴の底へは簡易的なエレベーターを使って行くようだ。見た目はビルの窓を清掃するときに使う乗り物に見える。というかそのものかもしれない。それが穴の淵にいくつか並んでいて、列ができていた。

「15班、A23区の掘削作業に向かいます」

 列の順番が来るとリンゴさんがエレベーターの前にいる看守にそう告げた。看守がタブレットを操作し、数回画面をタップする。

「確認した、道具を持って乗れ」

 鶴嘴を三本とシャベルを三本を手押し車に乗せて、エレベーターに乗り込む。看守が赤いボタンを押すと、ゆっくりと穴のそこへと落ち始めた。



 穴の底は照明で照らされていて、思ったよりは明るかった。俺はリンゴ班について、ただひたすらに穴を掘り始めた。といっても俺はみんなが掘った土をシャベルで手押し車に乗せて、運ぶ役目だった。佐太、リンゴ、リクは鶴嘴をもって指定された区画をひたすら掘削していた。美玖ちゃんは土で遊んでいるだけだった。最初に見た時はなんともちぐはぐなメンバーだと思ったが、少なくとも美玖ちゃんの労働力の不足分はリクさんが補うように班が組まれているのかもしれない。リクさんの働きは常人のそれをはるかに上回ると、素人目に見てもわかった。


「いってぇ~。硬い岩盤に当たったなこれは」

「うーん、どうしようかなぁ。申し訳ないけどリク君に頼むしかないか、いけそう?」

「うす」

 硬い岩盤に当たったようだが、どうやらリクさん一人で作業するらしい。どれほどの範囲で岩盤があるかわからないのにそれまで一人で作業するつもりだろうか。さすがのリクさんでも無理があるように思えた。


 リクさんは一人で岩盤の上に立つと、少し身体をほぐして、鶴嘴を両手で握りなおした。その様子をみんなで黙ってみていると、信じられない光景が広がった。


 彼が何かつぶやくと、彼の背中に魔法輪が一つ浮かび上がったのだ。


「え、なんで」


 驚愕で目を見開いている内に、リクさんが岩盤に向かって勢いよく鶴嘴を叩きつけると、人間が出すには大きすぎる轟音が響き渡って地面に無数のひびが入った。慌てて佐太に話しかけた。


「あれ、言ってなかった? この大穴の中ってなんか知らないけど魔法が使えるんだよな。大分弱くなるけど。結構みんな使ってるぜ」

「ノルマ達成しないと罰則あるからねぇ。看守も大穴の中は黙認って感じみたいだね」

「そんなの脱走とか考えないんですか」

「おい、ハルオ。あんまそういうこと言うな」

「まあ、大前提として脱走できるような魔法を使える人は一般棟に入れられないし、大穴のなかでしか使えない、しかも弱った魔法じゃどうにもできないよ。それにこの拘束具があるからね」

 リンゴはそういって首元の黒い輪を指さす。

「こいつは、手錠みたいに互いにくっ付くっていうのは知ってると思うけど、それ以外にもめんどくさい機能が付いてる。看守のボタン一つで俺たちはあほみたいに失禁させられるし、あの世に送ることもできるんだからな」

 佐太が心底嫌そうに、拘束具を見ながら教えてくれた。

 自分の首と手足についている拘束具がそんな恐ろしい代物だとは知らなかった。急に居心地が悪くなり拘束具に手を添える。

「ちなみに外そうとしたら自動でぶっ殺される」

 拘束具を極力触らないように手をポケットにそっとしまった。

「さあ、お話はここまでにしてノルマこなすよぉ~」

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魔法使ノ國 星天胎生 @say10-404

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