僕の彼女はオシャレがわからない

笹 慎

ダメージ・エフェクト

 コム・デ・リヨン・オムのホームページサイトと僕はかれこれ20分は格闘していた。


 クソッ! また「サーバーが大変混雑しています。しばらく経ってから再度お試しください」の画面だ。


 スポーツメーカーとのコラボで発売されるスニーカーがどうしても欲しくて、店舗の来店予約画面と戦っている。


 ようやく日時選択画面にまで進んだぞ。もう少し……会員ログイン……よし……あと少し……


 ヨッシャァアアアアアアア!!!


 発売日の遅い時間帯だが、なんとか予約ができた。


 ふんふんふ~ん♪ と鼻歌交じりに、リンゴのマークが書かれたノートPCを閉じる。


 って、クッサ!


「……いつも言ってるじゃん。その黄色の臭い粘土使うなら、窓開けてよ……」


 有機溶剤特有の刺激臭に耐えかねて、窓を開ける。


「えへへぇ~。集中してて忘れてたぁ」


 コタツで作業していた彼女は、悪気さなそうな顔で僕を見上げる。


 ウェリントン型のメガネのフレームがずり下がっておばあちゃんの老眼鏡みたいになってる彼女は可愛いので、これ以上怒れない。許す!


 コタツの上に敷かれたカッターマットの上には、『機甲兵バンナム』というロボットアニメのプラモデルがパーツごとに置かれていた。


「って、腕千切れてるじゃん、これ」


 ロボットの左腕は上腕の途中で切断されている。その断面に黄色の粘土が詰められていた。

 彼女曰く、臭い黄色の粘土と臭くない黄色の粘土があるらしいが、とにかく使うときは窓を開けてほしい。


「第78話で、バンナムの腕が戦闘中に千切れるんだけど、やっぱ中からオイルチューブとかケーブルとか出てるのいいじゃん?」


 何がいいのか、まったく理解できないが、彼女は可愛いので仕方ない。許す!


 彼女は器用に、黄色の粘土に針金などを刺して、その千切れたチューブやらケーブルやらを造形していた。


 僕の彼女は、プラモデルなどの模型を製作してお金をもらっているプロのモデラーだ。門外漢の僕が見ても凄いジオラマ模型を作ったりして、わりと高い値段で売れることもあるし、プラモデルの専門雑誌に作品が載ることもある。


 でも、それだけじゃ食べられないので、派遣で事務の仕事もしている。

 僕の会社に派遣社員で来ていて知り合って、派遣期間終了直前に僕から告白して付き合った。


 こんな趣味と特技があることを知ったのは付き合ってからだったけど、黙々と作業してる彼女を眺めているのは、同棲した今でも特に苦痛ではなかった。


 彼女がカシャカシャとスプレー缶を振り始める。


「ちょちょちょ……はい! ストップ! スプレー作業はさすがにベランダでやりなさい」


「サーフちょっと吹くだけじゃん! 外寒いよぉ」


 はい。さすがにそれはどんなに可愛い顔しても許しません。


「わかったよぉーだ。明日のお昼に塗装とまとめてベランダでやる……」


 そういって、彼女は別のプラモデルの箱を取り出した。


「別の作るの?」


「うん。フォロワーさんに頼まれてるやつ作る」


 本当に飽きもせず、ずっと作っている。なんでも飽き性の僕からしたら、彼女の集中力は本当に才能だ。


 彼女の頭を撫でると、僕は先にお風呂に入ることにした。


◇◇◇


「スエードのレトロ感いいっすねぇ」


 コム・デ・リヨン・オム表参道店に、僕は念願のスニーカーの試着に来ていた。


「はい。今回のコレクションのテーマがSDGsでして、今までのコレクションで使用したスエード生地の再利用をしております。またダメージエフェクト加工によって、スニーカーのカジュアルな履き心地は残しつつもセミフォーマルなアイテムにも合わせやすくなっております」


「ブラックとグレー、迷うなぁ」


「まだ両方とも全サイズございますよ。ご試着なさいますか?」


「ほんとですか? じゃあ、27.5センチでお願いします」



 30分ほど悩みに悩んで、ブラックにした。幸せだなぁ。今週末に映画館行くときに履こうっと。


 たとえ、彼女が好きなロボットアニメのランダム入場者特典・回収要員だとしてもデートはデート!


◇◇◇


「ただいま~」


 コタツで今日も黙々と作業していた彼女は、僕の声で顔を上げてくれた。


「おかえりぃ。欲しかったの買えた?」


 ピースをして僕が答えると、彼女もえへへと笑ってくれた。可愛い。


 彼女は、筆とスポンジを使い分けて、せっかくキレイに塗装されたプラモデルに茶色や黒など汚れをつけていた。


「なんかもったいないね。せっかくキレイに塗ったのに」


「このダメージ感がいいんだよぉ。メカのさびは最高なんだよぉ」


 ムフフと楽しそうだ。そういえば、今日買ったスニーカーもダメージ感云々って店員さん言ってたなぁ。


「へぇ。じゃあ、俺の今日買ったスニーカーも見てよ~」


 ガサガサとショッパーから取り出して、スニーカーをジャーンと彼女に見せた。


 すると、彼女はスニーカーを凝視している。


 ん? どうした? 難しい顔して。




「…………………生えてるよ。交換してもらった方がいいよ、その靴」



 ダメージ・エフェクトだよ! 白カビじゃねぇーよ!


 そう。僕の彼女はオシャレがわからない。


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