当たり前だがロボに性欲は存在しない

脳幹 まこと

当たり前だがロボに性欲は存在しない


 野郎二人で飲み会をすることにした。

 スーパーでビール缶とつまみをそこそこに買って、試験運用中の人型ロボ達によるぎこちない会計を済ませる。

 

 自宅に帰ってきたので、早速、宴を開始した。

 最初は近況報告だったり、それなりに実りのある話をしたのだが、奴が缶を数本あけたあたりから、のんべんだらりとしだす。

 最近売り出されたVRゲームもやってみた。酔いが回った男が非現実空間に投げ出されたらどうなるかは概ね予想が付くだろう。

 暴れ出して、盛大に衝突する。臀部でんぶをしたたか打ち付けることになった。

 VRゴーグルを外した姿を見て、飲み相手の藤原はゲラゲラと笑う。「体幹がなっとらん」らしい。

 彼がレンチンした焼き鳥を頬張りながら、こんなことを言い始めた。


「なあなあ、あいつらもやっぱり自慰とかすんのかな」


 何の話。


「いやあ、あのスーパーにいたロボット。あいつら、次世代の人類とかなんとかなんだろ?」


 最近出てきたウワサのことを言っているらしい。

 あの人型ロボには「平均的な人の心」が盛り込まれているとか何とか。

 二足歩行は製造コストや転倒を始めとしたリスクの面から、人型にするメリットはそんなに大きくない。わざわざ形状を人に近づけているのは、今の人類に代わる新しい存在となるため……

 というものだ。


「それ以前に、ロボにはセンズるものがない」

「おっ、実際に見たことあんのか」

「……」

「だったら」


 いや、待て。

 誰が得するの?

 黙ってると、藤原が新たに缶をあけて口に含む。飲みかけが二缶くらいあるのだが。飲み切ってからにしてほしいものだ。


「お前は知らねえんだなあ……下高井戸しもたかいど人型ロボット路上無差別キス事件を」

「存じ上げない」

「いやあ、二か月前に一部界隈を震撼させた事件だぞお……? エンジニアの端くれなら、ちゃんとウォッチしてなきゃ、だめだろう……」



 調べてみると実際にあった事件らしい。

 最先端AIを搭載した男性型サラリーマンロボット「ISHIZAKAイシザカ」が道行く男性女性に接吻を強いたのである。

 心理学の盲点を突いた動き、そして最適化された行動により、一分間で六人の唇を奪ったとのことだ。

 七人目もあわやだったのだが、幸か不幸か標的は男性型武道家ロボット「GONGENNOMIYAゴンゲンノミヤ」だったため、逆に捕獲されたのである。

「ISHIZAKA」は取り調べに対して「この一手を打つと七目半有利になると思ったから」と供述したらしい。

 当然、警察官型人間からすると全く理解が出来ない話なのだが、警察官型ロボットはその意図を読み取ったらしい。

 結論としては、初犯の本番障害ということで、厳重注意とともに開発元に再発防止策を提示するように求めたらしい……



「そんなヘンテコな事件があったのは分かった、それが冒頭の質問になんか関係あると」

「大ありだろ。無差別にキスなんざ、こりゃ性欲がなきゃ説明がつかない。当然自家発電だってしてるのか、って話になるだろが」

「なんでそれを聞くのかよく分からないが……個人的には自慰、というか性欲はないのではと思う」

「ほう、その根拠を聞きたいな」


 尋ねられたので、持論を展開した。

 概ね以下の通りである。


 AIであろうが、なんであろうが、あくまでロボは【命令プログラム】に対し受動的に従うだけである。それ以上でも、それ以下でもない。

 例えばGoobleグーブルの検索エンジンだって、「検索したい」「このサイトは贔屓にする」と思って各サイトを巡回しているわけじゃない。

 能動的に動いているように見えるのは、パラメータ、取りうるパターンが膨大だからであって、あり方が変わることはない。


 人間ならば、【命令】は「本能」と読み替えることが出来るだろうか。

 だが、本能というのは性欲に限らず、食欲、睡眠欲もだが、「快楽」という強烈な正の重み付けがされている。それ故に能動的・・・に行動が出来る。

 その実現はソフトウェアだけでは難しい。ハードウェアの部分も重要なのだろうとみている。

 それぞれの部位が局所的に機能を持ちながら、全身で統一的な機能も持っている。実際、脳だけが再現できたとしても、それで人間の代替となる人型ロボが出来るかは怪しいところだ。


 さっき言っていた事件にしても、人型ロボの社会進出を良く思っていない人物・団体により「ISHIZAKA」に対して悪意ある介入が行われたと考えるのが妥当だろう。

 強いられたのだ。強大な命令を強いられたことで、設定されていた倫理ルーチンを超えた行動に出てしまった。

 そこに「快楽」はなかっただろう。



「じゃあ、あいつらが将来的にキスしたり、ひょっとしたらその先になったとしても、それは【命令】されたからで、本意じゃないんだな?」

「そういうことになるか」

「つまり、嫌々ながらの可能性もあるんだよな。SFにあるような純愛物語にはならないのか。あ、でも、嫌がりつつも抗えずってのも、それはそれで……」


 時たま、この人のことがよく分からなくなってくることがある。


「もっと言うなら、ロボも結局は道具でしかない。道具には利用者と目的がある。キスと違って、自慰には他者が存在しない。キスが実現したとして、自慰が同じように実現する(必要がある)かというのは怪しい」

「あいつらは自慰はしないだろうってことだな。ロボのソレを見ていたいっていう奇特な奴らが出てこない限りは……」


 そう言うと、藤原がこちらをじっと見つめてきた。

 目の焦点が合っていない。顔も赤い。頭から湯気でも出てきそうな感じだ。


「ひとつ聞かせてくれ……」


 そう呟いた直後、手に持った(中身の入った)缶ビールを放り出して、こちらの手を取る。


「じゃあ、今、俺の中にあるこの感覚は何なんだ? これも【命令】だっていうのか?」


 もたれかかってくる。強い酒の匂いがする。

 バランスを取るのは難しいから控えてほしいのだが。


「違う。この思いは【命令】じゃない。俺は本当に心の底からお前のことを……」


 唇が近付いてくる。

 泡を立てながら床を濡らすビール。

 うん、そもそもだな。

 彼は重大な認識誤りをしている。




「アナタはロボじゃないだろうが」

「あっ、そういやそうだったわ。えっ、じゃあこの感覚はひょっとして禁断のB……」

「酔ってるだけ」

「あー」


 藤原はため息をついて、ソファーの上でごろ寝をする。


「ふわあ……俺ばかり飲んだり食ったりになっちゃったなあ……わりい」

「お構いなく」

「そういやあ、お前の名前って、何だっけ……ど忘れしちまってえ……」

OBAオーバ


 寝息を立てている。これは聞いちゃいないか。

 聞いていたところで記憶は飛んでいるだろうが。


 さて、こんな時は風邪をひかないように保温性のあるモノを被せてやるんだったな。

 来客用の毛布をかけてやる。


 性欲ね……

 データとして知ってはいるが、今は【命令】も受けてないし、それ以前にセンズるものがないからな。

 目の前にいる人間には付いてるんだろうか、試験が進んでその時・・・が来たら、改めて教えてもらうことにしよう。


 今日のタスクも終わった。

 そろそろ寝るスリープか。

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