36 ダミアンの後悔
「全滅か」
婚約の打診をした高位貴族からことごとく断りの連絡を受けたダミアンは焦っていた。
「このままではエドワードが王太子になってしまうじゃないか」
もう最後の手段を取るしかない。
卒業式も近づいてきているこの時期に、婚約者どころか卒業パーティーでエスコートする令嬢さえいないなど格好がつかないのだ。
ソフィア嬢に打診をするのは不本意だったが、もう背に腹は代えられないところまで来ていた。
一度は白紙になったものの、父からの推薦で候補になったソフィア嬢を婚約者にできれば挽回のチャンスはある。
だがその前に、どうしても一度だけでいいからあの美少女と交流を持っておきたいダミアンは声をかける機会を探っていた。
放課後になると、どこからともなく現れるあの美少女は、ダミアンのサロンの前の廊下を通って、レオナルドのサロンに向かうことは調べがついている。
帰る時はレオナルドががっちりガードしているので、話しかけるチャンスは行くときしかないのだ。
ソフィアは今日もカチューシャを外し、レオナルドのサロンに向かっていた。
帝国を訪問し、書類上の婚約者となって以来、レオナルドが毎日のように会いたいとうるさいのだ。最近では月・水・金の約束もうやむやになってしまっている。
それもこれも、『帝国に戻ったら執務が忙しくて二人の時間が取りにくくなるから今しかないんだ』と言われるとそれもそうかと思ってしまうのだ。
私って彼に甘いのかしら。
などと思いながら、廊下を歩いていると急に真横のサロンの扉が開き、ダミアンが現れた。
「お嬢さん、こんにちは」
「……ダミアン殿下、ごきげんよう」
話しかけられたため、とっさに挨拶はしたもののあまりいい気分ではない。
「ねえ、少し私と話をしていかないか?」
「申し訳ございません。レオナルド殿下との先約がございますので」
「いいじゃないか。この国の王子とのつながりも大切にした方がいいと思うよ」
そう言うと、ダミアンはソフィアの腕をつかんだ。
!!
「お、お離しくださいませ」
そのままサロンに引き込もうとしている気配に気づいたソフィアは抵抗するが、鍛えることに無縁だった身体は、容易に引っ張られてしまう。
その時、廊下の奥からものすごい圧のような殺気が押し寄せてきて空気が重くなった。
「な、なんだ」
ダミアンが怯み、ソフィアをつかんでいた手が離れた。
「俺の婚約者に何をする!!」
威圧のオーラをまとったレオナルドがものすごい速さで現れ、ソフィアを庇うようにダミアンの前に立ちふさがる。
「ま、待ってくれ。彼女と少し話がしてみたかっただけなんだ」
「無理やり部屋に連れ込んでか? そもそも俺たちはダミアン殿下との交流を必要としていない!」
「それは……」
「これ以上騒ぎを起こさない方が身のためだ。今だって、婚約者になってくれる令嬢が見つからなくて困っているんだろう?」
図星を指されてダミアンは次の言葉が出て来なかった。
「余計なことをせずに、まずは卒業パーティーでエスコートできる令嬢を探すことだ」
「そ、それならもう決まっている! ソフィア・エトワール侯爵令嬢だ」
「は?」
「えっ?」
あり得ない発言にレオナルドとソフィアは同時に反応してしまった。
「……悪いが、ソフィア嬢のエスコートは俺の役目だ」
「はぁ? レオナルド殿下はそこにいる婚約者をエスコートするんだろう? ソフィア嬢はフリーのはずだ」
「このまま廊下で話しても埒があかないな。俺のサロンで説明する」
納得できない表情のダミアンを、レオナルドのサロンに連れていく。
「ねぇ、レオ? 話してしまっていいの?」
「事実を知らないから妄想するんだ。君を守るためだ。化粧の話をしておこう」
「そ、そんな」
ダミアンは衝撃を隠せなかった。
レオナルドのサロンで、ソフィア嬢が化粧を落とすと、目の前の美少女になるという話を聞かされたからだ。
「そんなの嘘だ。全然別人じゃないか!!」
「ならば、もう一度化粧をしたいつもの姿を見せようか? エマ、頼む」
「はい。かしこまりました。フィフィ様こちらへ」
そう言うと、エマはソフィアをパーテーションの向こう側に連れていく。
化粧にかかるくらいの時間ここで待機して、カチューシャをして出てこいということなのだろう。
しばらく沈黙していたダミアンだったが、思い出したようにレオナルドに食らいつく。
「……だとしたら、レオナルド殿下は、ソフィア嬢が俺の婚約者候補だった時に手を出していたということじゃないか! あの頃、見初めたという女を探していただろう!」
「あれは単なる噂だよ。それにサロンで交流を始めたのは、婚約者候補が白紙となったあのダンスパーティーの後からだ」
「それにソフィア嬢だって、婚約者候補なのに見た目を偽っていたのなら王族に対する詐欺罪か何かだ。王国で処分をするのでこの国を出ることは許されない! だから帝国皇太子の婚約者にはなれないんだよ。なあ、ソフィア嬢!」
ダミアンはパーテーションの向こう側にいるソフィアに向かって声をかける。
「もし、君が俺の婚約者になるというのなら、その罪も軽くしてやらないこともないが……」
ソフィアがそれに返事をしようとした時、怒りに震えたレオナルドが反論した。
「ソフィア嬢のあの姿は、理由があって両陛下に事前に許可を得ている。調べもせずに俺の婚約者を罪人呼ばわりするとは、一国の王子がそれでいいのか?」
冷静に返事をしているようだが、ものすごい殺気が部屋を包んで重苦しい。
「それに、ソフィア嬢は俺の正式な婚約者だ。王国と帝国、両国で書類は受理されている。公表はこれからだがね」
だから、とレオナルドは続ける。
「俺の女に今後一切関わるな!!」
その後、カチューシャをつけて出てきたソフィアを見て、ダミアンは呆然としたまましばらく動くことができなかった。
数カ月前までは手の届くところにいた彼女を自ら手離してしまったことへの後悔とともに。
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