<番外>お兄さまの初恋

 ――ソフィアとレオナルドの婚約式の少し前のお話



「フィフィ様、婚約式用のドレスが届きました。試着されますか?」

「ええ、そうするわ。きつくなっていたら困るもの」



 ソフィアが、帝国に渡ってきて皇太子宮で生活をするようになってから、増えたことが二つある。


 そのうちの一つはスイーツを食べる回数だ。


 スイーツ好きのソフィアのために、レオナルドはもとより、皇帝マゼラン、皇妃サマンサ、皇女アンジェラの3人も、何かと理由をつけてはソフィアを呼び出し、お茶でもと言いながらスイーツでもてなしてくれるのだ。


 お城のパティシエも、皇太子の唯一様がスイーツ好きと知ってからは張り切っていて、次々と新作を生み出している。

 下手すると一大スイーツブランドができそうな勢いだ。


 それがまた本当に美味しいのだ。


 スイーツに合う紅茶やハーブティーなども、センスの良い使用人がいるらしく、お陰様でお茶の時間の充実につながっている。


 ソフィアとしても嬉しいのだが、せっかく採寸してその日のために作ったドレスが着れなくなってしまう恐れもある。


 今日のところは、何とか試着をクリアし、ホッとするソフィアだった。



 そしてもう一つ増えたのは、レオナルドのスキンシップの濃度だ。


「フィフィ、こっちにおいで」


 ソファーに近づいていくと、引き寄せられてあっという間に膝の上に乗せられる。

 困ったことにそれが最近の定位置なのだ。


 話をしていたかと思うと、すぐにレオナルドのペースに持ち込まれてキスの嵐が降ってくる。



 今日もまたレオナルドがソフィアの首筋に顔を寄せるのを慌てて阻止する。


「レオ、首はダメよ」

「なぜ?」

「婚約式のドレスを着た時に、その、いろいろ隠せないの」

「化粧で目立たなくすればいい」

「それでも嫌なの」

「じゃあ、見えないところならいいのか?」

「……もう! もうすぐ、お父さまとお兄さまが来るのよ」

「わかった。……控えよう」


 父と兄の話を出すと、少しだけレオナルドの溺愛モードが鎮まるのだ。

 いろいろ抑制力が働くらしい。




 その日、ソフィアの婚約式に列席するため、父ブライアンと兄マクシミリアンが、転移門を使って帝国入りした。


 2人を乗せた馬車が城の入り口に停まる。


 ソフィアとレオナルドは出迎えだ。


「お父さま、お兄さま、久しぶりに会えてうれしいわ」

「ソフィーも元気そうだな。王国の我が家は寂しくなってしまったがね」


「お父さま、転移門があればいつでも会えますわ」

「そうだな。いつでも帰っておいで」



「ところで、マックス兄さま? 頭の上のそれは? 赤い……鳥?」


「えっ?」

 レオナルドが驚く。

「そ、その鳥は……」


「いや、この鳥は、帝国に入国して馬車に乗ろうとした時に、頭の上に止まったんだ。逃げないし、かわいいからそのまま連れてきてしまったよ」

「お兄さまの頭が、鳥の巣のように見えますわ。うふふ」

「ははは」


 その鳥は、丸くころっとしていて、なんとも可愛らしい。

 王国では見たことのない種なので珍しい鳥なのだろうか。



「だ、だからその鳥は……」

「レオ?」


 その時、城の奥から慌てた様子でアンジェラが現れた。

「誰か探して! ピーチが暴走してどこかに飛んで行ってしまっ……」


 アンジェラの目線はマクシミリアンの頭の上に注がれた。


「……」

「……」


 2人が固まっている。



「レオ、もしかしてあの赤い鳥は……」

「そうだ。姉上の精霊でピーチと呼ばれている。これはもしかするとそういうことか?」

「2人とも動かなくなってしまったわ。どこか落ち着くところに移動した方がいいかもしれないわね」

「その方がよさそうだ」


 半ば放心状態の2人を、それぞれ引っ張って応接室に連れて行こうとすると、マクシミリアンが正気に返った。


「ソフィー、……彼女は?」

「アンジェラ皇女様ですわ。私のお義姉さまになられる方よ」

「……なんて美しいんだ」



 対するアンジェラも我に返る。

「レオナルド、あの方は?」

「フィフィの兄上マクシミリアン卿だ」

「とうとう見つけたわ」


 

 2人が歩み寄り、マクシミリアンがアンジェラに手を差し出すと、アンジェラもそれに応える。


「帝国の美しき大輪の華、アンジェラ皇女にお会いできて光栄です。私、ランドール王国エトワール侯爵家の嫡男マクシミリアンと申し……」

「マクシミリアン卿、いえ、マックス、私と結婚してくださらない?」

「はい。アンジェラ様。私でよろしければ。この上ない幸せです」


「できればアンジーと呼んで? マックス」

「では……アンジー、僕はもうあなた以外考えられない」

「私もよ」



 そんなやり取りをしていたかと思うと、アンジェラはマクシミリアンを引っ張って行って、父ブライアンの目の前に立つ。


「エトワール侯爵、私たちの結婚をお許しいただけますか?」

「えっ!? それは、皇女殿下が我が家に嫁いで来ていただけるということでしょうか?」

「もちろんよ。お義父さまとお呼びしても?」

「は、はい。如何様にも」


 アンジェラは満足気だ。


 いつもは冷静な父が動揺を隠せないでいるが、顔は嬉しそうだ。



「姉上、いきなりプロポーズ!?」


「お、お兄さまが…… まさかお義姉さまの運命のお相手……」



「マックス、私のお父さまとお母さまに挨拶に行きましょう」

「では、僕がエスコートします」


 2人は、あっという間に城の中に消えていった。



「「「……」」」


 一体何を見せられていたのだろう。


 取り残されたソフィア、レオナルド、ブライアンはしばらくその場から動けなかった。



「お父さま、少し前までマックス兄さまは『僕は一目ぼれするタイプじゃない』とか言っていましたのよ?」

「あそこまで見事な一目ぼれもあるんだな」



 気を取り直して、3人がマゼランとサマンサのところに向かうと、もう2人は下がった後だった。


「レオナルド、来るのが遅いわよ。アンジェラはマックスさんを自分の部屋に案内するってグイグイ引っ張って行ったわよ」

「アンジェラは、マクシミリアンくんが国に帰る時に一緒に王国へ着いていくそうだ」


「出会ってからプロポーズまで、一族内では最短記録ですわね」


 歴代皇帝のヘタレ説は、皇帝の座を継ぐ気のないアンジェラには当てはまらないようだ。

 レオナルドと足して2で割ったくらいがちょうどいいのかもしれない。



 だが、エトワール侯爵家が華やかになることは間違いないだろう。

 アンジェラは、エリザベスとも気が合いそうな気がするので、婚約式の時に二人を紹介しようと思うソフィアだった。



「フィフィ、俺たちも部屋に戻ろう」

「お父さまに皇太子宮を見てもらいたいわ」

「……そうだな」


 少し残念そうなレオナルドを尻目に父を連れて行くソフィアだった。




 その後、ソフィアの身近な人たちの中で、アンジェラとマクシミリアンが誰よりも早く結婚した。

 そして早々に子供を授かり、エトワール侯爵家を賑やかにしたという。

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黒猫精霊に導かれた運命のお相手は帝国の皇太子でした みのり @Minori123

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