16 サロンでの交流

 その週末、エトワール侯爵家では家族会議が開かれていた。

 こんな時でもスイーツが欠かされることはない。


 ジャック・ドノバンの件については、言われたこと、されそうになったことを、父と兄に切々と訴えた。


 ブライアンとマクシミリアンの顔がみるみる恐ろしい形相に変わっていく。

 ゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうな迫力だ。


 ソフィアは話しているうちにあの恐怖がよみがえり、涙目だ。

 見かねた兄がソフィアの頭をなでる。


「ジャックとかいう子爵家の勘違い野郎は、父上と僕が引き受けよう。もうソフィーに接触できないようにするから安心して」

「はい」

 あんな思いはもうたくさんだ。



「あとは、帝国の皇太子から名前を教えろとぐいぐい迫られていることか」

「来週月曜日に会う約束をさせられてしまいました」

「そうか。だが本名を名乗るのは時期尚早だな。父の許可が下りなかったと返事をしなさい」

「はい。わかりました。少しほっとしました」



 ソフィアが自室に戻った後、父ブライアンはマクシミリアンを近くに呼ぶ。

「マックス、誰かが我が侯爵家の周辺を嗅ぎまわっている。言動に気をつけるんだ」

「それは帝国、ソフィーがらみですか?」

「タイミングを考えるとそうだろうな。音楽祭の後のパーティーでマックスがエスコートしただろう? ソフィーの素顔を知る者はマックスを見てどう思うかな?」

「そうか。うかつでした。どうもソフィーに頼まれると後先考えずに叶えてあげたくなってしまう癖が出てしまうな。あの日のエスコートは父上に任せればよかったんだ」

「いや、今回はあえてマックスの容姿を見せて相手がどう動くか見てみたかったんだ」

「えっ? それでは帝国の皇太子や諜報力を試そうと?」

「そうだ。ソフィーを守る力が備わっているのか、見極める必要があるだろう?」

「それは一理ありますが」

「ソフィーの存在を知ってしまった皇太子が諦めると思えん」

「遅かれ早かれということですね」

「まだ、アレまでは突き止められていないがね」

 そう言ってブライアンはカチューシャのジェスチャーをする。


「だがソフィーの小さい頃の髪の色を聞き出すところまで来ているよ。思ったより早かったな。まあ、合格点だ」


「父上、今、父上の恐ろしさがじわじわ来てます」



 ◇◇◇


 次の月曜日、3年Cクラスの子爵令息が転校したらしいことが、少しだけ話題になった。

 どういう圧をかけたのか怖くて聞けないが、二度と会うことがないのであればもう怯えなくていいのだ。



 一日の授業が終わると、ソフィアは人気のない化粧室でカチューシャを取り、レオナルドのサロンに向かった。


 サロンの扉をノックすると待ち構えていたレオナルドに出迎えられた。


「今日は、ルイスと侍女のエマがどうしてもというので、フィフィにちゃんと紹介するよ」


「僕たちは、レオ様の精霊ので結ばれていてね。お互い信頼できる仲間なんですよ」

「フィフィ様、フィフィ様は特にレオ様とお強いご縁で結ばれていますので、私はフィフィ様の侍女としてもお仕えいたします」


「お強いご縁? エマさんが私の侍女? それは……どういうことでしょうか?」


「レオ様、一番重要なことを……、まだお伝えしていないのですか?」


「まあ、急にいろいろな情報が入ったら混乱すると思ってね。時機を見て話そうと思っていたんだ」


 レオナルドが姿勢を正す。

「フィフィ、君がどこの誰なのか本名を教えてもらえるようになったら伝えようと思っていたんだが、帝国皇族の精霊の話は知っているね?」

「……はい」

「君は僕の精霊、黒猫のミールを見て触ることができる。それはつまり、俺と強いがあるということなんだ」


 ソフィアは少しだけ戸惑った表情になる。

「では、私は……」

「君は俺の……、いや、まだいい。ミールに触れるほどの縁があるということは間違いないのだから、今は交流を深めてお互いを知っていきたいのだが、どうだろう? できれば、定期的に会いたいのだが」

「適切な距離感を保っていただけるなら、ですが、承知しました」


 レオナルドは、本当は膝の上にフィフィを乗せるくらいの距離感希望! だったのだが、釘を刺されてしまった。でも今は定期的に会える約束ができただけで進歩だと思うことにした。基本前向きなレオナルドなのだ。


「本当は毎日でもいいんだが、曜日を決めた方が予定を合わせやすいだろう」

「では毎週水曜日というのはどうでしょうか?」

「月・水・金で」

「……できれば水・金でお願いしたいですわ」

「……わかった。当面は水・金で。授業の後このサロンに来てくれ」



 ルイスがレオナルドの代わりに情報収集をしようと、さりげなくソフィアに話しかける。

「それでは、フィフィ様、フィフィ様はこの学園で何年何クラスですか?」

「はい、3年A……、えーっと」


「3年生ですね?」

「……ええ、はい」


 ソフィアは今まで自分は隠し事が上手な方だと思っていたが、レオナルド達を前にすると何故か上手くとりつくろえないことに焦りを感じていた。素が出てしまうのだ。


 その時、それまで部屋の中をうろうろしていたミールがソフィアの膝の上に飛び乗ってきた。


「あ、ミールちゃん!」

「ミール……ちゃん?」


 レオナルドは、表情は動かさないまでも内面では“わなわな”していた。

 ミールのことをそう呼んでいたとは。かわいいにも程がある。


 ミールはソフィアにベタベタ甘え始めた。ソフィアもミールをナデナデしていて至福の表情だ。


 ミール、あ、甘えすぎじゃないか? お前、最初の時もこうだったのか? へそ天じゃないか。

 ああ、でもフィフィの笑顔が天使だ。


「ああ、ミールちゃん、可愛い」

 ソフィアはミールを抱き上げると、ミールにほおずりする。


「なっ!」

 ミールばかり距離感が近くてずるいぞ。俺より先にフィフィにほおずりされるなんて。


 ミールに嫉妬心全開のレオナルドだった。



 今日も時間ぎりぎりまでフィフィをサロンに引き留め、心配だからと寮まで手をつないで送っていく。適切な距離感の結果スキンシップ不足を補える唯一のチャンスを逃す手はないのだ。



 レオナルドとソフィアが出て行った後、サロンに残っていたルイスとエマは……

「僕、レオ様が面白くて仕方がないよ」

「私も同じことを考えておりました」


「一見ポーカーフェイスに見えるし、僕たち以外の人は気づかないかもしれないけど、フィフィ様の前だと表情がいろいろ動くんだよな」

「そうですね。私もああいうレオ様は新鮮に感じております」


「『適切な距離感』って言われた時は、明らかにがっかりしていたもんな」

「あれ、絶対、『本当は君を膝の上で愛でたいんだ』的な不埒なことを考えていらしたに違いありません」


「ミールがフィフィ様に甘え始めた時も、微妙な顔してたし」

「レオ様の頭の中は、『ミールずるいぞ。俺もすりすりされたいのに』だと思います」


「エマはモノマネが上手いな」

「ありがとうございます」

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