09 侯爵家にて

 レオナルドに素顔を見られてしまったことを相談するため、ソフィアは久しぶりに侯爵家のタウンハウスに戻っていた。事前に連絡したので、忙しい父も少しだけなら時間を取ってくれるだろう。兄も都合がついて会えたら嬉しいのだが。



 ソフィアの希望通り、父だけでなく兄もなんとか都合がついたようだ。おかげで家族で話をする時間は設けられた。



 父ブライアンは、王宮で外務大臣を務めている。

 鬼大臣と影で呼ばれていると兄から聞いたことはあったが、ソフィアにはいつもやさしい父のどういうところが鬼なのか全く想像がつかないのだ。


 兄マクシミリアンは、学園を卒業後、若くして宰相直属の部門に配属となり、その才能を発揮していた。将来、宰相になりえる人材として評判もいいらしい。

 二人とも本当に多忙なのだ。


 実のところ父ブライアンは久しぶりに会える愛娘をウキウキで待っていた。入っていた予定はもちろんキャンセルだ。

 兄マクシミリアンもかわいい妹のために、ソフィアが好きなスイーツを朝から並んで手に入れてきた。何種類も手に入れるため、使用人も数人巻き込まれた模様。


 そんなこととはつゆ知らず、家族用のプライベートスペースで、ソフィアは目の前に並べられた大好きなスイーツに目を奪われていた。


「マックス兄さま? すごいわ。こんなにたくさんのスイーツはどこで?」

「たまたまもらったりして手に入ったんだ」

「たまたま? このマカロンは朝から並ばないと買えないものではなかったかしら?」

「まあ、細かいことは気にしないで。食べながら話を聞こう。ね、父上」

「そうだぞ、ソフィー。マックスがお前のために用意したんだ。遠慮なく食べなさい。あと、そのカチューシャは週末のうちにメンテナンスしよう。外してこちらに」

「お父さま。ありがとう。相談の前に、このマカロンとチョコレートケーキを食べてもいい?」

「もちろんだ。好きにしなさい」

「ソフィーが遠慮することはないよ。スイーツに合う紅茶も用意したよ」

「うふふ。うれしい。お父様もマックス兄さまも大好きよ」


 カチューシャを外したソフィアが満面の笑みでスイーツを食べている様子を見て、ブライアンもマクシミリアンもその部屋にいた使用人達も一斉に同じことを考えていた。


((((と、尊い……))))


 ソフィアに激甘の、やや残念なエトワール侯爵家だった。



「今日は聞いてほしいお話が二つあって」

 まずは、軽い方から報告だ。


「ダミアン殿下が、リリアーヌ男爵令嬢を王子妃教育に参加させると、講義中に乗り込んで来たの」

 その時のやり取りを詳細に話す。


「その件か、聞いているよ。おそらくその後すぐに王宮へ来たんだな。両陛下の前に二人で現れて、いかにリリアーヌが婚約者候補にふさわしいかアピールしていたらしいぞ。だが、陛下が即『却下』して追い返したので、しぶしぶ学園に戻っていったようだ」

「その話は、父上のところだけでなく、僕の部署にも届いたよ。あっという間に王宮内に広がったからな。ちょっとした笑い話だ」

「そうだったのね」


「しかしソフィーのことを一番ふさわしくないなど見る目のない奴だな。許せないな」

「マックス兄さま、私は候補から外れたいので、“しめしめ”なのよ」

「もしこのままダミアン殿下が平民上がりの男爵令嬢に固執するようなら、第二王子が王太子になる可能性が高くなるな」


 第二王子とはダミアン殿下より二つ下のエドワード殿下だ。王立学園の1年に在籍している。ランドール王家の特徴的なブロンドヘアにスカイブルーの瞳を持つ王子だ。


 実はエドワードはリリアーヌのアタックを最初に受けた人物なのだ。

 兄ダミアンと違って彼は『僕にはずっと想っている人がいるので』とすげなく追い返したと聞いている。

 女性関係で問題のある兄と比べて、誰かを一途に想う好感が持てる王子なのだ。



 ここからが本題だ。

 あの昼休みのレオナルドとの話をかいつまんで説明する。


「つまり、ソフィーはその(かわいい)素顔を帝国のレオナルド殿下に見られてしまったと」

 父ブライアンは渋い顔をしていた。


「その黒猫って、帝国皇族の“縁結び”の精霊じゃないのか!?」

 兄マクシミリアンが驚いている。


「精霊ではないと思うわ。すごく毛並みが良くてふわふわだったのよ」

「そうか、触れられるのならただの黒猫か? だが、少し調べないとならないな」


「もしあの黒猫様が精霊だとしたら私が殿下にとって何かしら必要な人物ということになるのね」

「そうなると殿下の留学が終わると同時に、帝国に連れて帰ると言いだすかもしれないな」

「はい。ですが、私は学園もちゃんと卒業したいので、もしそうなったら嫌ですわ」


「実は、レオナルド殿下が王立学園でどこかの令嬢を見初めたという話は、城の執務室に届いていてね。もしその令嬢が、『精霊が選んだ娘』であれば帝国との強固な関係が築けると、盛り上がっていたんだよ」


 父の顔はますます渋くなる。

「だが、その娘の特徴が『プラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳の謎の美少女』と聞いて嫌な予感がしていたんだ。やはり、素顔を見られてしまっていたのか……。実際、彼らが探してもどこのクラスにもいないとなれば、ソフィーのことで間違いないだろう」


「では、あの黒猫様はやっぱり精霊なのかしら」

「ほかの生徒が、黒猫の話をしているのを聞いたことがあるか?」

「……ないわ」

「普通、黒猫が肩に乗っていたら大騒ぎになるだろう? ソフィーにしか見えていないということだ。もしかしてソフィーがレオナルド殿下の妃候補の可能性もあるということなのか? 認めたくないな」


「マックス、気持ちはわかるが落ち着くんだ。で、ソフィー。ソフィーはレオナルド殿下のことをどう思っているんだい?」


「えっと……この間は素顔を見られてしまって、逃げることに必死だったから考えたことがなかったわ。普段はほとんどしゃべる機会もないの。何をしていても黒猫様にばかり目が行ってしまって。ちっちゃくて本当に可愛いのよ」


((なんかレオナルド殿下お気の毒なパターンか??))


「あ、でもこの間ダンスの授業で、殿下と帝国の振付で踊りましたの。せっかく覚えた帝国流の振付を披露できる機会がなかったので、楽しかったですわ。殿下のリードも完璧だったのよ」


 少しだけ嬉しそうに話すソフィアを見て、ブライアンもマクシミリアンも、もしかしてもしかするかもと感じていた。


「素顔を見られた件は対策を考えよう。今日は家でゆっくりしていきなさい」

「はい。私はいったん部屋に戻ってバイオリンの練習をするわ。今年の音楽祭はベスのピアノとマリィのフルートで三重奏なのよ。お父さまもお兄さまもぜひ聞きに来て欲しいわ」

「もちろん行くよ。その日のために予定を空けてあるんだ」

「あと、音楽祭のダンスパーティーもエスコートをお願いしたくて。前回はお父さまだったので、今回はお兄さまに」

「うれしいな。まかせてくれ」


 ソフィアが部屋から出て数十秒後……

「ソフィーは誰にも渡さん! 嫁にやらん!! すくなくともソフィーを守り切れる奴でないと、俺は認めん!!!」

「そうです父上。我が家の天使から笑顔を奪うかもしれない奴は徹底的に排除しましょう!!」

「「「旦那様と若様のおっしゃる通りでございます!!」」」


 ものすごい一体感が生まれていた。やっぱりどこか残念なエトワール侯爵家であった。

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