文スト2次創作

@SAKUSYA

猛暑日と中也




 時計の短針は真上を指し示していた。


 時は昼。草木が青々と生い茂り、長い眠りから目覚めた地中の使者が泣き喚く。燃え上がるような暑さに、揺れ動く陽炎かげろう



 数年ぶりの猛暑が横浜の街を襲っていた。最高気温は40度にも及び、街ゆく人々を苦しめている。

 強大な自然の力とは、人を選ばず、平等に与えられるものである。


 ポートマフィア幹部である中原中也も例外ではない。

 取引先の組織と会合を終えた中也は、暴力的な熱が支配する街中を歩いていた。


 黒い背広に黒帽子。並の金持ちでは手が届かぬ最高級品である。だが先ほどにも述べた通り、今日は暑い。「季節はずれだ」と、老若男女全員が口を揃えて云うに違いないだろう。この猛暑の中、そのような衣類を着用することは自殺行為である。

 色合いにおいても、この場の中で最も不合理な選択であった。黒は光の好物である。むさ苦しい暑さに加え、衣類の中に蓄えられた熱がじわじわと体を蝕んでいく。


 中也の瞳には苛立ちと後悔が浮かんでいた。


 とめどなく溢れてくる汗を手巾で拭き取り、いつもより若干早く足を進める。


 目的はとある老舗店である。ポートマフィアが贔屓している商会の一つであり、郵便屋の拠点の一つでもある。そこでとあるものを入手し、首領ボスに献上しなければならない。



「チッ…………」


 

 予想外である。中也は容易に成し遂げられる任務だと認識していた。ポートマフィアの幹部を寄越すほどの仕事ではないと考えていた。しかし、今となっては身に余るほどに、その難解さを体感している。



 この任務で苦労する点はただ一つ。""



 目的地の老舗店の前を通り過ぎる。小綺麗に着飾った老夫婦が、何食わぬ顔で扉の中へ入り込んでいる。その扉には、


 ポートマフィアが出入りすることもあり、簡単には立ち入ることのできない設計になっている。先程通り過ぎたのは、何も知らぬ人間たちが利用する扉だ。一種のカモフラージュとしても有用されており、他組織の侵入を防いでいる。

 

 そして、裏社会の人間が利用する扉であり、中也の求める"扉"は別に存在している。その扉には、10分ごとに場所が変化する異能が用いられており、半永久的に発動しているのだ。横浜内の"扉"候補は全5箇所に存在しており、不規則に"扉"が選定されている。


 再度、中也は均等に区切られた街を歩き回る。"扉"を探すため、ただ歩き続ける。猛暑日であるためか、普段よりも人通りが少ない。



 現在、北、東、南東の3つの扉は巡り終わった。しかし、どれも目的地には通じていなかった。


 ちなみに扉の前には小型センサーが設置されており、一つの扉の前で待ち続けることも不可能である。同一人物が長時間扉の周辺に滞在していた場合、その扉が正解の"扉"候補から外れるからだ。

 かつてポートマフィアに潜入していた他組織の密告者が目的地に入り込んだこともあり、正解の扉の出現場所は極秘事項とされている。幹部である中也ですら正しい場所は知らされていない。



 残された手段はただ一つ。しらみ潰しに探すしかない。なんとも骨が折れる作業である。





 数十分後、中也はようやく"扉"を発見した。喉が酷く乾燥し、衣類は肌に張り付いてしまっている。扉の中はずいぶん涼しいものだった。外が暑すぎたため、実際の温度よりも涼しく感じたのかもしれない。

 染み一つない紅色の絨毯に、クリスタル製のシャンデリア。床は大理石が用いられ、華々しい雰囲気を醸し出している。店より、パーティー会場と表現した方が納得できるであろう。不気味に微笑む店員に声をかけ、依頼された荷物を受け取る。


 それは美しい氷細工であった。一辺30センチメートルにも満たない立方体の中に安置されているのは、繊細さと神秘さを持ち合わせたアリアドネの氷像。実物を氷で固めてしまったかのように、身につけている装飾品から顔の表情、しなやかに伸びる指先まで、事細かく表現されている。立方体の上層部は凹レンズになっており、柔らかい照明がアリアドネに降り注いでいる。


 中也はじっくりと氷細工を観察した後、肌寒さを感じる店内から立ち去った。重力操作で像を固定し、己にかかる重力を消して浮遊する。建物の壁から高層ビルの屋根へと跳び移り、高速で街中を縦断。氷は大変溶けやすい。さらに、本日は数年ぶりの猛暑日である。一刻も早く本部に届けなければ、美しい氷像の形が崩れてしまうだろう。



 跳び出して数秒後、中也と氷像はポートマフィア本部ビルに到着した。広大なロビーを抜けて内部を進む。堅牢けんろう首領ボス執務室の扉を開き、無事に持ち帰ったことを報告した。



「ありがとうねぇ中也くん。エリスちゃんのために特別に作らせた物なんだ。やはり中也くんに頼んでよかったよ」



「いえ、この任務は俺が1番適任でした。無事に運べてよかったです」



 数語言葉を交わした後、中也は自身の部屋に戻った。




 シャワーを浴びた後、涼しい格好に着替える。専用の冷凍庫から数日前に購入したアイスクリームを取り出し、体に溜まった熱を塗りつぶすかのように頬張ったのであった。








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 *本編で入りきらなかった設定など*



・扉候補はこのように設置されてます。


                          十



          十           十




                       十     十



・中也がわざわざ取りに行った理由


1. 異能力での高速移動が可能。

2. 氷像のため、急いで持ち帰る必要がある。

3. その老舗店はポートマフィアにおいて重要な施設の一つであるため、幹部レベルの権力者のみ知る場所であったから。

4. ちょうど会合の場所の近くに扉候補の一つがあったから。

5. 首領の異能を知っており、かつ首領に謁見できる人物の1人が中也だから。  







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