第6話神との邂逅と覚醒

『ハヤトくん、さあ、目を覚ますんだ。君はまだ死んでいい存在じゃない』


 どこからか声が聞こえてくる。その声は軽薄でどこか不快感があった。それでも俺は目を開ける。そこは先ほどとは違ってノイズの走った白くて狭い部屋の中だった。部屋の大きさはせいぜい3畳ほどしかない。

「ここは……」


 部屋の中を見回していると、いつの間にか目の前に一人の少年がいた。その顔はあまりにも美しく、人外だった。正直薄気味悪い。


『やあ、目が覚めたみたいだね。よかったよ』


 その少年が胸を撫で下ろす。ヘラヘラと笑っている様子が鼻につく。


「誰だ、お前?」


 俺は睨みつけながら尋ねる。


『僕かい? 僕はラグナ。君たちの始祖であるカムイ・アカツキを創った神さ。よろしくね』


 突然のとんでもない自己紹介に俺は目を丸くした。神が実在するのは知っていた。だけどいきなり目の前に現れるとは思わなかったのだ。


『驚いた? だったら大成功だ。無理して結界を突破して君に介入した甲斐があった。全く流石僕の創った傑作だ。僕の力で僕が容易く入れない結界を張るなんて、やっぱりカムイは天才だよ』


 ラグナ様は嬉しそうによく分からない事を言っている。


「それで、あなたがラグナ様だとして、俺に何の用なんですか?」


『ああ、そうだったそうだった。実は君今まさに死にかけているんだよね。時間にして言うとあと0.05秒くらいで頭に槌を打ち込まれて脳みそ飛び散らせてね。うわぁ、想像しただけでグロい笑』


 何が面白いのかケタケタと笑うラグナ様は突然真顔になる。


『だけど、君の才能は正直惜しい。だから僕は君の味方になる事にした』


「それってつまり……」


 ラグナ様の言葉に思わず唾を飲み込む。


『うん。君の思う通り、君を僕の使徒にしてあげよう』


 俺は心の底から体が震え上がった。使徒は隔絶した力を持つ存在だ。それになっただけで、俺は俺の目標を果たす事が出来るはずだ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 頭を下げるとラグナ様がその頭を優しく撫でた。


『うん。だけど君はまだ幼い。急激に力を解放させると体が壊れてしまう。だから力を部分的に制限させてもらうよ』


 少し残念だったが、それでも使徒になれるのだ。別に構わない。


「分かりました。それで、俺はどんな事が出来るようになるんですか?」


 期待を込めて俺は尋ねる。歴史上たった4人しかいないという無属性を使える様になるんだろうか、カムイ様の様に?


『君には元々光と闇以外の全ての法術に対しての適性がある。だから僕からは無属性以外の全て術の適性を与えよう。つまり君は今から火、水、風、土の四属性の法術と氷、雷、樹木、金の四属性の神術を扱える様になる。まさに術のスペシャリストになるんだ』


 無神術を使えないのは残念ではあるが、八属性を扱えるとは規格外だ。アカツキにいる他の使徒ですら四属性がせいぜいだ。その倍と言えば想像を絶する程の力だと言える。


「ありがとうございます!」


 俺は思わずラグナ様に礼を言っていた。その言葉にラグナ様はにこりと微笑んだ。


『でも注意点。さっき言ったみたいに君の力はまだ制限しておく。鍛えて徐々に獲得していくんだ。今回は一時的に全部が扱える様に開放しておいたから、それでこの状況を打破するといい』


 ラグナ様は俺の頭に手を乗せると何かを呟いた。すると体の中から力が溢れ出し、自分の中で何かが変わったのを理解した。


「これならいける!」


 手を握ったり開いたりを繰り返し、自分が数分前とまるで違う存在になった事を実感した。


『よし、それじゃあ行って来なさい。君が生き延びる事を祈っているよ』


 その言葉とともに俺の意識は覚醒していった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 目の前に槌が迫って来ていた。もはや死ぬ寸前だ。ハヤトは咄嗟に金神術『金鋼』を発動する。これは肉体を鋼に変える術だ。すぐさま彼の体は鋼鉄へと変化した。そのまま彼の頭に槌が落ちる。その威力に体がびくりと揺れる。しかし、衝撃はあれど、彼にダメージはなかった。


「これで依頼は達成か。思ったよりも楽勝だったな」


 刺客の一人がそう言って槌をハヤトに下ろしたままの男に近寄ってその肩を叩いた。だがそれと同時に、ズルリと槌を振り下ろした男の頭が首から滑り落ちた。


「な!?」


 近寄った男が目を丸くする。それと同時に、彼の胸に穴が空いた。


「かはっ!」


 男は血を吐き出しながら絶命する。そこで漸く異変に気づいた刺客たちが一斉に武器を構えて警戒する。そんな彼らの前で、ハヤトに振り下ろされた槌が動き、ズンという音とともに横に転がる。そして窪んだ穴からハヤトが顔を出す。彼は自分の体の傷を水法術『治癒』によって回復させながら、自分の胸に刺さっていた短剣を抜き取った。


「な、何をした!」


 刺客の一人が信じられないものを見ているかのように叫ぶ。そんな彼にハヤトはニヤリと笑う。それと同時に彼の体は雷と化す。雷神術『雷化』は雷と同化する事でその速さと攻撃力を手に入れる事ができる。瞬間、ハヤトの姿が消えた。そして刺客の一人が雷に当たった様に焼け焦げた。


「なに!?」


 それを見て驚愕の声を上げた者は認識外からの攻撃によってその首を斬り飛ばされた。誰もが動けないでいると、突然彼らの元に金属でできた針が飛んできた。それはそれぞれの体に突き刺さる。運良く躱せたのはたったの二人だけだ。残りの刺客達には体のどこかしらに針が刺さった。そこで漸くハヤトが現れる。彼は周囲を見て口角を吊り上げて笑う。


「じゃあな」


 その言葉の意味を理解し、刺客の一人が叫ぶ。


「に、逃げ……!」


「『誘雷針』!」


 金神術『針千本』と雷神術『雷導』の複合技である。瞬時に雷は針に向かって伸びていき、刺客達の体を内側から焦がした。


「あと二人」


 ハヤトはそう言うとギロリと残っている二人を睨みつける。その姿に怯えた刺客達は逃げ出す。


「こ、こんなの聞いてねぇ!」「こんなの割に合わねぇよ!」


 だが彼らの足元の地面が突然割れる。そのせいで彼らはつまずき転んだ。


「逃げんなよ。今いい所なんだからさ」


 そんな彼らを見ながら前髪を掻き上げる。その目は力に酔いしれていた。


「ヒィィ!」「助けてくれ!」


 恐怖に顔を歪めた二人に向かって、ハヤトは断罪の一言を告げる。


「死ね」


 一人の刺客の体に樹木が這いずり回る。もう一人は足から凍り始めた。


「嫌だ! 死にたくない! 死にたくな……」

「許してくれ! 殺さないで!」


 樹木に縛られた方はそのまま体が木の根に縛られて圧死した。一方で凍っていく方は顔だけ残して体は氷の中に閉じ込められた。


「一つ聞きたい事がある」


 覆面を剥ぎ取ると、その刺客はまだ20代前半ほどの年齢だった。


「な、なんでも答える! だから命だけは!」


 唇を青くしながら、刺客は懇願する。


「……お前達を雇ったのは誰だ?」


「し、知らねぇ! 知ってんのはお頭だけだ! そのお頭もあんたが殺しちまった! な、なあ頼むよ、金でもなんでもやるから助けてくれ!」


 だがその言葉にハヤトは首を振って刺客に笑いかける。


「悪いな。俺は俺と俺の大事な人に手を出す奴は殺すと決めているんだ」


 その笑みはまだ12歳の少年のものではなかった。そして彼はそのまま氷神術『氷塊』を発動し、完全に刺客を凍らせる。そしてその氷を砕いた。中にいた男はそのままバラバラに砕け散った。


「ふぅ……」


 ハヤトは大きく深呼吸をする。その直後、猛烈な疲労が訪れる。元々修行のせいで限界の体だったのだ。それを無理に動かしていたツケが来たという事だ。


「ここから……離れ……」


 しかし、離れようと一歩踏み出した所で彼は意識を失った。


 それから10分ほどして異変を感じ取ったハンゾーが現場にやって来て目を丸くした。そしてすぐにハヤトを見つけて慌てて近寄り、その生存を確認して安堵した。


「しかしこれは……全てこやつがやったのか……」


 近くに倒れている死体の覆面を剥ぎ取ると、その顔には見覚えがあった。ハヤトが殺したカエンよりも格上の存在だ。他の者の顔も確認すると、全員が裏の界隈で有名な戦士達であり、彼ら全員で一つの組織だった。


「よもや暗殺集団の『暗鬼』どもをたった一人で壊滅させるとは……一体ここで何があったというのだ?」


 しかし、ハンゾーの呟きに答える者はいなかった。

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World End 外伝:ハヤトの章 @nao0899320

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