27週目

213日目(日曜日)薪ストーブも白い部屋もないアパートの午後「やさしい風」




「やさしい風」


重たいドアを開ければ 文月の風


どこからともなく吹いてきて


僕の前髪を 揺らす




僅かに残っている水溜りには 小さなさざなみを立たせ


黄緑色の葉には やさしくお辞儀させて


青い空に浮かぶ小さな雲にも ゆっくり後押し



あゝ こんなにも やさしい風





見たこともない薄緑色のきれいな蛾にも


その身が壁から飛ばされぬように



真新しい「安全第一」の緑色の旗にも


ポールから離されぬように



餌を探し始めた 若いツバメたちにも


その翼が疲れぬように




こんなにも やさしい風



あゝ こんなにも やさしい風





大作





 私は、青色の筆ペンで半紙にそう書いてから、昨日書いた半紙の上に静かに置いた。

 

 6畳一間の部屋の開けっぱなしにしている南側の窓からは、これでもかというほどの青い空が見えている。

 蝉の合唱も日に日にその声量を増しているが、まだ、盛夏ではないから、蝉にとっては第一楽章のようなものだろう。


 冷蔵庫を開けて、冷やしていたトマトを適当に切って、塩をパラパラッと掛けて食べる。午前中、畑で取れたばかりだと澄江がアパートに持ってきてくれたものだが、やはり、もぎたては旨い。



「おとうさん、もう、そろそろ、社会復帰したら?」


 って、澄江は言っていたけど、「冷やし中華は店で出したことがないから、この季節が終わったらな」って返しておいた。




(そういえば、松嶋先生… 医者なのに、なんで、あんなに玉撞きが上手かったんだろう…)


 当然のことながら、鳴いている蝉に問うても、満足がいく返答はなかった。

 









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薪ストーブのある部屋と白い部屋 橙 suzukake @daidai1112

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