1日目 薪ストーブの部屋の夜「ある線から先」

 



 私は、20分位、白い部屋で過ごした。

 青いペンキが入ったバケツの意味を、少し考えたが、なにも浮かばなかったし、今日のところは、そのままそっとしておくことにして、部屋を後にした。


 帰り道は、ドアの絵を逆に進んでいったわけだが、バケツの絵と反対のドア面にはビリヤード台の絵が貼ってあったので迷うことなく自室まで戻ることができた。



 窓の外。陽が傾いて、庭の雪景色が薄いオレンジ色になった頃に、私は浴槽にお湯を溜めることにした。

 “自動”と書かれているボタンを押すと「湯張りします」と女性の声がして、間もなくして湯が溜まり始めた。湯温は“39℃”と表示されて、これは、私の好みの湯温だったから嬉しくなった、のと同時に、少し怖い気もした。


 28センチ大の長靴やデッキシューズといい、風呂の湯温といい、私のサイズや好みにぴったりなのも、あの薪ストーブやビリヤード台だってそうだ。薪ストーブの火を眺めながらゆったりと生活したい、いつでもやりたいときにビリヤードの玉を撞ければいいなあ…なんて、だいぶ前から思っていたものがこうやって現実にあるのだ。とはいっても、キューがないから玉を撞けないのだが。


 そんなことをつらつら思っていたら「お風呂が沸きました」と先程と同じ女性の声がアナウンスをした。

 


 夕飯は、冷蔵庫にあった鶏モモ肉と野菜を調理したクリームシチューとご飯にした。

 “冬といえばクリームシチュー” という考えは、繰り返されるテレビのCMで長年に渡って刷り込まれた思考結果だろうと思った。

 まあ、そうれはいいとして、首をひねらざるを得ないのは、楽、といえば、楽なのだが、にんじんやじゃがいも、しめじといったシチューにふさわしい野菜たちは、いずれも、あらかじめ、ふさわしい大きさにカットされていてタッパーに入っていたことだ。

 “食事は自炊しなさい”と言わんばかりの環境で、胡椒や唐辛子どころか、どんな料理に使うのか知らないが、コリアンダーやカイエンペッパーの果てまで香辛料が揃っているというのに、包丁やまな板といった食材を切るための基本的な道具が、何処を探しても見つからなかった。



 (本当は、ご飯を食べる前に、白ワインかなんかあれば良いのだけど…)


 そう思って、キッチンの戸棚や冷蔵庫をくまなく探すも、ワインどころか、料理酒すら見付からなかった。

 ついでに言わせてもらえば、この部屋に来るまでに嗜んでいた煙草も見付からなかった。



 自分の足のサイズにぴったりな履物、自分の好みの部屋の形状と調度品があつらえられているというのに、ある線から先は、きっちりと拒まれている… 


 そんなことを長いソファに寝ころびながら考えていたら、何も操作していないのに、ベッドの背もたれが、平面から角度あるところまでせり上がっていった。



 そうか、就寝時間が来たんだな、と私は思った。






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