第3話 車椅子少女は大空を翔ける夢を見る

 ここで空を見上げながら無為な時間を過ごすのはこれで何度目だろうか。

たちが悪いのはこの非生産的な時間を思いのほか気に入っているところだろう。


 生まれつきの障害により足に力が入りづらい私は生まれたときから何度もこの病院のお世話になっている。

年齢=車いす生活といっても過言ではないかもしれない。

それに関してはもう慣れたことだし、別に自分が不幸な人間だとも思ってはいない。いや、むしろ大勢の人より恵まれた生まれだと思う。


 私のお母さんはこの国でも有数の権力者で優秀な人だ。おまけに一人娘の私のことをとても大事にしてくれてる。まぁ少しだけ親バカなところもあるけど...

この病院だってうちの系列の病院だし、ホントにお母さんには感謝しても感謝しきれない。


 でも、やっぱり一度ぐらいは自分の足で思いっきり走ってみたいと思ってしまう。思いっきりはしゃいでみたいと思ってしまう。

定期健診でここに来るときはいつもここに来る。金木犀の木陰で空を見上げて自由に駆ける自分を想像するのが、子供のころからの秘密の遊びだった。


 見上げた視界を名前も知らない鳥が横切っていく。


 いいなぁ、私もあんな風に自由に動いてみたい。


「鳥になりたい...」


 小さな呟きだったはずだ。自分でもかろうじて聞き取れるようなぼそりとした呟き。本来なら空中に溶けて消えるような呟きに返事があった。


「鳥になりたいの?」


「っ!!」


 予想外の返事に思わず息が詰まってしまった。

ゆっくりと振り返るとさらに予想外の事態にまたしても息が詰まる。


 声をかけてきたのは自分と同じぐらいの青年だったのだ。サラサラとした質感を思わせる白髪のマッシュヘアは何者にも染められていない無垢さを思わせる。

 整った顔立ちはこれまでに見てきた男性の中でも最上位に来るほどのものであるのに、意識して見ていないとどうにも消えてしまいそうな儚さがある。

太ってもやせ細ってもいない平均的な体格が儚い印象により拍車をかける。

柔らかな雰囲気には老若男女を問わず心を開いてしまいそうな魅力があった。


「?こんにちは」


「えぅ...コホンっ、えぇこんにちは」


挨拶にさえどもってしまった私はそう返すのが精一杯だった。

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