第34話 三年生 12月

学校帰り、電車の乗り換えのために梅田駅構内を歩いていると、ゲンのライブで見たようなフリフリのファッションに身を包んだ女の子数名とすれ違った。

今日は梅田でゲンのライブでもあるのかな?、と思って振り返ると、ゲンたちが立っていた。

女の子たちは彼らを遠巻きに見ている。

その中に、紘美の姿もあった。

紘美はゲンと話していたが、やがて離れ、一人で歩き出した。

どうしたのか、と思って紘美を見ると、泣いているようだ。

「えっ、これって、どういうこと?」

由衣夏は慌てて紘美を追った。

「どうしたの?

 ゲンと喧嘩でもした?」

紘美は流れる涙を拭こうともせず、

「連れて行ってくれないんだ・・・

 連れて行ってくれないんだ・・・

 連れて行ってくれへんつもりなんや・・・」

そう言って泣きじゃくっている。

会話の内容から、ゲンが東京に進出する日が近いのだ、とわかった。

そして、紘美を連れて行こうとしていないことも。

紘美は立ち止まらず、泣きながらどんどん歩いて行ってしまう。

連れて行ってくれない・・・って。

そんなだから、連れて行ってくれないんだよ。

由衣夏はげんなりしながらそう思った。

東京に進出したらゲンは色々忙しいだろう。

いくらゲンでも不安になることだって、たくさんあるだろう。

それを支えようとする気骨が、紘美の言葉からは感じられなかった。

ペットじゃないんだからさあ・・・。

前々から紘美は甘ったれている、と思っていたが、これではゲンにとっては綺麗なだけの足手まといじゃないか。

いくら紘美が綺麗でも・・・。

芸能界には紘美レベルの綺麗な子なんて、たくさんいるだろう。

そんなことも、この子はわからないのか。

由衣夏は若干苛立ちながらも、紘美を追いかけて、追いついて、話を試みた。

「ちょっと、ちょっと待ちぃや。

 どうしたの。

 連れて行ってくれない、なんて、そんなん気にする必要ないやろ。

 一緒にいたかったら、勝手に行って、あっちで一人で住んだらいいねん。

 そんで、今までと同じようにライブに行ったらいいだけやろ。

 そしたら今まで通り、一番のファンのポジションでいれるんと違うの?」

横で話しながら歩き続けた。

紘美は聞こえているんだろうが、振り向きもせず、足早に行ってしまった。

由衣夏は立ち止まり、紘美の後ろ姿を小さくなっていくまで見つめていた。

紘美にとっては、男に尽くすことは不慣れなことだったんだろう。

もしかしたら、初めてだったのかもしれない。

こんなに頑張ったのに、連れて行ってくれないのだ、と思ってショックを受けているんだろう。

ゲンのバンドのギタリストが、紘美のことをただのグルーピーのひとりで、顔が綺麗だから一番近くに置いてもらっているだけだ、と言っていたのを思い出した。

どうやら、本当にそうみたいだ、と由衣夏は紘美の後ろ姿を見ながら思った。

ゲンと紘美の勝負は、紘美の負けに決まったようだ。

最後の方は、紘美はむしろ勝負など負けで構わない、くらいに思っていただろう。

負けでいいから、一緒に連れて行って欲しい、と。

由衣夏はため息をついて、ゲンのいた場所に戻った。

そこにはまだゲンがいたが、ファンの女の子たちが遠巻きにたくさんいるから、話しかけるのはやめておいた。

ファンでも無いのに抜け駆けしたとか言われて、面倒なことに巻き込まれたくない。

ゲンはサングラスをしていたから確かでは無いが、口元だけが由衣夏を見つけてふっと笑ったように見えた。

由衣夏は挨拶のつもりで頷いて、乗り換えの電車の方へ向かった。


電車の乗り継ぎをしながら、由衣夏は考え事をしていた。

ゲンが東京に進出する話、紗栄子は知っているんだろうか。

きっと知っているんだろうな。

だが、紗栄子は由衣夏と一緒にいる時、紘美のことも、ゲンのことも、紗栄子の方から話出したことはない。

由衣夏はゲンと紘美のことを知りたかったが、聞いてしまったら、ただの噂好きな子だと紗栄子に思われそうで聞きづらかった。

同じ進学先に進むのだから、紗栄子には嫌われたくない。

かと言って他に聞くあてもなく、噂が偶然耳に入るのをじりじりした思いで待つしかなかった。

今月下旬の試験が終われば、三学期はほとんど出席しなくてもいいから、噂を耳にする機会は無さそうだ。

どうしてこんなにも、紘美が気になってしまうんだろう。

あんなにも泣かせるなんて・・・。

でも、ゲンは悪く無いのはわかっているし、自分には関係のないことだ、紘美だって余計なお世話だと思っているだろう、と自分に言い聞かせた。


期末試験前に、入試結果が届いた。

結果は、合格。

紗栄子も無事に合格したというので、来春からも同じ学校に通える。

よかった。

最近いろんな事があって憂鬱だったが、喜ばしいこともあって嬉しい。

学校では、クラスメイトの目を気にして、ふたりでこっそり喜び合った。

由衣夏は紘美の様子を目の端でちらちらと伺ったが、ポーカーフェイスで読み取れなかった。

教室で泣いていたりしないから、あの後、少しは立ち直ったのだろうと安堵した。

いくら大学に合格しても、期末試験を乗り切らねば高校の卒業が出来ないのだ。

これで少しは試験に打ち込める、そう思って気を引き締めた。

先生たちも受験生を思いやってか、試験内容はやさしく作ってくれていた。

これなら試験日に出席さえしていれば、落第することはないだろう。

先生たちの思いやりが、ありがたかった。

試験問題を早々に解き終わり、由衣夏は高校生活の終わりを感じていた。

終わるんだ、終わってしまう・・・。

どうにも出来ないまま、卒業するんだなあ・・・。

卒業したら、きっともう会うこともないだろう。

由衣夏は、やっぱりどうしても紘美が気になってしまう。

どちらかと言えば憎まれてさえいるのに。

あんなひどい姿も見たというのに。

結局、わたしは、紘美のことも、どうあっても好きなんだなぁ。

高校生活の終わり間際になって、やっと自分の本心を認める事ができた。

認めると、どこか晴れ晴れとした気分になった。







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