第33話 三年生 11月

学校の帰り、梅田を歩いていると、不意に話しかけてこられた。

「よ〜、そこのお嬢さ〜ん、お茶でもしな〜い?」

軽くて妙な抑揚のつけた台詞回しは、まるでルパン三世のモノマネでもしているようだった。

振り向いて顔を見ると、サングラスをかけたゲンが笑っていた。

ゲンは、いつも車に乗っているところばかり見ていたので、歩くゲンって珍しいな、と由衣夏は思った。

「なに、今の? 

 ルパンかと思っちゃったよ」

そう言って笑った。

「オレ、本当に誘ってんだぜ?

 今、時間あるか?」

「うん、大丈夫だよ」

すぐそばにあった喫茶店の2階に座った。

2階には、ほとんど客がいなかったので、貸切状態だった。

「ゲンも梅田とか来るんだ」

「まあな」

「京都ばっかりだと思ってた。

 今、バンド、どんな感じ?」

など、世間話をしていると突然、

「ところで、前にお前が言ってた、可愛い目、ってぇのは、

 こんなか?」

ゲンがサングラスを外した。

そこには、前に由衣夏が言った通りの、可愛い目、があった。

第一印象は、整形ってこんなに変えれるんだ、という驚きだった。

その目でニコニコ笑ったり、真顔になったり、いろんな表情を見せてくれたが、ゲンというベースにその可愛い女の子っぽい目がついてるのはコメディのようで、由衣夏は吹き出した。

「ごめん、ちょっと、もう何、それ」

そう言っても、ゲンはおどけるのをやめないので、由衣夏は笑いが止まらない。

「ちょっと、そんな目にしちゃって、どうすんのよ。

 目だけ可愛くても、トータルで合ってないよ」

そういうと、サングラスをかけながら、

「こんなもん、大したことないんだぜぇ。

 いっくらでも好きなように変えれるんだ」

ゲンは由衣夏に整形をさせたがっていたが、まだ諦めていなかったようだ。

わざわざ由衣夏の言った通りに変えて、見せに来たのだ。

そこまでして、由衣夏に整形させたがるって、それ、何のため?

ゲンは整形をして人生が変わったんだろう。

モテるようになって、ホストの仕事もバンドもうまくいってるんだろう。

紘美とのポジションの優劣が変わったのも、整形したから、でもあるんだろう。

ゲンが、由衣夏のことを幸せにしてやりたい、そう思って整形をすすめているのはわかっている。

しかし、紘美を見ていると、顔が美しいのは幸せの要因のひとつだろうけれど、それだけじゃあダメみたいだなぁ、と思ってしまう。

この顔のままでも、好いてくれたギター王子や、礼次郎、ミミがいるのだ。

・・・もしかして、ゲンはわたしのことが顔以外好きなのかな?

そうしたら、由衣夏が整形しようと決めたら、ゲンの好みの顔にさせようとしてくるだろうな、と想像がついた。

ゲンが今日会いに来た本意に気づいて、由衣夏は黙った。

いくら好かれても、わたしは誰とも肉体関係を持つ気は、今のところはないんだけどなぁ。

「じゃあ、それ、また戻すの?」

「次はどうするかは、まだ決めてねぇけど。

 お前、あの目が気に入ってたのか?」

「ん〜、合ってたと思うよ」

少なくとも、今のその目よりは・・・。

こんな目にしてくれ、とリクエストしたら、また見せに来られて、整形するように促されるんだろうなあ。

そう思ったので、リクエストはしなかった。

強いて言えば、礼次郎になってほしい。

でも、身長も中身も礼次郎と違うんだ。

礼次郎に顔が似ているだけの別人なのだ。

「東京進出、ってのはどうなったの?」

話題を変えた。

「ああ、そっちも進めてるぜ」

「順調?」

「まぁな」

あまり詳しいことは教えてくれなかったが、順調なのだからいいんだろう。

ゲンは東京に出たら、ぜったい礼次郎とコンタクトを取ろうとするだろう。

ゲンとつながりを持っていれば、礼次郎の情報も入ってくるんだろうか。

もうお別れしたというのに、まだ礼次郎に気持ちがあるんだなぁ、と由衣夏は自分を情けなく思った。

それでも、あのアナウンサーの顔に整形して会いに行こうとは思わなかった。

身代わりに愛されたくない、そう思ったのだ。

アナウンサーのファッションを真似て礼次郎の気を必死に引こうと頑張っていた時、気をひくことができて嬉しかったが、同時にどこか悲しかった。

自分を通して、礼次郎はあのアナウンサーを見ている、そんな風に思っていた。

自分でも自分の顔が美しいとは思っていない。

これは、意地、みたいなものだ。

それに、この顔でいないと、街ですれ違った時に礼次郎に気づいてもらえないじゃないか。

だから由衣夏は顔を変えて別人になりたいと思っていないのだ。

そうしたら、礼次郎との思い出も消えてしまいそうに思っていた。

しかし、その時の経験を通じて、由衣夏は、今でも礼次郎を好きだが、誰の真似もせず、自分らしく、あるがままに生きていて、それでも由衣夏を好きだ、と言ってくれる人が現れたら、その人と一緒にいる方が自分にとって幸せなんじゃないだろうか、そう思いはじめていた。


今月は推薦入試の筆記試験があった。

由衣夏と紗栄子は応募方法は違ったが、同じ大学の同じ学部を入試するのだ。

若干受験科目と日程が違ったが、ふたりとも合格できたら嬉しいと思っていた。

同じ学校から進学するのは紗栄子だけだし、仲もいいし。

人見知りをする由衣夏にとっては、これ以上、心強いことはない。

それでも、学校にいる時は、受験の話はしなかった。

推薦入試が受験できなかった子もいるから、目の前で推薦入試の話をすると嫌な思をさせてしまうだろう。

そんなことをすれば、その子はわたしの不合格を願うだろう。

お互い嫌な思いをしたくなかった。

合格すれば、学校の中で一番早く進学先が決まったグループになる。

バイト先の先輩は、合格したも同然だ、と励ましてくれたが、絶対ではないのだから、と、由衣夏は気を引き締めて臨んだ。

結果が発表されるのは、来月。

合否によって、年末年始がどんな気持ちで過ごせるか決まる。

由衣夏は合格したら、アルバイト三昧の予定だ。

試験の帰り道、紘美のことがちらりと頭の隅をかすめたが、今の時点で進路を聞いても、まだいくらでも変更できるのだから、聞いたって仕方がないか、と思った。

















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