第31話 三年生 9月

三年生と言えど、いちおう学園祭も体育祭もある。

そもそもこの学園自体、学園祭や体育祭に力を入れていないので、大した負担はない。

由衣夏は女子大に進学する気でいるが、ここでの学園祭を見ていて、共学の方がこういうイベント時は楽しいかもしれない、とふと思った。

女子ばかりのせいか、どこかおとなしいのだ。

上品、と言ってしまえばそうかもしれない。

飾り付けや、アイデアも、男子がいたらもっと大きなものを作れるし、パワフルで盛り上がるだろうなあ、と思う。

が、イベントのためだけに、わざわざ恋愛の面倒があるようなところに行きたくないので、女子大に進学するのは変更しない。

中間試験の結果も、指定校推薦の校内選考に影響するだろうから、由衣夏は学園祭にかまけてる暇はなかった。

部活をしている子は、高校最後の思い出に、と、張り切っていたが、由衣夏は帰宅部だったので、クラスの出し物の手伝いだけで良かった。

由衣夏のクラスは、今年もフェアトレードの紅茶やチョコレートの販売だ。

一年生の時に、みんながその手軽さに目覚めてしまい、このクラスでは三年間毎年やっている。

商品は担任が仕入れてくれるし、お店番と、売り子が数名入ればいいのだ。

終了時間まで売れ残ったら、バスケットに入れて持ち歩き、担任や保護者をつかまえて、可愛らしくフェアトレードにご協力お願いします、とお願いすれば誰でも一つは買ってくれる。

その上、ボランティア活動に興味を持っている、とアピールできるのは、非常に大人たちから好感度を得れるのだ。


それにしても・・・由衣夏には、最近、カオリがやっぱりうっとおしい。

カオリは音楽グループにいるが、音楽にあまり興味がないようで、紗栄子たちとコンサートにはあまり行ってないようだ。

京都のゲンのライブにもいなかった。

だから、グループの中ではちょっとあぶれている存在、なのかもしれない。

そのせいもあってか、由衣夏にちょっかいを出してくる。

ちょっかいというか、ノートを見せてくれとか、何か貸してくれ、という小さな頼みことが多いのだが、カオリは一年生の時に由衣夏を気持ち悪い、と言った女だ。

由衣夏は、カオリに話しかけられるたびに、気持ち悪いわたしにいったい何の用だ、と憮然としながらも、クラスメイトと揉め事を起こしたくないので我慢していた。

そうやって我慢していたことが、カオリを調子に載せてしまったのかもしれない。

由衣夏が少し興味のあった外国人のミュージシャンが来日することになり、バイト先の友だちと見に行くチケットを予約した話を紗栄子にしていたら、近くで聞いていたカオリが自分も友だちと見に行きたいからチケットをとってくれ、と頼んできた。

そんなの自分で勝手に取れ、と思って怪訝な表情で見返すと、カオリは、

「おねがい、おねがい」

と言って、由衣夏にウインクをした。

そのウインクが、由衣夏の神経に触った。

今までずっと我慢していたことが、ぶち切れた。

「お前はいちいちしょうもないことばっかり、いったい何やねん!

 自分のことくらい、自分でやれよ!

 お前の召使いみたいに思っとんのか!

 わたしは使いっ走りでもなんでもないねん!

 人を馬鹿にするのも、ええ加減にして!」

そう言って怒鳴ると、カオリは、え?とキョトンとした顔をする。

そのカオリを見て、由衣夏はしらばっくれるな、とさらに怒る。

由衣夏には、カオリのキョトンとした顔が、お前が奴隷なのは当たり前じゃない、と言っているように写っているのだ。

または、誤魔化そうとしているように見えている。

誤魔化そうとするのは、誤魔化せると思っているからそうするのだ、つまり、由衣夏を侮っている証拠だ。

由衣夏が叫んでいると、紘美がどこからか来て、由衣夏の腕を掴み、

「馬鹿になんて、されてない!

 されてないよ!

 そんな風に言ったらあかん!」

と言って、由衣夏を叱った。

由衣夏はなぜ、紘美がカオリなんかの肩を持つのか、わからなかった。

「こいつはわたしを馬鹿にしてるよ!

 こいつは前に、わたしのことを気持ち悪いって言ったんやで!

 言った方は忘れてるかもしれへんけど、わたしは忘れへん!

 絶対に許さへんねんから!」

そう言い返すが、紘美は、これは違うねん、怒ったらあかん!と言って由衣夏を真顔で睨む。

由衣夏は、なぜそんなに紘美は自分ばかり叱るのだろう、どうしてわたしは怒ってはいけないのだ、と意味がわからない。

むしろ、紘美が怒っていることが悲しくて仕方がない。

「もう怒らへんよ。

 だから怒らんといてよ。

 な〜、野々宮〜、なんでそんなにあんたが怒るん。

 ごめんなさい、ごめんなさい」

と、泣きそうな顔で一生懸命、紘美に懇願し謝罪していた。

由衣夏が、紘美以外の女には興味はない、と一年生の時にみんなの前で言ったことを、紘美は覚えていた。

そして、それが今も続いているのをわかっていた。

あの時、カオリも聞いていただろうが、二年も前のことだ、と思っているのか、忘れてしまっているのか。

カオリは多少、由衣夏に気があるのかもしれない。

ミミがしていたように、可愛く甘えれば仲良くなれる、と思っているのかもしれない。

しかし、由衣夏は紘美レベルの女にしか興味はない、と公言したつもりでいた。

その上でちょっかいを出してくることは、由衣夏には身の程知らずが挑んできて目障り、なだけに思えるのだ。

由衣夏はゲンに整形を勧められるレベルだと自分を認識していたから、カオリの態度を紘美のように鷹揚に受け取ることができなかった。

由衣夏が紘美の顔を見て、

「まだ怒ってる?」

と尋ねる。

紘美は黙って首を左右に振る。

由衣夏は表情をほころばせ、

「よかった、そんならええねん」

そういって、授業のチャイムが鳴るまで、隣にいた。

クラスは、しん、と静まり返っていたが、由衣夏にはそんなことはどうでも良かった。


9月の終わりごろ、担任が廊下でそっと寄ってきて、

「これはまだ発表されていませんが、指定校推薦は、あなたに決まりましたよ。おめでとう。しかし、まだ試験がありますので、頑張ってください」

と、言ってくれた。

1日でも早く知ることができて、一安心した。

担任にとっては、生徒を無為にハラハラさせず、早く安心させて勉強に打ち込ませたい、と思ったのだろう。

ありがたかった。

由衣夏は受験生ではあったが、バイト先の先輩たちに会いたいのもあって、週に一度はアルバイトをしていた。

先輩たちに指定校推薦枠に入れた話をしたら、それはもうほぼ決まったも同然や、と言って喜んでくれた。

クラスメイトにこんな話をすると、喜んでくれる子もいるが、妬まれたり、いろいろ面倒そうだ。

親に言ったところで、指定校推薦がどういうものかもよくわかっていないのだから、バイト先の大学生と話すのが一番気楽だった。

カオリとのいざこざの後、結局仕方なしにチケットをとってやる約束をしたので、コンビニの端末を操作してとってやった。

由衣夏が先に予約を終えていたので、カオリと並び席になることはないだろう。

しばらくして、由衣夏のも、カオリの分も、チケットが確保できたとメールが届いたので、引き換えるためにチケット代を払うようカオリに言うと、

「えっ、そんなの、今日持ってない」

と言うので、由衣夏はイラっとした。

あとで払うから、立て替えておいてくれ、と言う。

人に頼んでおいて、誠意が見えない。

こんなやつ、本当に後で払うかどうか、信頼できない。

悪いが、先に払わないとチケットは引き換えできない、と断った。

カオリは、ええっ、と言って責めるような目で見てくる。

クラスが一緒なだけで、どうしてそこまで面倒を見てもらえると思っているんだろう。

近くでやりとりを聞いていた音楽グループの子が、

「あんたとあんたの友だちが自分でやらなあかんことを、やってもらってんねんやろ」

と、言って、グループの子達で手持ちのお金を出し合って、由衣夏に渡してくれた。

由衣夏はお金を黙って受け取り、引き換えたチケットの悪い席の方をカオリに渡した。

あいつはただのアホだと決定。

だからあのグループの中でもあぶれてたんだ。

由衣夏はそう思って、卒業までも、卒業してからも、カオリを無視することに決めた。












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