第30話 三年生 8月

夏期講習の帰り、ユウとカフェに行くと、やはり好きな人ができたと教えてくれた。

「やっぱりな〜、そうかなって思っててん。

 でなきゃ実家帰るやろ」

ユウは首をすくめて照れ笑いをした。

「同じバイト先の人なんじゃ。

 うちより前から働いとる先輩で、大学生じゃ。

 いろいろ教わってるうちに、ええ人じゃなあって思ってな」

由衣夏にはユウが一番いい出会い方をしたように思えた。

合コンで知り合った彼氏から、痩せろと言葉のDVを受けているジュリのことを思うと、ユウは幸せそうに見える。

「そうよ、人柄を知って好きになるのが一番やと思うで」

「見た目は普通なんやけど、うちはカッコええ、思っとる」

でもまだ正式に付き合っているわけではないそうだ。

同じ大学に行くのか聞いたら、それは特に考えていないという。

相手の方が2年先輩で、同じ大学に入学したところで、相手が先に卒業してしまうし、バイト先で会えるのだから、学校まで同じにする必要を感じていないそうだ。

恋をしているわりに、ユウは冷静だな、と思った。

そういう由衣夏も、学校をやめて礼次郎について東京に行ったりしなかったが。

由衣夏はバイト先に大学生の先輩は何人もいて、みんな優しくしてくれるが、全員彼女持ちだから、恋愛に発展したことがなかった。

そういえば、うちのバイト先は、バイト同士が付き合ってるのって由衣夏が知る限り、一度もなかったなあ。そのおかげで、人間関係がゴタゴタせずに働きやすいのかもしれない。

付き合っている間はいいだろうが、別れたら、どちらかがアルバイトを辞めたりするだろうし。

「ちゃんと勉強もしとるよ!」

「ええやん、先輩やったら、ここがわからん〜て質問とかできるやん」

「ああ、それもええね」

ユウはアルバイト先でみんなデニムなどのカジュアルなファッションだから、おしゃれに金をかけなくて楽でいい、という。

そう言いながら、ユウはいつの間にかマスカラを使うようになっているし、おしゃれをするようになったことに気づいた。

由衣夏は礼次郎に会う時には、そういえば女子アナのファッションを真似て、髪も綺麗にブローして、頑張ってたなあ、と思い出した。

礼次郎に気に入ってもらえるくらい、似合わせることに成功していたから、本当によく頑張っていたと思う。

恋する乙女は、びっくりするくらい頑張れるんだ。

そうしてふたりで話していると、

「え〜、なに? なにしてんの?」

と、話しかけてくる人がいたので、見ると紗栄子だった。

「そっちこそ、どうしたん? ひとり?」

「うん、本屋とか、買い物ぶらぶらしてて、ちょっとお茶でもって思ったら、ふたりがおったからさあ」

「ああ、うちら夏期講習の帰りなんよ」

ええっ、と驚かれた。

どうやら紗栄子は夏期講習に行っていないようだ。

ええな〜、成績いい人は余裕やな〜とか言ってると、音楽グループは誰も夏期講習に行ってないから、行かないのが普通だと思っていた、と言う。

由衣夏は、たぶんあの子たちは内部進学の金持ちだから、家庭教師を雇って家で勉強してるだろうと思ったが、黙っておいた。

紘美はああ見えて男と遊んでいても成績優秀だし、夏もゲンと遊んでいるんだろう。

紗栄子は焦ったらしく、今からでも申し込めるかなあとか言っていた。

ユウがクラスの人数に空きがあれば途中からでも来れるだろうが、塾に聞いてみないとわからない、途中から来ても、役にたつかなあ、とか言っている。

でも、どうしてそんなに勉強するの?と聞いてきた。

由衣夏は、このふたりならいいだろうと思い、大学に進学して心理学を勉強したいから、と教えた。

紗栄子は、由衣夏がすでに学部まで決めていることに驚いていた。

と言うか、もう夏なのに紗栄子は何も決めていないの?と、由衣夏の方も驚いたが。

紗栄子は、うわ〜、そうなんや、どうしよう、いちおう大学は行きたいなって思ってたけど、オープンキャンパス? どれも行ってないわ、とかいっていた。

紗栄子は紘美と一緒にいることが多いから、ふたりでいろいろ行ってるかと思ってた、と言ったが、紘美とはあまり進学の話はしないそうだ。

紗栄子がユウに、ミミは? と聞いた。

学校でいつも一緒にいるふたりが、今日は一緒にいないことが不思議に思っているようだ。

「ミミは実家に帰ってるよ〜」

ユウは当然だというように言った。

同郷のミミは帰り、ユウは残っていることに、紗栄子はとくに深読みしたりしないようだ。

そっかあ、夏休みやもんなあ、と言っていた。

「ミミの彼氏も一緒に帰ってんの?」

と、由衣夏が聞いてみると、

「それじゃよ!」

と、ユウが大きめの声を出す。

「ミミのお父さんが、ふたりの付き合いをめちゃくちゃ怒っとるんよ」

「でも帰るのは車で一緒に帰ったんやろ?」

「そうなんじゃけど、ばれんように親には内緒にしとるよ」

「てことは、ミミは進学はあっちか」

由衣夏が予測していく。

紗栄子は黙って聞いている。

「わたしもそうじゃと思うとるよ。

 あんだけ怒っとったら、もう一人暮らしなんてさせてもらえんよね」

父親は相当怒ってるようだ。

ミミの彼氏に会ったことはないが、パン屋でバイトをして、ミミに押されて付き合うような男子だから、草食系のひょろっとしたヤツなのかなぁと勝手に想像していたら、ユウが写真を見せてくれた。

由衣夏の予想どおりの草食ぶりだ。

うわ、ナヨいなあ、意外なタイプと付き合ってんねんな、と言って紗栄子が笑った。

ミミの父親は、田舎でひとりで創業して会社を大きくしていったような人だから、草食男子はヒモみたいに思えるのかもしれない。

そう言えば、実家に連れていったらお父さんが怒って、出て行けと叫んだとか聞いたような気がする。

しかし、ミミは由衣夏をも誘惑してくるような女なのだから、こういう中性的なタイプが好みなのかもしれない。

「ミミは彼氏よりお父さんをとるじゃろ。

 金持っとるけえ」

ユウは笑って言う。

パン屋のバイトじゃ、ミミが欲しいものなど買ってもらえないだろう。

まあ、ミミも一年ほど草食男子と付き合って、そろそろ飽きてきているかもしれないだろうし。

「ていうか、ミミのほうから押せ押せで付き合ったんやろ?

 この男子、勝手に悪者にされて可哀想やな」

由衣夏の言葉に、紗栄子がええっと驚いた声を出す。

紗栄子は、由衣夏やユウほどミミの本性を知らないのだ。

ミミは小柄だし、学校ではぶりっ子して甘えた話し方をしているから。

卒業までの一人暮らしの淋しさを紛らわせるためだけ、と割り切って草食男子と付き合いだしたのかもしれないなあ。

「まあ、知らん人やし、関係ないけど」

「そうじゃね」

そんな話をしている傍で、紗栄子が熱心にスマホを見ている。

今から行けるようなオープンキャンパスや塾を検索しているんだろう。

「学部くらいは決めてんの?

 いくらオープンキャンパスとか行っても、勉強したい学部がなかったら行ったってしょうがないと思うで」

「ああ・・・学部かぁ」

そこらへんもまだ決めていないようだ。

「指定校推薦とか、受付もう始まってるし、公募やったら間に合うやろけど」

由衣夏がそういうと、紗栄子はため息をついた。

「はあ、そう言うってことは、由衣夏ちゃんはもう学部も決めてるんやね」

「うん、指定校推薦も先生に希望出したし」

「うわあ知らんかったあ」

由衣夏は、紗栄子のほうこそこの時期に学部すら決めてないなんて、いったい何やってたんだ、と思った。

ああ、たしか、紗栄子も彼氏がいたはず。

「進学せずに結婚するとか?」

そう聞くと、両手を振って否定する。

「いやあ、そんな話はぜんぜん出てへんよ」

「結婚するにしても、イマドキは離婚率も高いんやから、どっちにしても進学して学歴は持っといたほうがいいと思うで」

「うん、わたしもそう思う」

ユウが同意した。

とりあえず、由衣夏が自分の志望校と学部を教えると、ユウも自分の志望校を言った。

ふたりとも決めていることに、紗栄子は焦りだしたようだ。

ええ〜っと言って、テーブルに突っ伏した。

由衣夏もユウも志望校を決めているのだから、オープンキャンパスには一緒に行かないし、遅れをとっているし、ひとりだし、と焦っている。

由衣夏は、今日、わたしたちに会わなかったら、紗栄子はどうなっていたんだろう、と思った。

卒業までにはどうにか進路を決めただろうが、セレブな音楽グループと一緒にいると、自分とは立場が違うことを忘れてしまうのだろう。

あいつらは、やろうと思えばこのままエスカレーター式に上の大学に入れるし、コネや金を使って裏口入学だってできそうな連中だ。

同じクラスで仲良くしているからって、自分も金持ちになったりしない。

恋人のいない由衣夏は、みんながデートしている時間、勉強や将来について考えていたから、彼氏がいないことが良いこともあるんだ、と淋しい身の上をなだめた。











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