第7話 一年生 9月
由衣夏にとっては待ちに待った新学期だ。
また毎日、紘美の顔が見れる。
アルバイトで貯金もできたし、学校帰りに洋服でも買って、ダサい子脱出計画を本格的に実行しようと思っていた。
東京はほかの土地から来た田舎者の集まり、と聞いたことがある。
本当に生まれた時から東京に住んでいる人は少ない、みんなずっと都会に住んでいるというフリをしているのだ、と。
だからいいんだ、生まれが田舎者だからって、オシャレをしてはいけないなんてことはない。
今からでもオシャレになればいいんだ。
しかし、なんとなくミミに邪魔されそうな気がしていたので、誰にも言わずに一人で頑張ることにした。
仲良しグループの中で、自分だけが夏休みにミミの実家に招かれたことの理由がわからなかった。
由衣夏は、ひょっとしてミミはまだ自分に気があるんじゃないか、と思っていた。
オシャレの話題などを持ち出したら、好きな人でもできたのか、彼氏でもいるのかと騒がれて、由衣夏のコソコソと嗅ぎ回りそうで、それはイヤだった。
オシャレを雑誌で研究するにしても、雑誌を買うお金があるなら靴下を買いたかった。
雑誌で見たところで、店舗に並んでいないかもしれないし、試着しても似合わないかもしれないのだ。
雑誌は立ち読みするだけにして、ウィンドウショッピングに力を入れることにした。
試着は必ずする。
合わせたいアイテムを身に付けて探しに行く。
店員さんは褒めるのが挨拶みたいなものだから、基本的に無視する。
合わせやすいアイテムなどのアイデアのみ、耳を貸す。
そうしているうちに、由衣夏はフェミニンな体つきなのだと、自分の特徴を見つけることができた。
お尻が大きいのが悩みだったが、お尻が大きいおかげでウエストとの差が大きくて、腰がすごくくびれているように見えるのだ。
胸も大きくはないが、小さくもない。
体のラインにぴったりとしたニットワンピースを着ると、美しいS字カーブだった。
しかし、これを強調するとセクシー系になってしまい、肉体的なことが苦手な由衣夏には困ったことが起こりそうだった。
だからスポーティな雰囲気の革ジャンと、厚底のスニーカーを合わせたりした。
まあまあ、これならばどこに着ていっても大丈夫だろう。
そんな風に、全身がチェックできる姿見と対話を繰り返していた。
次の授業は自由席だったので、適当なところに座っていると、隣に紘美が座ってきた。
由衣夏は密かに嬉しかったが、筆記用具を準備するフリをして黙っていた。
「なんでやろう」
と呟くのが聞こえたので紘美の方を見ると、由衣夏をしげしげと見ていた。
「なんで、いいって思ったんやろう・・・」
そう呟いて、正面に向き直った。
由衣夏は意味がわからなかったが、心配になった。
紘美は、こんなダサいやつに、なぜ抱かれてもいい、と思ったのだろう、と後悔しているのか?
オシャレを頑張っているつもりだったが、まだまだか。
由衣夏は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ごめんなさい、野々宮さん、頑張ります!
その日は、授業が全く耳に入らなかった。
昼休みの話題は、食欲の秋とダイエットをどう両立させるか、が毎日続いていた。
高校生はなぜか無性にお腹が空く。
朝ごはんを食べてきたのに、お弁当を2時間目の休み時間に食べてしまって、ランチはパンを買うか食堂へ行く。
学校の帰りはマクドナルドやミスタードーナツに寄りたくなるし、半日授業の日はクラスの誰かは帰りにケーキバイキングに行く、と言っていた。
どこかのケーキバイキングでは、サンドイッチも出されるそうで、スイーツの合間に塩気のあるものを挟めるので、舌がリセットされ、その後さらにケーキが何個も食べれる、という情報が入ると、すぐさま皆で行ったりした。
そんなことをしていると、ミミが、
「最近ほかの子と遊んでばかりで、ぜんぜんあたしにかまってくれん」
と、文句を言ってきた。
一緒に来たらよかったやん、と言うと、ダイエットしてるから食べる誘いには行かない、と言う。
どうやらまた誰かをライバル視して、その子より細くなってやろう、と目論んでいるのだろう。
いちいちミミの気に入ることにばかり、付き合っていられない。
紘美がケーキバイキングで最高12個食べた、と暴露した。
その時は由衣夏はいなかったが、紘美が12個も食べる様を見たら、恋心も冷めてしまうかもしれない、と思ったので、自分も食べまくる姿を人に見せないように気をつけねば、と思った。
「食欲の秋もいいけどさあ、早く紅葉してほしいなあ。
まだまだアイス食べれるくらい暑いし。
9月なんか秋ちゃうわ。
9月なだけやん。
海も入れない中途半端な季節よな。
早く紅葉した京都に行きたいなあ。
寺・・・寺に行きたい」
と、ぼやいていると、藤野紗栄子が、
「由衣夏ちゃん、お寺好きなん?
うち、寺やで」
と、言ってきた。
「ええっ?
家、お寺なん?」
「そうそう、お父さん、お坊さんやねん」
「そんじゃあ、紗栄子は将来は尼さんになるの?」
「親からそうなれって言われてないけど。
別にわたしがならんでも、本山から派遣してもらったらいいって思ってるんちゃう?」
「お坊さんに派遣ってあんの・・・」
由衣夏は神社やお寺が好きだ。
小学生の頃に行った、秋の京都の三千院の苔の庭や、伏見稲荷神社の千本鳥居。
まぶたに浮かべるだけで、美しい・・・と思っていた。
「ええな〜。
家がお寺なんて、楽しそう」
「ぜんぜん楽しくないよ。
小さい寺やし、京都みたいな観光客とか来るような寺ちゃうし」
「紗栄子もお経とか唱えれるん?」
「般若心経くらいなら唱えれるよ」
ミミが興味なさそうな冷めた目でこちらをじっと見ているのがわかったので、そのへんでお寺の話はやめることにした。
自分をのけ者にして、他の子たちで話題が弾むのが苛立つんだろう。
隣のグループがジャニーズの推し活の話をしているのが耳に入ってきた。
うちのグループは、アイドルとか興味ないみたいだ。
わたしも好きな芸能人とかいなかった。
誰かにキャーって思うのって、どういう気分なのだろう。
紘美の近くに行くとドキドキするが、似たような気持ちなのだろうか。
推し活、初めてその言葉を聞いた時は、そういう揚げ物のメニューがあるのかと思った。
イタリアンのミラノ風カツレツのような、平べったい揚げ物かな?と思ったので、それって美味しいの?と本気で聞いたら、ボケをかましていると思われたみたいで、そういうのいいから、と言われてしまった。
それ以降、専門用語について行けそうにないので、オタクっぽい人たちとは距離を置いている。
紗栄子は音楽が好きなようで、バンギャみたいなグループの子とも仲良くしていて、カラオケとか一緒に行っているようだ。
「ダイエット、どうよ?」
と、ミミに話題をふった。
「もう5キロも痩せたんよ。
ぜったい負けんけぇね」
と、誰に言ってるんだかわからないが、まだ痩せるつもりでいるようだ。
ミミは小柄だがバストが豊かだから、大きな胸が好きな人にはモテるだろう。
紘美は完璧に美しい顔。
紗栄子は軽快な話術。
ジュリはどこでも参加するフットワークの軽さ。
わたしは、ウエスト、かな。
それぞれの長所を見つけたりするのも楽しい。
由衣夏は自分の魅力はフェミニンなS字カーブの体型だ、と思ったので、髪も伸ばすことにした。
ずっと肩下程度の長さにしていたが、もっと伸ばした方がフェミニン度が上がるんじゃないかと思う。
別に誰かにモテたいとか言うわけではなく、自分の長所を伸ばしたい、と思っているだけだ。
そうなった時、自分も、自分の周囲も変わるんじゃないかと思った。
どんな風に変わるのか、見てみたかった。
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