2. なぜゲーム分析で人間関係が改善するのでしょうか?

 それでは、まず、ゲーム分析とその基盤になる交流分析について、簡単にご紹介したいと思います。


 交流分析とは、1957年にアメリカの精神科医であるエリック・バーン(Eric Berne)が創案し教え始めた、病気や行動についての理論体系であり、それを応用した心理療法のことです。具体的には、私たちの思考・感情・行動などを記号や図式、わかりやすい用語などを用いて定義し、相互関係を表すことで、自分や関係する他者との関係を客観的に把握することができる分析手法といっていいでしょう。


 その分析を通して、私たちの性格形成の過程を探ったり、自分と他人との間で行われる特定のパターンに気づき、それをどう改善していくかについて知ることができます。


 交流分析は「構造分析」、「交流パターンの分析」、「ゲーム分析」、「脚本分析」の4つの分野に分けられます。このシリーズでは、このうち、「ゲーム分析」に焦点を当てて、人間関係におけるストレスを分析していきたいと思います。


 ゲームというのは「私たちの日常の対人関係の歪みや困難の中に、繰り返し現れてくるもの」と定義され、私はこれを「人間関係において、相手にストレスを与える目的で繰り返される否定的な行動」と解釈しました。また「人間同士の交流のなかで、ネガティブな裏面の交流が定型化した状態」という説明をしている本もあります。例えば、次の課長と部下の会話は、ゲームとして行われているものです。


部下「課長、今日こそ部長に文句を言いに行きましょうよ」

課長「でも、まだ何を話すか、まとまっていないし・・・」

部下「いままで課長とあれだけ相談したじゃないですか。いままで話したことをそのまま部長にぶつけたらいいんですよ」

課長「俺もいままで部長には意見を言おうとしたんだよ。だけど、相手にしてもらえないんだよ・・・」

部下「毎回、無視することなんて、できないですよ。こちらが真剣に言えば、ちゃんと聞いてくれますよ」

課長「しかし、部長も忙しいから、時間があまりとれないしなあ・・・」

部下「今日は空いてることは、さっき調べたじゃないですか。とにかく、やるだけやってみましょうよ」

課長「おい、おい、ちょっと待ってくれよ。俺にも立場があるんだからさあ。あんまり無理をさせるなよ」

部下「いまさら何を言ってるんですか。そもそも、課長が最初に『部長が悪い。部長はけしからん』と言ったんじゃないですか」

課長「でもなあ。俺の立場も理解してくれよ」

部下「そんなことなら、もういいですよ、課長には頼みません」

課長「そんな言い方はないだろう。君には分からないだろうけど、会社というものは、いろいろな立場というものがあって成り立っているんだよ。俺の立場も理解してくれないと困るんだよ」


 この課長は、過去に何かあった際に、自ら「部長が悪い。部長はけしからん」と部長に責任を転嫁したものと思われます。しかし、いざその話を部長にする段になると臆病風に吹かれてしまい、「話す内容が決まっていない」とか「部長は忙しい」と逃げ腰になり、そして最後には「会社というのは、いろいろな立場があって成り立っているんだ」と部下に説教まで始めて、部長との話し合いを避けようとしています。


 これは課長が「会社というのは、いろいろな立場があって成り立っているんだから、俺の立場も理解してくれよ」と、自分の立場は大変なんだということを主張して、相手に同情させることで、責任を逃れようとしているのです。つまり、課長の裏の目的は、「自分の立場は大変なんだ」と主張して自分の立場に対する部下の同情を引き出すことによって、部長を説得するという責任を逃れることにあるのです。


 このゲームは「義足」と呼ばれているもので「自分は・・・だから今回は勘弁してもらいたい」、「自分の立場は・・・だから大目に見てほしい」と自分をディスカウント(値引き)することで、自分を守ろうという目的で演じられます。


 尚、「義足」という名称は今日ではあまり好ましくないものと思われますが、バーンや日本におけるゲーム分析のテキストで用いられている名称ですので、混乱を避けるため、ここでも「義足」という名称を使わせていただきます。


 さて、この例のように、人間関係において、「ゲーム」はいろいろな局面で演じられます。


 バーンは、1964年に出版された有名な著書「Games People Play」(邦訳、南博、「人生ゲーム入門」、河出書房、1967年)のなかで、ゲームを分類し、表にまとめています。この表を私の近況ノートに載せましたので、よかったら覗いてみてください。URLは以下です。ただ、URLをクリックしても近況ノートに飛ばない場合があるようですので、その場合は恐れ入りますが、直接、私の近況ノートを開いていただければ幸いです。近況ノートには、このページのURLが張り付けてありますので、そちらのURLからこのページに戻れるようにしています。


https://kakuyomu.jp/users/azuki-takuan/news/16817330650326759087


 さて、バーンは、この表にあるように、ゲームを最も起こりやすい状況に応じて、7つのグループに分類しています。以下、バーンの分類の意図にそって、それぞれのグループの特色をまとめてみましょう。


1.生活のゲーム

 これは私たちの日常の生活の中で演じられるゲームです。ある人々は一生涯この種のゲームを演じ続ける傾向があります。生活のゲームの特色としては、もともと本人とあまりかかわりのない人々を巻き込むことが挙げられます。


2.結婚のゲーム

 このグループの特色は、ゲームの演じられる舞台が夫婦や家族の生活であるという点です。いうまでもなく、結婚は法的な力と社会的な習慣によって、男女に多くの時間を共有する機会を与えますので、「親密さ」をめぐってゲームが展開されます。


3.パーティー・ゲーム

 これは、社交的な付き合いの場で、「雑談」が昂じるときに演じられるゲームです。雑談が進行すると、人は自分の対人態度や生き方を多少なりとも表明せざるを得なくなります。そこで、相手から支持されたり、反対されたりすると、自分のあり方について新たな確認を迫られるので、ゲームへと発展するのです。


4.セックスのゲーム

 これは、未婚者を含む女性が大部分主役を演じるゲームです(男性の場合は、次の「犯罪者のゲーム」になります)。成熟した性的発達の段階にまで至っていない人々が、ゆがんだ形で相手の性衝動を刺激したり、利用したり、あるいは相手から逃げたりする形で演じられ、自他を痛めつけるのが特色です。


5.犯罪者のゲーム

 これは、さまざまな違反行為(非行、強盗、賭博、横領、詐欺など)を繰り返して、逃走のスリルを味わったり、自らを処罰される状況に陥れたりするゲームです。何度も犯罪を重ねて、刑務所を出たり入ったりする「脅迫的な犯罪者」というゲームなども、このグループに入ります。


6.診察室のゲーム

 これは、心理療法の場で行われる一連のゲームで、医者やカウンセラーが治療に凝りすぎたり、患者が心理療法によって自分のニーズを満たしたりするものです。精神分析的に表現すると、転移などが解消されないために、非生産的な形での治療関係が続く場合といえます。ここで、転移とは、患者が過去の重要な人物(例えば、両親など)に向けるべき感情を、治療者に向けることをいいます。


7.いいゲーム

 これは、まだ十分に研究されていませんが、世の中のゲームのからくりに気づいている人が、それらの複雑な動機を超えて、相手の利益を図り、自分も自尊感情を高めるような行動をとるものといえるでしょう。優雅で洗練された男女の関係、多くの人に役立つ気取らない物識り、などに見られます。


 さて、バーン以後、ゲーム分析にはさまざまな研究がなされ、現在に至っています。また、バーンによるゲームの分類表は、「Games People Play」が出版された1964年当時のものであり、今では古典的とか古くさいといわれることもあります。しかし、人間関係の基本的な要素が含まれており、ゲーム分析を理解する上で非常に重要なものであることは間違いありません。ただ、ゲーム分析を行うに当たっては、注意すべき点がいくつかあります。


 まず、アメリカではゲームの名前は、バーンが記した英語名で統一されているのですが、日本では統一されておらず、研究者や臨床心理家によって、さまざまなゲーム名が用いられています。


 次に、バーンの表は、「それぞれのゲームが行われやすいとバーンが考えた7つのグループ」に分けて分類されています。これは、あくまで、そのゲームが行われやすい局面を表しているだけだと理解してください。


 例えば、先ほど例に挙げました「義足」というゲームは、バーンの表では「診察室のゲーム」に区分されています。これは、このゲームが医師と患者のあいだで行われやすいとバーンが考えた結果であり、診察室の中でのみ行われるわけではなく、先ほどの例のように職場や日常生活の中でも非常によく見られるゲームなのです。このため、バーンの分類のなかにある区分はあくまで参考としてください。前述のA氏が私に仕掛けた「イエス・バット」のゲームは、バーンの表では「パーティーゲーム」に分類されていますが、こちらも同様です。


 また、「Games People Play」が出版された1964年から時代は大きく変わっており、現在ではバーンの表に記されたゲーム以外にも、さまざまなゲームが考えられます。このため、このシリーズではバーンの表にこだわらず、私自身が自分の経験から新たに発見したゲームも用いて、人間関係を説明することにしました。従って、このシリーズでは、バーンの表にないゲームが出てきますが、これはそのような理由によるものです。


 以上、ゲーム分析とその基盤になる交流分析について、簡単にご紹介してきました。


 さて、ここで、「なぜゲーム分析でストレスが改善するのでしょうか?」という問いに対する答えを次にまとめておきましょう。


 「ゲーム」とは「私たちの日常の対人関係の歪みや困難の中に、繰り返し現れてくるもの」、つまり「人間関係において、相手にストレスを与える目的で繰り返される否定的な行動」をいいます。このため、「ゲーム分析」は、人間関係の「裏に隠れた意図」や「あなたにストレスを与えようとする罠」といったものを暴き出してくれるものなのです。


 このため、あなたのストレスに、どのようなゲームが使われているのかを知ることは、この「裏に隠れた意図」や「あなたにストレスを与えようとする罠」を知ることに他なりません。「ゲーム分析」を用いて「ゲーム」を解析し、これらを知ることによって、あなたは自分を苦しめているストレスの本質を知ることができます。そして、それによって適切な対応策を講じることができるのです。


 では、次から、私が実際に遭遇したストレス体験をゲーム分析で解析してみましょう。

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