9-2.【事例6】「さあ、つかまえたぞ」のゲーム

 さて、このゲームは一体どのように考えればいいのでしょうか?


 その先輩の電話の最終目的が「工場の永嶋はA法がいいと言っている。あいつは、馬鹿だ」と本社で言いふらして、私の価値を下げることにあったのは間違いないでしょう。そして、その「証拠」を得るために私に電話をして、30分以上一方的にしゃべりつづけることで「私がA法に賛成であるという事実」を無理やり作り上げたものであることも間違いないでしょう。


 しかし、分からないのは、その先輩は入社時代からよく知っている人で、私と特にトラブルもなかったという点です。そのため、先輩がなぜ突然私を攻撃したのかが私にはさっぱり分かりませんでした。また、後日談についても、前記しましたように、私にはまったく理由が分かりませんでした。


 これは一体、どんなゲームなのでしょうか?


 実は、その先輩は、私に「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛けてきていたのです。このゲームは、会社や組織の中では、特定の人間に焦点を当てて、相手のミスや弱いところにつけこんで、上げ足を取ったり、ガミガミと集中攻撃をするといった形で、非常によく行われるのです。


 このゲームの目的は、部下や後輩といった自分より立場が弱い人に対して、集中攻撃をすることで、自分の自信の無さを隠すという、自分の弱点を見せないことにあります。要は自分自身に対する自信の無さを見せないために行われるのです。


 XX先輩が私をターゲットにしたのは、想像ですが「私が常に先輩といった年長者を立てるように振る舞うので、攻撃しても自分に対し遠慮して反撃をしてこない」と思ったからではないでしょうか。


 「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人間は、常に自分の獲物になる人物を物色しています。例えば、上司と部下の場合ですと、上司がいくら攻撃しても反撃しない部下を選んで、その部下一人だけを徹底的に攻撃するのです。以前ご紹介した「イエス、バット」のゲームは「相手の言うことに何でも反対する」というやり方で相手を攻撃するものですが、このゲームは「相手にしゃべらせず、一方的に相手を叱りつける」といった攻撃方法をとることが多いのです。


 また、課長といった部署長が、課のメンバーもその攻撃に参加させて、自分のみならず、課全体で特定の部下を攻撃するといったケースもあります。つまり、課の全員がその人物を攻撃しているという状況を作り上げることで、その課長は自分だけがその人物を攻撃しているという「負い目」を追わなくてもよいように仕向けるわけです。そして、その部下が転勤などでいなくなると、今度は新たな獲物を探し出し、その人物に対して、同じように執拗な攻撃やいじめを加えるのです。


 私の事例で言うと、XX先輩から見て、いくら攻撃しても決して反撃してこない私は、彼にとって格好の獲物だったわけです。そして、XX先輩の自分に対する自信の無さも、このゲームが行われる原因なのです。つまり、相手を攻撃することで、自分の持っている「自信がない」という気持ちを隠してしまえるのです。XX先輩が、自分の何に対して自信が持てないのか知る由もありませんが、私を執拗に攻撃する、しかも私と会う時は普通に振る舞っているが、陰では10年にも渡って悪口を言い続けるという極めて陰湿な攻撃を繰り返していたということは、それだけ先輩が自分に自信が持てないという感情を持っていて、私を攻撃することでその感情をカバーしていたことに他ならないのです。


 「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛けるタイプの人は、いつも獲物を物色していて・・・いざ、獲物を見つけると、このXX先輩のように無理やり攻撃する理由をでっち上げて、攻撃を開始するのです。攻撃をすること自体が目的ですので、攻撃する理由などは何でもいいのです。ですから、例えばこの事例ですと、「XX先輩が私に電話して、『私がA法がいいと言ってるという嘘八百の事実』を無理やり作り上げる理由は何だろうか?」ということを深く考えても意味がないことになります。XX先輩にとって、相手を攻撃する糸口がありさえすればいいのであって、その糸口が正しかろうが、あるいは、この事例のように嘘八百で間違っていようが、それはどうでもよいからなのです。


 では、この「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛けられたら、どのように対処すればいいのでしょうか?


 このゲームは相手が反論しない、あるいは反論できないという前提で成り立っています。このため、私の事例では、普段からXX先輩に対して、「あなたのそこがおかしい」、「私が言っていることを、あなたは少しも聞こうとしないではないか」といった反論を行うことが大切です。


 この反論は「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人には非常に効果があります。反論して言い負かすといったことが、二、三回続くと、相手が急にトーンダウンして、ゲームを仕掛けてこなくなるのです。


 ただ、私の場合は陰で悪口を言われていたために、ゲームを仕掛けられていること自体が分かりませんでした。また、電話事件に関しても、相手は先輩なので、会社という閉鎖社会の中では、いつも反論するというのは難しいものです。


 そんな場合は、相手がこのゲームを仕掛ける人かどうかを事前に判断して、予防策を講じるしかありません。


 。この人は「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人間だと分かれば、陰で悪口をいわれることも予想して、ある程度は対処が可能でしょう。


 この傍点をつけた箇所は大変重要です。


 それでは、一例として、XX先輩がゲームを仕掛ける人かどうかを容易に判断することができるか・・について、いくつか実際にあった例を挙げてみましょう。


 電話事件以降にこんなことがありました。


 XX先輩が家を建てたのですが、先輩はそれを自慢したくて仕方がないのです。当時、私は先輩と同じ本社の勤務でした。それで、毎日昼休みになると、XX先輩が私の所へ来ては同じ自慢話を始めるのです。それはこんな具合でした。


先輩「今度、△△(地名)に家を建てたよ」


 私は、毎日、同じ話を聞かされていましたので、その話は耳にタコができるぐらい聞いていましたが、会社の中で先輩を邪険に扱うわけにはいきません。それで、毎日、初めて聞いたかのように話を合わせるのです。


私「えっ、△△(地名)って、誰もがうらやむ超高級住宅地じゃないですか! △△(地名)に家を建てたって、すごいじゃないですか!」


先輩「いや、それほどでもないけどね。しかし、△△(地名)というところは、住んでみるといいところでね。例えば・・・というようにいいところなんだよ。まあ、今回、〇〇・・〇円、掛かったんだけどね。〇〇・・〇円、掛けた甲斐があったよ」


 先輩は自分が『いくらで家を建てたか』ということを話したくて仕方がないのです。しかし、私は毎日、同じ話を聞かされるので、先輩が『〇〇・・〇円で家を建てた』ことは分かっています。しかし、こんな場合も、会社の中では、初めて聞くような態度をとるしかありません。だから、私はいつもこう答えていました。


私「えっ、〇〇・・〇円ですか、それはすごい。大豪邸じゃないですか!」


 こういう同じ会話を毎日、XX先輩は繰り返すのです(ちなみに、先輩の両親は大金持ちです)。つまり、この会話から、XX先輩は、毎日、同じ自慢話を繰り返さないと、自分に自信が無いことを補うことができないということが分かります。これは、とりもなおさず、先輩が「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人間だということなのです。


 また、XX先輩は、ある資格を持っているのですが、私以外の後輩に「自分はこういう資格を持っている」ということを何度も自慢しているのをよく耳にしました。ちなみに、私もその資格を持っているので、XX先輩は私には絶対にそういう話をしないのです。

 

 その資格なのですが・・難しいことは難しいのですが・・化学プラントの設計や運転の分野では比較的一般的な資格で、日本の中でも毎年多くの人が合格しているというものでした。


 私のいた会社が化学プラントを扱っているといっても、理系社員の全員がプラントに関与しているわけではありません。新製品の開発や、化学プラントに関係のない新規事業などに携わっている社員も数多くいます。XX先輩は、そういった化学プラントに関係のない後輩社員を捕まえては、自分がこういう資格を持っていることを自慢するのでした。私はよく後輩社員同士が、「俺たちに関係のない、あんな資格を自慢されてもなあ・・俺たちは、すごいですねえと言って聞いてるしかないものなあ」と愚痴を言っているのをよく耳にしたのです。


 ちなみに、その資格を持っている人は、私や先輩以外にも、社内には何人もいたのですが・・・持っていることを自慢しているのは、XX先輩だけでした。これも、XX先輩がその資格を持っていない後輩に、「自分はこういう資格を持っている」と言って自慢しないと、自分に自信が無いことを補うことができないことを表わしているのです。つまり、こういった会話からも、先輩が「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人間だということが容易に判断できるのです。


 このように、事実を列挙すると・・・XX先輩という人は自尊心だけでできている、いわゆる、鼻持ちならない、高慢ちきな人間だということになりますが・・・実際、その通りでした。でも、会社の中では、そういう人とも付き合っていくしかないのです。


 しかし、そんな高慢ちきなXX先輩であっても・・このように、先輩の行為をよく観察していると、先輩が自分の自信の無さを補うために、「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人だということが容易に分かるというわけです。


 そして、この人は「さあ、つかまえたぞ」というゲームを仕掛ける人だということが分かれば、事前に、その人とは距離をおくとか、前述の『時々、反論して言い負かす』といった対策を講じることも可能になるのです。また、会社という閉鎖社会で、対処が難しい場合は、先輩の行為を無視する覚悟を事前にすることもできるのです。


 一番厄介なのは、上司がこのゲームを仕掛ける人間で、部下の自分が標的にされたケースです。相手が上司ということで、人事の権限を握られているわけですから、下手に対策を取ると、つまり逆うと厄介なことになります。この場合、いずれはこの上司も転勤するだろうと考えて、しばらくは我慢することも重要な対処法の一つなのです。


 また、あるいは、人事査定を下げられるのは覚悟の上で、思い切って、みんなの前で反論し「いつまでもあなたの攻撃を受けてばかりでいるわけではないぞ」という姿勢を見せてもいいでしょう。このように、毅然とした態度で相手に相対することも非常に有効なのです。あるいは、仲間を作って、集団で相手に反論するといった方法も大変効果があります。


 こういった対応策をケースバイケースで使い分けることがよいでしょう。


 「さあ、つかまえたぞ」のゲームの対処法

 あなたの周りの人を観察していると、この人は「さあ、つかまえたぞ」のゲームを仕掛ける人かどうかを判断できることが多い。ゲームを仕掛けてくるタイプの人には毅然とした態度で、時には集団で反論する。あるいは、無視する。こういった対応をケースバイケースで使い分ける。

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