さて、ここで問題だ。


『錬力学殺しの天才』『ライトニング・インサイト』冴仲さえなか杏奈アンナは、その本質を決して周囲に覚らせるなという厳命を国から受けている。


 一方その杏奈と相方である雷斗ライトは、錬力を犯罪に用いて窃盗を繰り返している疑惑がある生徒会メンバーを、五華祭いつはなさいの視察に訪れる錬力相を餌にして誘き出し、事件が起きる前に叩き潰せと言われている。 


 このふたつを両立させることは、果たして可能なのであろうか。可能であるならばどのような手段を用いれば成し遂げられるのであろうか。


 ──てか校内で生徒会相手にドンパチなんか仕掛けて目立たずに終われるわけがない……っ!!


「まぁまぁイトくん。こんな時のための便利な言葉があるじゃない!」


 頭を抱える雷斗の隣で杏奈がビッと親指を上げる。


せば成るっ!」

「いやいや、その成し方が分からんって言ってんの」

「じゃあ、案ずるより産むが易し?」

「……俺、計画やら準備やらって大切だと思うんだよなぁ」


 五華学園では9月の中頃に前期期末考査が行われ、9月末2日間で五華祭という学園祭が催される。


 いわゆる文化祭というやつで、クラスや部活ごとに催し物を執り行う他、学校全体が外部に向かって開放される。オープンキャンパスも兼ねたイベントだから、毎年近隣住民だけではなく、受験を考える全国の中学生がやってきたりと、かなり規模が大きな代物だ。去年、雷斗と杏奈も視察がてら遊びに来ているから、どういった行事なのかは二人とも雰囲気だけは知っている。


 最大の目玉にして他校の文化祭との一番の違いが、両日にわたって行われる擬似実地パフォームだろう。


 エントリーしたグループがトーナメント形式で戦い優勝を競う疑似実地パフォームは、錬力使い同士の戦いを間近に見られるとあって毎年初日の予選から盛況であるという。去年雷斗と杏奈は2日目に行われた決勝戦を観に来たのだが、確かに見応えのある催し物だった。


 もっとも、中学生の時点で既に錬対から回されてくる仕事に関わっていた雷斗は『あれくらい、俺とアンナでも制圧できるんじゃね?』と冷静に戦いを眺めていたし、杏奈は杏奈で屋台で買ったクリーム盛々のクレープに夢中になっていたから、イマイチ周囲の盛り上がりからは浮いてしまっていたのだが。


「大丈夫だって。どれだけ心配したって、成さなきゃならないことに変わりはないんだからさぁ〜」


 ザワザワといつになく賑やかしい廊下を歩きながら、杏奈はぽやぱやと周囲の空気に小花を散らして呑気に言う。口調は呑気でもド正論を突きつけられた雷斗は思わずウグッと口ごもった。


 期末試験が終わった後、1週間と数日の間、学校は午前授業のみの短縮日課に切り替わる。五華祭の準備期間に突入した学園は、どこか全体がザワザワと浮足立っていた。


 そんな中を雷斗と杏奈は生徒会室に向かっている。


 雷斗はこうなるまで生徒会室がどこにあるのか知らなかったのだが、杏奈のナビ曰く4階建て校舎の4階の角隅にあるらしい。


 えっちらおっちら階段を登る杏奈の手には、A4サイズの書類が握られていた。今からこの書類を生徒会に叩きつけるべく、二人は敵の本拠地に向かっているわけである。


「なぁ、本当にこの作戦、大丈夫なのか?」


 確かに昨日、白浜しらはまは『手段はお前達に任せる』と言っていた。それを受けた杏奈が『一晩考える』と言って今日から動き始めたわけだが、杏奈が考えた手段はごくごくシンプルだった。


 曰く、『正面から正々堂々ぶん殴れる状況に持ち込み、真正面からぶん殴る』。ただそれだけ。


「イトくんは真正面から戦ってる姿が一番カッコイイからねぇ〜!」

「そういう話じゃねぇんだけども」


 杏奈は生徒会が窃盗を繰り返している状況を『国への反逆』と仮定した。その仮定が正しいならば、国家官僚が直接学園に出向いてくるこの好機を逃すはずはない。生徒会メンバーであれば、直接至近距離で挨拶くらいはできるだろう。錬力庁のトップである錬力相を人質に取るなり、暗殺するなりすれば、確かに『反逆』を形にすることができるのかもしれない。


 雷斗達に課された任は、その危機を事前に潰すこと。


 すなわち、それまでに彼らが一連の事件の犯人であることを証明して逮捕するか、彼らと錬力相が遭遇するまでに彼らを戦闘不能に追い込むか。五華祭の間、彼らが錬力相に手を出せないようにガードし続ける、という手もあるだろう。


 いくつかある手段のうち、杏奈が選択した方法は『疑似実地パフォームにエントリーし、自分達が優勝することで、生徒会が錬力相に接触する機会を潰す』というものだった。


 つまり、擬似実地パフォームのどさくさに紛れて、正面から叩き潰してしまえという、『お前ほんとに一晩真面目に考えてこの結論なのか? 天下の「ライトニング・インサイト」が?』とツッコミを入れたくなるほど捻りのない一手だった。


「大丈夫、安心して」


 不安しかない雷斗に、杏奈はぽやぱや〜と笑いかける。


 だがその笑顔の中には、相対した雷斗にしか分からないくらい微かに、鋭い『牙』の気配がにじんでいた。


「イトくんには、私がついてるから」


 その気配に、雷斗は杏奈をまじまじと見つめる。そんな雷斗に気付いた杏奈は、少しだけメガネをずり下ろすとニシシッと笑ってみせた。


 その一部始終を目撃した雷斗は、思わず目をしばたたかせる。


 ──もしかして、励ましてくれてんのか?


 本性を垣間見せる杏奈が、こんな風に無邪気に笑いかけてくるのは珍しい。メガネの下に隠された美貌そのままに切れるように鋭い笑みを浮かべるのが常で、『無邪気さ』や『愛らしさ』といった物はメガネ着用のドジっ子杏奈の専売特許だ。


「……当たり前だろ?」


 何だかその笑顔で不安をかき消されてしまった雷斗は、そっと片手を伸ばすとメガネのブリッジを押し戻してやった。いつものごとく『みゅいっ!?』と子猫のような悲鳴を上げながらよろけた杏奈を片手で支え、ついでに階段の上に引き上げてやる。


「そういや大事なことを確認してなかったんだけど、疑似実地パフォームって生徒会が仕切ってんのに、その当の生徒会が参加していいものなのか? 『ウェルテクス』が去年の疑似実地パフォームに出場するために組まれたチームで、そこで優勝した後に意気投合しすぎてそのまま全員生徒会メンバーになったって話は知ってるけどさ」

「大丈夫だよぉ! 『ウェルテクス』はむしろ絶対に出場しなきゃいけないチームだから」

「なんで?」

実地パフォームランキング第1位のチームは、この疑似実地パフォームには強制参加って伝統があるんだってさ。まぁ、客寄せパンダみたいなもんだよね!」

「パンダ……」

「てかイトくん、知らなかったんだね? 本当に興味なかったんだ? この疑似実地パフォーム

「いや……。だって絶対出場しねぇって分かってるモンに、どー興味を持てと?」


 軽やかに言葉を交わしながら、二人は4階の廊下を進んでいく。


 4階の部屋は視聴覚室や音楽室、物置など特殊教室が大半を占めている。普通の教室は階段周りに少しあるだけでほとんど存在していない。今は五華祭の準備のために部屋が開放されていて人の気配があるが、普段はさぞかし閑散とした階なのだろう。


 そんなフロアの一番奥に、引き戸ではなく外開きのドアがつけられた部屋が、ひとつだけ見えた。


「さて」


 鬼の巣窟に飛び込みますかね、と雷斗は口の中で小さく呟く。


 その声に背中を押されたかのように、杏奈はタタタッと最後の距離を小走りに進むと、ノックもなくバンッと勢いよくドアを開いた。さすがにそこまで非常識な殴り込みをかけると思っていなかった雷斗は慌てて杏奈へ手を伸ばすが、マイペースが炸裂している杏奈の勢いは止まらない。


「たのもーうっ!! 擬似実地パフォームのエントリー場所はここですかぁーっ!?」

「アンナ! 会議中だったらどうすんだよっ!?」


 雷斗の手が杏奈の肩に届いた時には、杏奈はすでに生徒会室に踏み込んだ後だった。杏奈の両肩に手を置いて後ろに引く雷斗の背後でパタリとドアが閉まる。


 ──なんかデジャヴ……!


「キシシシッ! 随分威勢がいいじゃぁん? いいじゃんいいじゃ〜ん? オレは嫌いじゃないよぉ〜? そーゆーの」


 しん、と静まり返った空気に雷斗の背筋が別の意味で凍りつく。


 そんな雷斗達に最初に向けられた声は、どこか天然モードの杏奈に似通った雰囲気を纏っていた。


 声の方へ視線を向ければ、マッシュルームのような髪型とゴーグルのようなメガネで顔の半分近くが隠れた男子生徒が、見えている口元だけで『キシシシシッ』と笑っている。パイプ椅子の上に猿のようにしゃがみ込んだ男子生徒は、喋っている間も高速で手元のノートパソコンのキーに指を走らせているようだった。


 ──稲荷いなりナツメ


 写真よりもエキセントリックな雰囲気に雷斗は思わず杏奈の両肩に手を添えたままソソッと体を後ろに引く。


「確かに擬似実地パフォームのエントリー場所はここだが……」


 そんな雷斗達の対応のために席を立ったのは、一見するとヤンキーにしか見えない男子生徒だった。ライオンにも似た容姿と着崩した制服という外見に似合わず穏やかな声を上げた男子生徒は、困惑した表情で雷斗と杏奈を交互に見やる。


 その姿が視界に入った瞬間、雷斗は内心だけで小さく頷いた。


 ──やっぱり、俺の直感は間違ってなかった。


 気配と、背格好。何気ない身のこなし。全てに既視感があるし、相手もあえてそれを隠していないことが伝わってくる。


「書類には、担任教師や実技担当官の認可印が必要なんだが、その……」

はしばみ先輩、ハッキリ言ってやってはいかが?」


 そんな男子生徒の声を、険を孕んだ女子生徒の声が遮る。


 キンと耳が痛くなりそうな甲高い声に首を巡らせれば、楚々とした居住まいのまま尖った視線を飛ばしてくる女子生徒と視線がかち合う。


「『史上最強の劣等生』なんかが、遊びで出られるような代物ではないのだと」

「ヒメキ、そんな言い方は……」

「あら、わたくしは真実を言ったまでよ。ねぇ、詩都璃しづり?」


 ──榛大地ダイチ清白すずしろ姫妃ヒメキ、それに……


 部屋の奥、青みがかって見える艶やかな黒髪を片手でサラリと流しながら雷斗達をめ付ける姫妃の後ろにひっそりと影のように従う少女を見た雷斗は、覚られない程度にスッと瞳をすがめた。


 ──雨宮あまみや詩都璃。……まさか本当に、フッツーに家に帰ってたって。


 白浜しらはまは当然のごとく脱走した雨宮詩都理の行方を把握していた。


 何と雨宮詩都理は、事もあろうに真っ直ぐに自宅へ帰宅していたらしい。どこかに潜伏することもなく、脱走した翌朝には何事もなかったかのように姫妃に付き従って登校していたという。雨宮家や清白家に特別動きはなく、二家が詩都理を庇っているのか否かは不明ということだ。


 ──その辺りはまだ、雨宮詩都理を泳がせて調査中って話だったか。


 雷斗からの視線に気付いた詩都璃はビクリと体を震わせると、胸元で両手を握り合わせて姫妃の影に隠れるかのようにさらに身を縮こまらせた。


 ただでさえひ弱な印象が強い詩都璃だが、体の大きさにあっていないブカブカの制服を纏った詩都璃がそうして体を震わせていると、余計に小動物みが増す。そんな詩都璃の怯えが姫妃には分かるのか、姫妃はさらに背筋を正すと燃えるような瞳で雷斗のことを睨み付けた。


「ちゃんと必要書類は持ってきてますー! 先生達の印鑑も忘れずにもらってきましたー!」


 そんな姫妃の視線に気付いていないのか、杏奈はない胸をえっへんと張る。杏奈の天然さに苛立ちが増したのか、姫妃の柳眉がこれ以上ないほどにキリキリと吊り上げられた。


 ──いずれにせよ、ここはすでに敵の腹の中だ。


 部屋の中にいる面々の様子を探りながら、雷斗は密やかに思考を巡らせる。


『生徒会のスタンスは、「捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ」なんだろうよ。お望み通り、俺達は全力でやつらを叩き潰すために動く。お前らも容赦はいらねぇ。バックアップは全力でしてやらぁ』


 昨日、生徒指導室で、白浜はそう宣言していた。


 これはすでにただの『仕事』ではない。下手を打てば雷斗達は学園と錬対のに巻き込まれる。


 ──本来なら、学園と錬対、研究所は互いの領域に不可侵。学園はある意味独立機関だ。錬対といえどもおいそれと手出しはできない。


 この国の錬力犯罪を取り締まる錬対と、この国の錬力学研究を取り仕切っている錬力学研究所は、それぞれ強大な権力を握っている。そんな二大機関の勝手で未来ある若者が一方的に搾取されないよう、五華学園は創立当初から錬対や研究所と戦ってきた。その甲斐あって卒業生達が政財界に根を張った今では、五華学園はある種の地雷原と化している。


 白浜が自分達で直接生徒会を叩かず雷斗達を頼ったのは、五華学園の生徒、つまり五華学園の内部関係者である雷斗達が生徒会と戦うことになれば表面上は『五華学園の内紛』という形になり、錬対が直接火の粉を被る構図を作らなくて済むという事情があったからだ。逆に生徒会がここまで大胆な犯行を繰り返してこられたのも、錬対が五華学園の生徒には簡単に手を出せないという事情を知っていたからなのだろう。


 ──その辺りは『内通者』の入れ知恵なのかもな。


「まぁまぁ、まずは書類を確認してから、というのが正当な手順なんじゃないのかな?」


 そんな犯罪集団のボス……生徒会の長にして実地パフォームランキング第1位『ウェルテクス』のリーダーである青年は口を開いた。


「きちんと書類を揃えてこられて、本人達に参加の意志があるならば、僕達はそれを拒むことはできないからね」


 そう言って部屋の最奥の椅子に腰掛けていた生徒会長……榊原さかきばらハヤテは穏やかに杏奈に微笑みかける。


「さぁ、冴仲さえなかさん。書類を拝見」

「わぁ! 生徒会長、私のことご存知だったんですねぇ〜!」

「もちろん知ってるよ。君はだから」


 生徒会長がそう発言した瞬間、部屋の中の空気が変わった。杏奈がメガネを外した時のような、あの緊張感が一気に空気を張り詰めさせる。


 そのトリガーを引いた本人は、あくまで穏やかな笑顔を浮かべたままヒラリと片手を杏奈に差し出した。


「だから、僕としてはこれを契機に、君と仲良くできたら嬉しい」

「わ〜! ホントですかぁ? 嬉しいなぁ〜!」


 雷斗はその変化に思わず無意識に身構える。


 だが杏奈は違った。あくまで無防備なまま、下手をしたら自分の足に反対側の足を引っ掛けてすっ転ぶんじゃないかと心配になるほど無邪気に、杏奈はルンルンと生徒会長の前まで足を進めていく。


「でも残念! 私、多分生徒会長とは仲良くできないと思います」


 そのまま杏奈はハイ、と生徒会長に手にしていた参加申込書を差し出した。行動はあくまで友好的なのに言葉では否を叩きつけた杏奈に雷斗は思わずギョッと目を見開く。


「生徒会長みたいな頭がいい人が考えることなんて、私、ぜぇ〜んぜん分からないと思うんですよね〜!」


 杏奈はあくまでマイペースなドジっ子のまま『たは〜!』とバカっぽく笑う。


 そんな杏奈の姿に一瞬、生徒会長の瞳が鋭く光ったような気がした。


「そうかな? 僕達は案外、分かりあえると思うけどね」


 しん、と室内の空気が一気に冷え込む。


 その変化に気付いた雷斗が視線を巡らせると、生徒会長のみならず榛大地と稲荷棗の表情までもがしんと冷え切っていた。清白姫妃は相変わらず憎しみに近い感情を込めて雷斗を睨みつけているし、雨宮詩都璃は今にも倒れそうな顔色で俯いたままガタガタと震えている。


 そんな光景に、雷斗はなぜだか違和感を覚えた。


 ──……? 一体何だ? この違和感……


 あの現場にいた榛大地と雨宮詩都璃は、すでに杏奈の本性に気付いている。そうでなくても生徒会側には錬対の内通者から情報が流れているはずだ。ここにいる生徒会の面々は、すでに杏奈の本性である『雷撃の直観』の牙の鋭さを知っている。


 ──はず、なんだけど……何か、こう……


「まぁ、分かりあうために拳を交えるっていうのも、錬力使いらしくていいんじゃないかな?」


 だが雷斗がその違和感の素に辿り着くよりも、生徒会長がスッと瞳を伏せる方が早かった。たったそれだけで生徒会室を満たした緊張感は霧散し、榛大地と稲荷棗の顔にはそれぞれの表情が戻ってくる。


「……うん。不備はないね。受付できる書類だ」


 瞳を伏せたまま杏奈から提出された書類に視線を走らせた榊原颯は、書類をそのまま清白姫妃に受け流す。キッとまなじりを吊り上げながらも素直に書類を受け取った姫妃は、生真面目に書類に視線を走らせてから不機嫌そうに息をついた。


「確かに、文句はつけられませんわね」

「そうでしょ〜? だから言ったじゃないですかぁ〜」


 二人の言葉にまた杏奈が胸を張る。そんな杏奈の後ろで雷斗はこっそり安堵の息をついていた。


 ──大丈夫だとは思ってたけど……。イチャモンつけようと思えば、いくらでもつけれるわけだしなぁ。


 疑似実地パフォームへの出場を希望する書類は、五華祭実行委員会を兼ねているクラス委員長に声をかければ誰でも手に入れられる。だが本当に出場するにはいくつか条件があり、その条件を満たすことが1年生では難しい。


 まず出場条件として『チームの中に実際に実地パフォームに出たことがある人物がいること』というものがある。余程の特例がない限り実地パフォームに出られるのは2年生からだ。上級生のチームに混じっている1年生であれば話は別だが、まずこの時点で1年生は疑似実地パフォーム出場を弾かれる。


 次の条件が、担任、および実技担当官の認可印をもらってくること。これは『チームの中に実際に実地パフォームに出たことがある人物がいること』という条件があることにも繋がってくるのだが、ある程度実力があって場馴れしている人間でなければ危なかっしくて出場させられないという運営側の事情がある。


 いくら疑似とはいえ、錬力使い同士が得物まで持ち出してきて実力をぶつけ合うのだ。その危険性は生ぬるい実地パフォームよりも上だと言える。学園祭で怪我人や死傷者を出すわけにはいかないから、きちんと教員に実力を認められた者しか出場させたくないという事情も分からなくはない。


 雷斗と杏奈のコンビである『ライトニング・インサイト』は、1年生でありながらすでに公式で実地パフォームに出ているチームであり、その実力もランキング5位という数字に表れている。必要事項を書いた書類に担任も実技担当官も喜んで認可印を押してくれた。何なら『頑張れよ』『上級生どもを蹴散らしてやれ』と激励のお言葉までくれた。実績だけ見れば、雷斗達が『出たい』と言えば、生徒会側にそれを断れる要素はどこにもない。


 ただ、表向きの杏奈は『錬力学の『れ』の字も使えないくせになぜか五華学園にいる劣等生』で、完全に雷斗のお荷物扱いだ。そんな人間を、ある意味五華学園の品位を見せつける場である疑似実地パフォームに出すのはいただけないと言われてしまえば、雷斗には反論できる手札がない。雷斗達の動きを警戒してくるであろう生徒会のメンバーが何を言ってくるかと、雷斗は多少心配していた。


 ──まぁ、そうなった時はアンナの出番、なんだろうけども。


「私達と、殴り合おうじゃないですかぁ」


 杏奈はメガネをずらさないまま、ニパッと無邪気に笑った。


 無邪気でありながら棘を隠さない笑い方で、わらった。


「殴られれば、きっと先輩達も分かると思うんですよぉ。『』とは、って」

「ちょっと。あなた、わたくし達と直接やり合える所まで、自分達が上がって来られるとでも思っておりますの? 1年生のくせして思い上がりもはなはだしいのではなくって!?」


 その棘に姫妃が敏感に反応した。ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった姫妃は、そのまま杏奈に詰め寄ろうとする。


 だがそれを颯が止めた。


「まぁまぁ姫妃。自信があるのはいいことじゃないか」

「颯先輩……っ!!」

「どちらが上かは、やり合えば分かる」


 ──何なんだ? やっぱり、違和感が……


 今回のやり取りでも違和感を覚えた雷斗は答えを求めて杏奈に視線を注ぐ。だが杏奈は颯を見据えたまま、雷斗の視線には応えなかった。


「決戦当日を楽しみにしているよ、『ライトニング・インサイト』」

「首を洗って待っていた方がいいと思いますよぉ〜? 『ウェルテクス』のリーダーさん?」


 そんな不穏なやり取りとともに、『ライトニング・インサイト』の五華祭準備期間は幕を開けたのだった。

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