第26話 Clock-21

 西岡 仁は焦っていた。

 西岡は小さな暴力団の荒事担当として、非合法なことはなんでもやってきた。暴力・恐喝・・・殺しもやった。


 先日、北関東で対立している組の幹部を撃った。

 いわゆる鉄砲玉というやつである。

 刑務所に何年かいれば組に戻れる。そういう話だった。


 だが、そこに誤算があった。


 西岡は、もういい年になっている。組の中でも出世はもう出来そうもない。

 足を洗う・・・という噂がいつの間にか組の中に広まっていた。


 そのため・・・組からも見捨てられた。

 そして対立している暴力団からも、長年働いてきた組からも狙われる立場になったのだ。


 何人もの殺し屋が迫ってきている。

 このままでは、殺されるだけ。


 今も、尾行されているのを感じている。


 行く当てはない。ただ、遠くに逃げるしかない。

 関西か・・・九州か・・・

 駅はマークされているだろう。

 ほかの方法といえば、徒歩か・・・車か・・・。


 繁華街近く。

 黒いジャンパーに、スラックスで革靴。

 スニーカーにしておけばよかった。走って逃げる際に革靴は不利だ。


 繁華街の前にある川の橋を渡ると、タクシーが止まっているのが見えた。

 運転手の爺さんが、トランクを開けて何かをやっている。


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 渋谷正彦はタクシーを止め、トランクを開けて中に入っているであろう消臭スプレーを探していた。

 タクシーは禁煙だと言ったのにガラの悪い客が勝手にタバコを吸ったのだ。

 次の客を乗せる前に、たばこのにおいを消さないといけない。


 ため息をつく。


 もういい年である・・・今年68歳になる。

 独立した息子からは、いい加減隠居しろと言われている。

 でも、車の運転が好きなのだ。


 だが、いつかはこの仕事も引退しなくてはいけないことは分かっていた。

 何しろ、深夜まで働くには体力的にきつくなってきている。


 トランクの中から、ようやく消臭スプレーを探し当てた。

 その時、後ろから声をかけられた。


「悪いが、その車もらうぜ?」


 振り向くと、やくざと思われる目つきが悪くがたいの大きい男が立っていた。

 その手には・・黒い・・拳銃のようなもの。


「ひぃ・・・」


 正彦は恐怖で腰が抜けてしまった。

 思わず、叫んでしまった。


「や・・やめてくれ!」

「静かにしろ!!」


 思わず、手に持ったスプレーをかざしてしまった。


 相手は、それを武器と思ったようだ。

 銃と思われるものを構えなおし、引き金に力を籠め・・・



 ヤバい。

 そう思った時。


「何やってるんだ!やめろ!」

 橋の真ん中の歩道から、何者かが正彦と仁をライトで照らした。


「くそ!!」

 動転した仁は、振り向く。


 パン


 乾いた音がした。




 そこには、驚いた顔の少年がいた。

 少年のジャンパー。その腹のあたりから、黒いしみが広がっていく。


 少年は、その胴体に手を当て2・・3歩後ろによろめいて後ずさる。

 そこには少年の腰くらいまでしかない欄干。

 少年は、欄干を越えて・・・橋の下に落ちて行った。


 どぽん!

 鈍い水音。


「きゃあああああ!!!!!」

 橋の向こうから見ていたと思われる女性の悲鳴が響き渡る。


「ちっ、、、やべえ」


 仁は、拳銃をしまうと繁華街の方へ走っていった。

 何人かの男がその後を追って行った。


 後に残された正彦は、タクシーのそばで、震えながらしゃがみ込んでいた。

 ガタガタと震えが止まらない。


 あの男・・・自分を撃つつもりだった。

 そして・・・少年は代わりに撃たれた。


 驚き、目を見開いた少年の顔。

 その表情が正彦の頭に焼き付いて・・離れなかった。


 正彦は、数十分後に駆け付けた警察に抱き起されるまで呆然と座り込んでいたのであった。

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