第17話 Clock-13

 松下楓は、小さな事務所の固いソファの上で縮こまっている。

 周りには、明らかにチンピラ風の男たちに囲まれている。

 不機嫌・・・そいうより殺気立った顔を近づけてくる。その吐く息が酒臭い。

 どうやら、宴会をやっているところを邪魔してしまったらしい。


 目の前のソファには、明らかに堅気に見えない黒いスーツを着たいかつい男が、テーブルの上に足をのっけてふんぞり返りながらにらんでいる。


「嬢ちゃん、こんな夜中に来られちゃ迷惑なんだがなぁ。それとも、体を売る覚悟ができたのかい?・・・なんなら、内臓を売ってもいいんだぜ」


 どすのきいた低い声。氷のような冷たいまなざし。

 くわえたタバコを吸い・・・煙を吹きかけてくる。


 けほけほと・・むせてしまう。

 目が熱くなる・・涙が出てきてしまう。

 カタカタと体が震えている。怖くて・・・怖くて、言葉を発することができない。


 しかし、楓の隣から場違いな声が発せられた。


「このお姉さんの借金を払いに来ました。たしか三百万ですね」


 中学生・・せいぜい高校生でも1年生くらいのまだ幼い少年。

 野球帽を目深にかぶっているので顔はよく見えない。


 恐れや不安などみじんも感じさせない、冷静な声。

 

 持ってきたリュックに手を突っ込んで・・・テーブルの上に置いた。

 まだ、封のついたままの分厚い札束であった。


「これで、借金は返済でいいんですよね?」


 周りのチンピラたちはポカンと虚を突かれた顔をしている。

 まさか、こんなガキが大金を持っていると想像していなかったのだ。


 楓の前の黒スーツの男も、一瞬驚いた顔をした。

 しかし、ニヤッと笑って言った。


「おい坊主。借金には利子っていうもんがあるんだ。これじゃあ、全然足りねえなぁ」


「え・・嘘よ!昨日は三百万って言ったじゃ・・」

 楓は、黒スーツの男にギロリとにらまれて声が途中で途切れてしまった。


 だが、少年は慌てることも怒ることもせず冷静に言った。

「では、いくらなんでしょうか?」

「5百万・・・つまりあと二百万だ。今すぐ用意できなきゃそれも増えていくがな」


 にやにやと口を歪めながら言う。

 周りのチンピラたちも、へらへらとからかうように笑う。


 すると、少年は再びバッグの中手を入れ・・・


 テーブルの上の札束にさらに積み重ねた。


「五百万です。これでいいですね?」


 チンピラたちの表情が固まり視線がテーブルに釘付けになった。

 隣の楓も、ポカンとして札束を見ている。


 黒スーツの男は、唇をへの字にしてその札束を取り上げ、ぱらぱらとめくった。

 クンクンとにおいをかぐ。


「・・・・どうやら偽札じゃないようだな・・・」

「はい、本物ですよ」


 落ち着き払った少年の声。

 黒スーツの男は、不機嫌な声で近くにいた若いチンピラに言った。


「おい、借用書を持ってこい」

「しかし、社長・・・いいんですか・・?」

「金になりゃ何でもいい・・・早くしろ!」


 その大きな声に、楓の体はビクッと反応してしまう。

 少年は、表情を変えることなく座っているのであった。



 ”返却済み”の判を押し、借用書をテーブルに投げ出すように渡してきた男。

「ほらよ。これで借金はチャラだ」

「ありがとうございます」

 少年がそれを取り上げ、楓に渡そうとする。

 楓はブルブルと震える手で受け取る。


「じゃあ、僕らはこれで。お邪魔しました」

 楓にかを貸して立ち上がらせる。

 周りのチンピラたちににらまれながら、出口の方に向かう。


「おい、ガキ。お前なんなんだ?」


 ソファに座ったままの男が睨みつけながら言った。


「イキるでもない。怯えるでもない。殺気を出すわけでもない。おめえ、わけわかんねえよ」


 少年は、出口の扉のノブに手をかけ、振り向いて言った。


「ただの世間知らずの子供です。気にしないでください」

「ふん・・・なんか、てめえとはまた会う気がするな」

「そうですか。お手柔らかにお願いします」


 そして、扉を開けて楓を伴って扉を出て行った。



「社長!このまま、なめられたままでいいんすか!?後をつけましょうか?」

「ほっておけ!ただのガキだ。おい!飲みなおすぞ!」


 黒スーツの男・・・暴力団幹部の冴島は煙草に火をつけ煙を吐き出した。

 あのガキ・・・ただものではない。

 たぶん・・また会うに違いない。その時は正体を暴いてやる・・・そう心に誓った。





 消費者金融の事務所を出た少年と松下楓。

 繁華街の裏通りを歩いている。


 だが、楓の表情は暗いまま・・・うつむいたまま街灯の少ない暗い道をトボトボと歩く。

 先を行く少年が声をかける。


「お姉さん。どうしたの?もう、借金はないんでしょう」


 楓は立ち止まった。


「・・・借金はないけど・・・無一文で・・・バイトも首になって。私・・・これからどうしたらいいんだろう・・・」


 うつむいたまま、小さな声。

 明日の食費も・・家賃も払える気がしない。


 親も親戚も、頼れるような友人もいない。

 たまらなく孤独を感じていた。

 

 背を丸め、うつむいたままの楓を見る少年。

 小さく、ため息をついた。


「お姉さん」

「うん・・・」

「よかったら、バイトしてくれませんか?」

「え?」


 顔を上げた楓。

 その瞳に映る街灯に照らされた少年は、冗談を言っているようには見えなかった。

 小柄なはずの少年が、とても頼もしく見えたのだった。

 

 

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