第11話 OC-0

『以上となります。質問がある方はいますか?』

 その言葉に対して、挙手をする者はいなかった。


 M工科大学のDr.ジェームス・W・ヤングは内心あきれていた。


 たまたま日本に来た際に知り合いに懇願されて海成大学で講義を行うことになった。テーマは、専門分野である量子物理学の最新理論である。


 しかし、講義中あまりにも反応がなくて戸惑った。

 母国のA国の場合、矢継ぎ早に質問が出てくるであろう。

 日本人はシャイとは聞いていたが、誰も質問してくるものはいない。

 講義内容を理解しているのか、していないのか。まるっきり手ごたえがない。


『それでは、最後まで聞いていただきありがとうございました。以上となります』


 おざなりな拍手。

 日本人相手は、本当にやりにくいと思いながら片づけを始める。

 学生たちは、ガタガタと席を立って出ていく。


 内心ため息をついて片づけをしていたDr.ヤング。


『Dr.ヤング。質問  いいでしょうか?』

 たどたどしい英語で話しかけてきた人物がいた。


 Dr.ヤングはその相手に振り向いて・・・ちょっと驚いた。

 プライマリースクールの学生くらいの少年。今回は公開講座と聞いていたが、こんな子供までが参加しているのかと思った。


『Dr.ヤングの理論では、電子情報とやり取りとは電子本体の運動ではなく、電子から電子に伝わる相互作用と理解しました。

 電子情報の相互作用はこの式であらわされるとの認識でよいでしょうか?』

 少年は、黒板に数式を書いていった。


 2重の驚きである。

 年端もいかない少年から、具体的かつレベルの高い質問が出てきたのだ。

 しかも、黒板に書いた複雑な数式。理論を正しく理解していることを示していた。


『そうだ、電子と電子の相互作用はその数式であらわされる、それによって電子そのもののではなく、相互作用によって情報が伝わっていくことになる』

『了解しました。その場合、相互座用による情報そのものは質量を持たないのでエネルギーを持たないということになるのでしょうか?しかしながら、この数式では・・・』


 そう言って、少年は近くの黒板に次々に数式を書いていく。

『これによると、アインシュタインが唱えた質量とエネルギーは相互に変換可能ように情報とエネルギーも相互変換可能なようにお考えられますが合っていますでしょうか?』


『面白い議論だね。もちろん相互採用そのものは質量を持たない。だが、相互作用そのものがエネルギーを持たないとは言えないと考える。しかしながら、質量を持たないため非常に小さいものになることも予想される』


 そう言って、Dr.ヤングも黒板に数式を書いていく。

 すると少年は、うなづいたのちに質問してきた。


 黒板に数式をさらに追加していく。

 その数式は、相対性理論を組み入れてきた複雑なものになっていく。

 Dr。ヤングは感心した。この理論に対する理解力。M工科大学の教え子の大学院生たちを凌駕している。


 少年は、まさに天才なのであろうか。

 この少年と議論を重ねるのが楽しくなってきた。


『その場合、相対性理論では物質は光速を越えられないが・・・電子間の相互作用としての情報は時間を越えられなくはないということでしょうか?つまり、電子情報の相互作用を速くしていくと相対的に少ないエネルギーにより・・・時間軸を跳躍することが可能なのではないでしょうか?』


 理論としては非常に興味深い。

 だが、あくまで絵空事の話である。まるでSFのような発想だ。


『なかなか面白い。だが現実に時間を跳躍するというのはいささか現実的な事象でないと考えるよ』


 子供を諭すように、笑顔で答える。

『そうですか・・わかりました』

 少年はちょっと残念そうな顔をした。だが・・・何か違和感を感じる表情。


 Dr.ヤングは、その理由を知りたいと思ったが・・・

『Dr.ヤング。そろそろお時間です。移動しないと予定に遅れてしまいます』

 やってきた秘書が邪魔をしてきた。

 時計を見ると・・出立しなければならない時間をかなりすぎていた。


『非常に面白い議論だった。よかったらメールで連絡してもらえるだろうか』


 Dr.ヤングは少年にネームカード名刺を手渡した。

 この才能を、可能であれば自分の学生に引き入れられないかとの下心があった。


『よかったら君の名前を・・・』

『Dr. もう時間がありません。お急ぎください』


 少年が答える前に秘書が邪魔をしてきた。


『すまない、では楽しかった。よかったら連絡してほしい』

『こちらこそ とても、ありがとうございました』


 お辞儀する少年。だが、微妙な表情を浮かべていた。

 Dr.ヤングの脳裏には、その少年の残念そうな笑顔が脳裏に焼き付いていた。




 のちに気が付いた。

 理論を否定された学生は、誰しも悔しそうな表情になる。

 だが、少年の表情にはその悔しさがなかった。


 まるで、自分の理論は間違いのない裏付けがあるかのように。

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