終章

双子の姉妹と科学にまつわる物語 -Epilogue-(1)

 《拡張戦線》をプレイした日の夜。


 この日はたくさん泣いて、泣き疲れたのもあったからだろうか。久しぶりにぐっすりと眠ることができた。

 人にとって睡眠は当たり前のことかもしれない。けれどそういう些細な幸せを、蒼穹祢そらねは改めて噛み締めた。



 休日明けに登校した高校の教室。

 ぴろりん、とスマホが鳴る。蒼穹祢はポケットから取り出すと、メッセージが届いていた。なんと、送り主はセリア。内容はこうだ。『私のおうちの頂上で待ってるよ。放課後でいいから今日来てね』と、簡潔に。


(おうち? 〈オリオンタワー〉のことかしら?)


 蒼穹祢が小首を傾げた折に、『一応補足するけど電波塔のことだから』と、セリアから追加のメッセージ。場所は結構だが、


(セリアが用って? 敵意はないと思うけど。まあ、悪だくみならヒナが止めるだろうし……)


 蒼穹祢は『了解した』と返した。すぐに『いいね』のスタンプがつく。


 そして放課後。

 蒼穹祢は教室を出て、さっそく〈オリオンタワー〉に向かおうと廊下を歩んでいると、


「蒼穹祢」


 背後から呼びかけられた。知った声に、艶やかな青髪を靡かせて蒼穹祢が振り返ると、


「レミ。って、梢恵も?」


 金髪のツインテールがトレードマークな深津檸御れみと、その隣には、教師であり親戚の滝上たきがみ梢恵こずえが並んでいた。研究部の部長と顧問のコンビだ。パーカーではなく高校の黒ブレザーを着るレミは初めて見たと思う。黒に金髪が映え、制服も似合っている。


「先日はお疲れ。いろいろと解決できてよかったわ」


 セリアとの結末についてはすでにレミへ連絡していた。ただ《拡張戦線》以来、対面するのは初めてになる。


「ええ。改めてレミと逢坂くんにお礼を言うわ。二人の協力がなかったら解決できなかったから。ありがとう」

「いいってことよ。《拡張戦線》でイマドキのMRを体験できたし、街の裏側も知れたし。私もいい経験になったわ」


 そんなレミに、滝上先生は我が子の成長を見守る親のようなほほ笑みで、


「裏側って、セリアのことかな。ああ、君に巡る科学のこころマージナル・ハートも含めて? きっと驚きの連続だったんじゃない?」

「そりゃあ驚きましたよ。私の中にあった常識がひっくり返ったかも」


 蒼穹祢には珍しいジト目を滝上先生に向け、


「梢恵、君に巡る科学のこころマージナル・ハートのことは知ってたのね。まさかヒナの経緯も?」

「さあ、どうだろう?」


 はぐらかしたが、この女なら知っていそうだ。


「私もセリアから結末を聞いたよ。よかったね、と伝えたくて」

「あ、ありがとう」


 思えば滝上梢恵の話からすべてが始まった。彼女が夏目景途の目撃情報を教えてくれたことがレミとの出会いに繋がり、そして《拡張戦線》の参戦に繋がったのだから。


「ねぇ、梢恵は全部お見通しだったの? ヒナと仲直りさせるために、私に話を持ちかけたわけ?」

「私は双子ちゃんが仲直りできるなら、それでいいと思うから」

「答えになってないわよ」


 あくまでシラを切る滝上先生。しかし口元は緩んでいる。推理小説を読んでいて、思いどおりのトリックだと判明したときに見せるような弛緩だ。だが、彼女は語らない性格。これ以上聞いても無駄と思い、追及はしないことにした。


「そうだ、セリアに呼び出されてるの。じゃあ、また機会があれば」


 蒼穹祢は二人から振り返ろうとしたが、


「あ、ちょっと待って!」


 レミに呼び止められる。言い残しでも? 蒼穹祢が思ったら、レミは本命にバレンタインチョコを渡さんとばかりの照れた表情で、


「その……、研究部に入らない? 余計な人間関係がない、あんたにピッタリの部活よ。部活には入ってないんでしょ? よかったらどうかなーって」

「私が?」


 レミはもじもじと頬を赤らめ、碧眼のぱっちりした目を細めて、


「《拡張戦線》で一緒に戦って楽しかったから。物知りで、近くにいると研究が捗りそうだし。それに、あの神代一族と繋がりが持てるのもアリかなーって」

「最後の理由は余計よ」


 とはぼやいたが、蒼穹祢は小さな笑みをこぼして、


「誘ってくれてありがとう」

「え、じゃあっ?」

「宇宙を研究してみようかしら。いえ、物足りないわね。ヒナに倣って宇宙と別の要素を組み合わせたいわ。――ええ、これからもよろしく」


 蒼穹祢の快諾に、レミはニコリと笑った。


「よかったね、レミ」


 顧問の滝上先生もレミにほほ笑む。

 すると今度は、蒼穹祢が頬を赤らめて、


「レミとは……と、友達になりたいと思うわ。私もゲーム、楽しかったから」

「もちろん」


 レミは手を差し伸べてくれた。蒼穹祢が取りやすいように、利き手とは逆の左手を。


「逢坂くんにもよろしく伝えてね」


 研究部の新たな一員となった蒼穹祢は、レミと握手を交わした。


「大地も喜ぶわ。大地に限らずウチの部員はクセが強いから、会うのを楽しみにしてなさい!」

「そうだレミ。蒼穹祢の歓迎会を開かない? せっかくだし《拡張戦線》の賞金を使おう。盛大に歓迎できるよ」

「賞金? 賞金が出たってことはいい結果だったの?」

「あ、まだ伝えてなかったわ」


 レミはスマホの画面を見せてくれる。それは《拡張戦線》の運営からチームリーダーに送られた、ゲーム成績の通知メール。なんと二十八組中、研究部チームは三位という結果。エリアボス二人を倒したのが高得点の理由だそうだ(ちなみに緋那子ひなことプレイして以降のポイントの加算はゼロ)。


「蒼穹祢は紅茶とケーキが好きだから、それは用意しようか。おいしい紅茶のお店を知ってるよ」

「ジュースは絶対にほしいわね。クッキーにチョコレート菓子も――……」


 さっそく歓迎会のプランを練ってくれるレミと滝上先生に、蒼穹祢は嬉しくなった。

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