第2話入学試験〜新入生歓迎会



 ——国立迷宮大学附属第一高校。

 そこは選ばれた人間であるステータスホルダー、魔物を倒し続ける事によって肉体を強化する事が出来る超人を養育する為に創設された、この国でいちばんクレイジーで傲慢さの化身みたいな奴等の巣窟である。

 

 人間は、蕎麦やうどんの汁の味付けだけでも言い争い、殴り合える生き物だ。

 そんな種族に凡人と超人という差異を与えれば、優れている側がどれほど増長するかなど簡単に察する事が出来るだろう。

 

 自分達がいちばん偉い。

 自分より弱い奴等はゴミ。


 そのような風潮が生徒はもちろん大抵の教職員にすら存在する怖い学校である。


◆◆◆◆



 校門脇の受付で入校許可をもらう。

 栗色の髪を後ろでまとめた爽やかな印象の教師に見送られて試験会場へ向かう。


 校内は遙か昔、ディスプレイ越しに見た以上に輝いて見えた。


 校門から入ってすぐ右手に見える近代的なデザインの食堂、レンガ張りの歩道の向こうに見える大きな第一校舎、左手にはそれが丸々大図書館であるとは初見ではまず気付けないであろう巨大な円筒状の建物が見えている。


 そんな風景をわくわくしながら眺めていると神経質な声で注意が飛ぶ。


「ちょっとあなた! さっきからふらふらふらふらと……邪魔よ!」


 振り返れば見覚えのある風貌の少女がスクールバッグを肩に掛け、腕を組みこちらを睨んでいた。


 テンプレ染みた金髪ツインテイル。

 目尻がキリっと吊り上がった様は顔の端正さも手伝い中々の迫力を醸し出している。

 身長は160の後半はありそうで女子にしては中々大柄だ。大きな胸やお尻、むっちりとした太もものせいで全体的にグラマラスな印象を受ける。


 ゆるシカのヒロインの内のひとり、ツンデレ担当の氷山ましろだ。

 ジョブは魔法剣士系、良く言えば物理も魔法もバランスよくこなせ、悪く言えばどちらも中途半端なサマル型。

 ストーリーをクリアするだけなら頼りになるが、やり込むなら足手纏い、そんな感じの女だった。


 今回の場合、完全にこちらに非があった為素直に謝罪する。俺が頭を下げると「まったく、気を付けなさいよね!」と鼻息荒く去っていった。


 思わぬところでヒロインとの遭遇イベントが発生したが、その後は普通に試験会場に行き筆記試験を受けた。

 黒板の前の教壇に向かって緩やかな傾斜のあるすり鉢状の講義室では一緒に試験を受けている人間がよく見える。


 ストーリー中盤に上級生にハメられて不登校になる綾瀬くるみや死んでしまうクラスメイトキャラの三橋和哉とか。

 ヒロイン以外にもダンジョンや学校の凄惨さをプレイヤーに印象づける為のネームドモブ達の姿が散見された。


 ちなみに筆記試験は超余裕だった。

 ステータスが上がっても発想力や常識力は身に付かなくとも記憶力は向上する。

 勉強をガチれば常人では有り得ないペースで知識を詰め込む事が可能だ。

 俺は大学受験はもちろん、前世では高校受験すらした事が無かったのでかなり真剣に勉強してしまったが、結論から言えば少しガチり過ぎたかな?と思えるぐらい簡単だった。

 これで落ちてたら学校を燃やすレベル。


 普通の学校だったらこれでおしまい!

 果報は寝て待て!と帰宅してダンジョンに向かうところだけど、当学園には実技試験があるので中時間の休憩を挟んでグラウンドに向かう。


 何?ミステリーサークルでも作んの?

 とでも聞きたくなるような馬鹿みたいに広大なグラウンドに受験者を10のグループに分けて試験が行われている。


 実技試験の内容は毎年変わらない。

 第一高校の三年生との模擬戦で実力を見せる事だ。


 三年に勝てるわけないだろ!って思うかもしれないけど、別に勝つ必要はない。

 どの程度戦えるか?それを見る為の試験だ……もっとも、属人的な内容の為あたりはずれが激しく、運が悪いと……



「があああああああっ?!!!!」



 寝取られモノの竿役でもやってそうな筋骨隆々なスキンヘッドの先輩が受験生の頭を踏み付け、踏み躙る。


「弱いな、弱い。あまりにも。よくこれで恥ずかしげも無く受験に来れたものだ。羞恥心がイカれてんのか?あ?」


 踏み付けられた受験生男子は悔しさと痛みからか涙を流しながらじたばたともがく。


 しかし、教員からの静止はない。


 この程度で教員がでしゃばる事などありえない。この高校はステータスホルダーを養育する学校であり、日常的に人が死ぬという狂った場所である。模擬戦の過程でささやかな言葉責めや怪我程度で止めていてはキリがない。

 

「ケッ、雑魚が……」


 竿役先輩がトドメとばかりに大きく足を振りかぶったのちに男子受験者の顔を正面から蹴り飛ばす。被害者くんは三度バウンドしたのち、取り囲んでいた受験者たちの眼前でピクピクと震えていた。女子はもちろん男子からも悲鳴と共に非難が上がる。


「ひ、ひどい……」

「人の心とか無いんか?」

「100人ぐらいレイプしてそうな顔してるし!やべえだろ!なんで捕まってねーんだよ!」


 そのうちの幾つが癇に障ったのか竿役先輩がブチギレる。


「お前ら、随分と威勢が良いな?だったらお望み通り連れ帰ってやろうか?あ?そこの女とかな……ふひひ」

「……ッ」


 竿役先輩のお眼鏡に適った綾瀬が怯えて後退る。やっぱりくるみちゃんは犠牲者枠なんだなーと再認識。


「次、受験番号114番、前へ」


 かわいい女の子にセクハラをかます問題児を無視して教員は淡々と実技試験を進行する。114番、自分の番号を呼ばれた為前に出る。


「ほう……なかなかかわいい顔じゃねーか」

「……」


 ニタァっといやらしく目を細め竿役先輩……改め両刀先輩が試験用の木刀を構える。


 ちなみに俺の外見が中性的だとか、そんな事実は一切ないのでガチな人だと思われる。


「おい、試験が終わったら校門で待ってろや、言う事を聞くなら多少は加減をしてやるぜ?」

「試験開始!」

「おい、聞いてんの……」


 いい加減不快だったので無言で前に出た。

 数メートルの距離を瞬時に縮め、木剣を突き出す。


 試験用の木剣は脆弱な両刀先輩の腹の筋肉と内臓を和紙でも裂くかのように貫通する。引き抜くと赤黒い血が渇いた校庭に斑を描いた。


 試験官の静止は無い。

 仕方ないので両刀先輩の襟首を掴み上げ地面に引き倒す。そして相手の背中を踏み付け縫い付ける。校庭の砂地が吸い切れなかった血が血溜まりとして広がる。両刀先輩の首元に木剣を突きつけ、質問する。


「殺すまでやらせるつもりですか?」


 すると試験官は無表情で


「そこまで。合格だ。次、115番、前へ」


 と宣言した。


 ……合格発表はまだ先なのに合格を言い渡されて困惑しつつも一礼してその場を去った。


◆◆◆◆



 例によって例の如く「新入生代表を変わってくれ事件」などの予定調和な事件があったものの無事入学式を迎えた。


 「新入生代表を変わってくれ事件ってなんだよ!」って思うかもしれないけど、簡単に言えばお偉いさんの娘が代表じゃないとメンツが立たないからさ、分かるよな?って学校側から半ば強制されて新入生代表を下ろされる……ある種のテンプレ展開のひとつだ。新入生代表とかダルかったので渡りに船だったわけだけど。


 この「ゆるシカ」の舞台である学園都市霧雨には七大名家っていう過去の栄光に縋っている金持ち集団が居て、今回はその七家のうちのひとつ、卯ノ花家の娘を代表にする為の話だったみたい。


「桜の花が咲き始め、草花の萌ゆる季節となりました。そんな時節に私達も本学へ入学いたします。本日は私達の為にこのような盛大な式を挙行して頂きありがとうございます。新入生代表として——」


 壇上では真面目そうな少女がやや緊張した面持ちで来賓や在校生に向けて挨拶の言葉を紡いでいた。


 前下がりボブの艶やかな黒髪。

 メガネは銀縁でファッション性は皆無、しかし、彼女の清楚で真面目そうな印象にはそれが自然と似合っていた。

 身長は低く、小柄で痩せ型。

 図書室で静かに本でも読んでそうなこの少女が件の七大名家の内のひとつ、卯ノ花家の三女である卯ノ花栞だ。


 彼女は主人公やヒロイン達と敵対関係になる、言ってしまえばライバル的なポジションのキャラだな。ゆるシカにあるまじき真面目でまともなキャラで敵役になるのも実家や周囲の人間とのシガラミのせいという……ある意味被害者ポジの人でもある。


【……私にどんな事情があったかなんて、被害に遭われた方々からすればどうでもいい事なんです。人にはそれぞれ事情がある。そんなのは当然で、免罪符には成り得ないんです……】


 死に際の台詞のせいで彼女が死んだ件についてネット上では賛否両論だったのを覚えている。ちなみに自分は賛成派。ゲームのシナリオ的には死ぬべきタイミングで死んだと思ってる。リアルになったこの世界でどうこうという話は現時点では言えないけれども。



 ゲームのUIが使える癖にスキップ機能が使えない事が恨めしく思えるほど長大な入学式を終え、これから長い事お世話になる「1-2」クラスに戻ってきた。


 そう、1-2。

 ゆるシカの世界に転生したんだから主人公が転入する予定の1-1(2年時に転入してくる為厳密に言えば2-1。基本的にクラスメイトが『不幸な事故』などで半数を割るなどの特殊な事情が無い限りクラス変えは行われない)に所属する事になると思ってたのに別クラスだったんだよ!


(おかげでクラスメイトが一人を除いて完全に初見、知識チートで厄ネタ回避がテンプレじゃないのかよ!)


 ゆるシカに「他のクラスを訪ねる、又は入室する」というコマンドは存在しない。

 他所のクラスの生徒で役割を振られた生徒は廊下、中庭、屋上などの室外に配置される。例外は部活や委員会で関わるキャラくらいか。


(ザッと見回した限り……奏ちゃんくらいしか見覚えのあるキャラは居ないな)


 俺は苗字の関係で目の前に座っている少女に目を向けた。


 七瀬奏。

 主人公が「ドロップアイテム研究部」に所属した際に知り合うサブキャラ。

 ゆるシカの「なんでお前がヒロインじゃないんだよ選手権堂々の第一位」の栄冠に輝き続ける罪作りな少女である。


 お姫様カットの艶やかな黒髪とヒロイン勢に負けない顔面偏差値。

 乳白色の艶やかな肌、無駄な肉が極限まで削ぎ落とされたモデルのようなスタイルの良さ、そんな近寄りがたい見た目に反して誰に対してもニコニコ笑顔で交流する姿に魅了されるプレイヤーは少なくない。


 だがしかし、このキャラ、普通に婚約者が居るのだ。そのくせ思わせぶりな態度を取ったり、距離感がバグってるとしか思えないやり取りをしかけてきたりとSNS上の一部界隈で人気のキャラだった。


「奏ちゃんと浮気したい」

「浮気した奏ちゃんは解釈違い」

「イチャイチャさせろとは言わんから婚約者死ね」


 などの怨嗟の声が定期的にトレンドに入っては話題になっていた。どうでもいい補足だが奏ファンの中でも過激派は女性に多いんだとか。


「ん? どした? なるみんも話混ざる?」

「いや、大丈夫、気にしないでくれ」

「そぅ?席近いし気軽に絡んで」

「あぁ」


 横の席の女子と話してた奏がくるっと首をこちらに向け絡んで来た。

 少し見過ぎていただろうか?


 七瀬奏は「直感」のユニークスキル持ちだから、もしかしたらそれで気付いたのかもしれない。ゲーム的には罠に気付いたり奇襲を察知する効果だったが、シナリオ中ではもっと汎用性のある感じで描かれていたのであり得る話だ。


 入学初日は担任も含めた自己紹介と生徒証の配布が行われ、その後寮に集団で移動して授業としては解散となった。

 解散とは言っても寮母さんが引き続き新入生を引き連れて寮内を案内する事になるので実質授業が続いているのと変わりないけど。


 国立迷宮大学附属第一高校は全寮制の学校である。よほど特別な事情が無い限りは全ての生徒が寮での生活を強いられる。

 寮は男子寮、女子寮、男女混合寮がそれぞれ複数存在する。寮にはグレードがあり迷宮探索の進行具合、若しくは迷宮資源の売却額に応じて上位グレードの寮に移る事が可能。

 ハイグレードの寮は部屋の広さや内装の豪華さはもちろん最新の魔道具の数々が備えつけられていて快適な住環境を実現している。


 ……要は良い暮らしをしたいなら死ぬ気で迷宮に潜れという話だ。実際に多くの生徒がグレードの高い寮を夢見て道半ばで死んでいく地獄みたいなシステムだけど。

 生徒からすれば寮のグレード=この学校での評価、カーストに相当し、しょぼい寮に留まっている生徒は見下され、最上位の寮に住まう事を許された生徒は天上人扱いだ。


 成績という数字的価値だけでなく、住環境という物質的な恩恵が与えられる事により生徒間の競争は激化し学校の思惑通り優れた生徒が産出されるわけだけど、一部の上澄み以外の生徒からすれば常に格差を見せつけられるストレスの絶えない環境だ。そこで奮起出来る生徒ばかりならまだ良かったけど、そんな上手く事が運ぶはずもなく……



 寮の案内がひと通り終わると夕食には良い頃合となった。今日は入学初日という事で在校生による新入生歓迎会が催される模様。

 実は新入生歓迎会はゲームでは描写される事が無かったので完全に初見だ。

 主人公は二年生時に転校という形で入学するので、まあ新歓に参加するわけがないのは当然と言える。


 第一高校には複数の食堂が存在する。

 それぞれの寮の一階と校舎内にひとつずつと敷地内に点在する5つの食堂がある。

 

 新歓は校門から見えていた近代的なデザインの食堂——通称・大食堂で行われた。

 案内していた寮内にも食堂があるにも関わらずわざわざ移動した理由は単純にキャパシティの問題だった。全学年、ほぼ全生徒を同時に収容出来るのはここぐらいのものだった。


 大食堂内は芋を洗うような賑わいを見せている。行った事は無いけど、前世に画像で見たコミックマーケットに迫る勢いの人口密度だ。大食堂内で新歓を行うのは恒例となっているようで、全体に対する挨拶や告知をする為の壇が用意されており、入学式に比べれば幾分フランクな歓迎の挨拶と部活動や委員会の説明会が行われていた。


 ちなみに自分は部活にも委員会にも参加する予定はない。そんな事する時間があるならダンジョンに潜る方が建設的だからだ。


 いい加減ダレてきた説明会が終わると豪華な夕食が机の上に突然現れた。

 これは特定の空間内で指定された物体を転移させる事が出来る、最新の限定的空間魔法技術だ。まだ転移出来る座標は固定だし、転移出来る質量にも限りがあるとはいえ、属人的な分野であった高難易度魔法を技術的に再現する技術として世界的に注目されている技術。


 テンションが落ちつつあった新入生達にとってこの見慣れない手品は盛り上がるのに充分な催しだったようで場内からは拍手と歓声が上がった。



◆◆◆◆◆


 どうしてこうなった……

 俺は内心頭を抱えた。


「なるほど、中学生の頃からダンジョンに潜られてたんですね。どおりで……」


 ふむふむと隣に座りつつ関心した様子を見せるのは新入生代表を俺の代わりに務めた卯ノ花だった。

 彼女曰く新入生代表を譲って貰ったお礼を言いに来たそうだが……そのまま隣に居座りあれこれと絡まれ続けていた。


「それってアレでしょ? めっちゃ厳しい試験で受からないと駄目な奴! なるみん超エリートじゃん!」

「スゴいね、やっぱり何回か受けたの?」


 それに加えて逆サイドからは七瀬と、教室で仲良く話していた女子の佐々木も混ざってきてしまう。


 実は卯ノ花と七瀬は親友なのだ。

 少なくとも一年生時は。

 なので卯ノ花と話していた俺のところに七瀬が来るのはそこまで不自然では無いのだが。


「中1の春に受けてそのまま受かったよ。探索者になるのは昔からの夢だったからいろいろ頑張ったんだよ」


 もちろん嘘だ。

 周りがレベル5から6程度の中レベル30で実技試験を受けた。落ちる心配なんてするはずがないし、それに向けて特別な用意などするだけ無駄だ。


 結局そのまま新歓が終了するまで3人と話していた。何故新入生代表を務めるほどの才女である卯ノ花がずっと絡んで来たかを知るのはそれから数日後の事だった。

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