27話「少年は無事に世界へと戻る」

 優司が三階へと駆け上がって幽香の元へと向かうと、先程まで彼が感じていた裏世界特有な雰囲気はまったく感じられなかった。即ち表の世界に戻ってこれたことを優司は確信する。


「幽香大丈夫か! 影は俺が祓ったぞ! ……ってえ?」


 彼が3-Bの教室の前へとたどり着いて扉を勢い良く開けて声を掛けると、そこには幽香以外にも意外な人物が佇んでいた。


「ふむ、影を祓ったのか。流石は犬鳴の名を持つ者だと言っておこう」


 そう、その声の主は篠本先生である。彼女は幽香の隣で両腕を組んで仁王立ちしているのだ。

 そして一体なぜこの場に篠本先生が居るのかと優司は疑問を抱くと、


「せ、先生がなぜこの場所に……?」


 と聞かずには要られなかった。

 すると篠本先生は咳払いしたあと視線を彼へと向けて口を開く。


「ああ、実はだな。お前達がこの旧校舎に入って暫くしたあと、三階から異様な雰囲気を感じ取ってな。急いで来てみればお前達二人の姿は何処にもなく、まるで”神隠し”にでもあったような事から周囲を警戒していのだ。そうしたら……何の前触れもなくここに幽香が現れて、お前が来たと言うことだ」


 どうやら篠本先生は二人が裏の世界に連れて行かれた時に異変を感じ取っていたらしく、直ぐに周囲の警戒をしていたらしい。

 しかし彼女が警戒しかしなかったと言う事は裏の世界には入れなかったと言う事だろうか。


「せ、先生は裏の世界には入れなかったんですか? 俺と幽香は同タイミングで入れましたけど……」


 先生ぐらいの実力があれば裏の世界ぐらい容易く入れるだろうと優司は思って質問を投げ掛ける。


「無理だな。裏の世界には特定の条件下でしか入れない事ぐらいは知っているだろう? それに今回、お前達が裏の世界に入ったのには恐らく……というよりこれが理由だな」


 そう言って篠本先生は優司から顔を逸らすとそのまま札が置いてある台へ近づいた。

 そして徐に一番上の札を手に取ると、それを幽香と優司に見せるように前へと突き出した。


「そ、その模様は一体……?」


 けれど札を見ても優司には何が書いてあるか理解出来なかった。


「優司、これは呪いの一種だよ。あの札の裏に書かれている模様は周囲に悪霊を呼び寄せる為のものだ。つまり何者かが札に細工を施して周囲に悪霊を呼び寄せて、僕達を裏の世界へと行きやすいようにさせたんだ」


 しかし幽香には札の裏に書かれてる模様の正体が分かるらしく、それを呪いの類いだと言い切った。そして彼は続けざまに何者かが仕組んで裏の世界により入りやすくなるような環境を整えた事を言ってきた。


「そうだ。大体の事は幽香の言っている事で間違いない。……信じたくはないが一組の中にこれを仕組んだ奴がいるかも知れない。というのも私がこれを置いた時に全部確認したが、その時は呪いの類は無かったと断言できる。ならば他に考えられるのは必然的に、お前達の前にこの旧校舎に入った者達が怪しいだろう」

 

 篠本先生は眉間の間を指で抑えながら一組の中に二人を狙った人物が居ることをほのめかしてくる。だがそれが本当なら一体なんの意味があって自分達は狙われたのだろうかと言う当然の疑問が優司の頭で湧くと背筋が冷えた。


「まあ……取り敢えずこの話しは一旦終わりだ。ここで続けてもしょうがないからな。あとは教員達での対応となる。お前達に不安を抱えさせたままになるが暫く待ってて貰いたい」


 手に持っていた札をポケットに入れると篠本先生は二人の軽く頭を下げてこの話を終わらせた。

 確かにいつまでもここで話していても解決する事ではないだろう。今は何事もなかったかのように旧校舎を出て、この授業を終わらせる事が大事だと優司は分かっていた。


「こちらこそ……お願いします」


 篠本先生に向かって頼み込むようにして頭を下げる優司。


「先生、必ず犯人を特定して下さい。優司をこんな危険な事に巻き込んだ犯人を……僕は許すことが出来そうにありませんから」


 そして幽香は篠本先生に強めの口調でそう言い放つと、見れば彼の右手は握り拳を維持した状態で震えているようだった。だが優司はそこで幽香が無事だと言うことを再認識すると、そっと自身の胸を撫で下ろす事が出来た。


「……努力しよう。さあ、さっさと除霊具を収めてグラウンドに向かえ」

「「はいっ!」」


 篠本先生の言葉によって旧校舎を出るように言われると二人は返事をしてから、その場を後にするのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――それから二人が一緒に旧校舎を出ると、まるでそれを待っていたかのように横から裕馬が腕を優司の肩に回して話しかけてきた。


「お疲れさん二人とも。やけに帰りが遅かったが、篠本先生が中に入ったのと何か関係してるのか?」 

「ああ、まあな。だけど、どうしたんだ急に?」


 しかし優司の脳裏に先程、篠本先生に言われた一組の中に仕組んだ者が居るという言葉が過ると例え志が同じ友達でも疑いの心が向いてしまう。

 それは彼だけではなく幽香も同じなのか神妙な面持ちの様子である。


「いやな。実は俺さっきまで旧校舎の方をずっと見ていたんだが、急に銃撃音が聞こえなくなって何かあったのかと心配してたんだよ。……っと噂の銃撃音の正体はそれか?」


 裕馬はそう言って視線を落とすと優司の腰へと向けていた。

 どうやら彼は単純に中で何かあったのかと心配しているだけのようで、優司は少しだけ警戒心を解くと裕馬に自身の除霊具を紹介することにした。


「そうだ。これが俺の除霊具【CZ75 SP-Duch】……まあ父さんが使っていなかったやつを適当に借りてきたんだけどな」


 優司が腰のホルスターから拳銃を一丁取り出して見せる。


「お、おぉ……なるほど。でも拳銃タイプの除霊具か格好良いな。俺なんて組み立て式の槍だぜ?」


 裕馬は瞳を輝かせて拳銃を褒めると同時に自身の左手を振って手首から槍を出現させていた。


 実は優司の除霊具は彼の父【犬鳴遊作】の物であるのだが、その除霊具はずっと鳳二が預かっていて、いつまで経っても取りに来ない事から彼が譲り受けたのだ。


 そして裕馬が手品のように除霊具を出すと優司は唖然としてしまっていたが、ここで沈黙を保っていた幽香が口を開く。


「ほう、お前のようなガサツな人間に繊細さが要求される槍とはな」


 その口調は若干辛辣なものではあったが、彼はしきりに裕馬の左手首に視線を向けては手品のような出し方に興味あるようだった。


「相変わらず優司以外には言葉に棘があるな……。っといかんいかん。篠本先生が戻ってきたみたいだな。んじゃ、またあとでな」


 裕馬が視線を旧校舎の出入り口へと向けて二人に篠本先生の存在に気づかせると、その言葉を最後に列へと戻っていく。


「ああ、またあとで」


 優司も除霊具をしまうと幽香とともに列へと向かう。どうやら裕馬と話している間に既に一組は列を作っていて、篠本先生が来るのを待っていたみたいだ。 


 ――それから篠本先生が一組全員が並んでいる前へと立つと両腕を組みながら口を開く。


「まずはお疲れと言っておこう。この旧校舎での戦いは、お前達に任務を与える際の参考とさせて貰う。途中でリタイアした者については放課後の補習をこなせば問題ないだろう。……以上で授業を終える。解散」


 あの旧校舎での戦いは今後、優司達が受ける任務のレベルを測るための意味もあったらしく、リタイア組についてもちゃんと救済処置はあるらしい。

 そして篠本先生は当然のように優司と幽香が裏の世界に行っていた事は話さなかった。


「「「「はいっ! ありがとうございました!」」」」


 解散と言われて一組の全員は返事をすると、そのまま教室へと向かうのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「はぁ……。やっと昼休憩となった訳だが心配事が多すぎて食欲がなぁ」

「仕方ないよ優司。あとは先生方がなんとかしてくれる筈だから、今はそれを待つしかない」


 教室へと戻った二人は除霊具を専用の物に入れて保管すると、昼食を食べる為に食堂へと来ていた。二人は丸いテーブル席を選んで座ると優司はカレーライスで幽香は炒飯を購入して、それぞれの料理が机の上に置かれている。

 

「まあ確かにそうだけどさぁ。……ん~、カレーライスはどこで食べても味は変わらないなぁ」


 優司は旧校舎での出来事が気になりがもカレーライスをスプーンで掬って一口食べる。


「ところでさ。影と戦ってみてどうだった?」


 すると幽香がお茶を飲んでから唐突にも質問をしてくる。


「ええ? 急にどうって言われても……」


 余りにも唐突な事に優司はスプーンを持つ手が止まるとその質問の意味は一体何かと考え始めた。

 

「……実は優司には敢えて言わなかったんだけど、影自体はB級でも影の元となる人物が優れていたらその限りじゃないんだ。例えば軍人や警察といった者の影なら知識も戦闘経験も豊富で、一気にA級までいくんだ。つまり影は元となる人物によってランクが変動するんだ」


 答えが出ないままでいると幽香が影についての新たな情報を話してきた。

 それは一歩間違えれば優司は負けていた可能性のある話であった。


「まじかよ……。あの時、それ聞いてたら俺はビビってたかもな……」


 優司は動揺を落ち着かせる為にもお茶を飲もうとコップを手にする。


「でしょ? だから敢えて言わなかったのさ」


 幽香は口角を上げて微笑みながらそう言って再び炒飯を食べ始めた。そして優司がお茶を飲みコップを机に置くと何気なく食堂に置かれているテレビへと視線を向けた。


「お昼のニュースをお伝えします。今日、午前十一時頃、某小学校の小学六年生と見られる男児が理科室にて死亡しているのが発見されました。原因は依然として不明ですが男児が倒れている周辺には、床に倒れて砕けて散乱している状態の骨格標本や人体模型があり警察は因果関係を捜査中途のこと。さらに床や壁になにかが抉ったような、まるで弾痕のようなものまであり某小学校は当分間は安全面を考慮して自宅での授業となるようです。以上で今日のお昼のニュースを終わります」


 テレビに映るアナウンサーがそう淡々と今日の出来事の一部を話していくと、優司は不思議と見覚えるのある光景が視界に映った。

 それは骨格標本や人体模型が床に散って散乱している場面や弾痕の跡だ。


 ……いずれも優司はしっかりと覚えている。

 あの骨格標本と人体模型の壊れ方は裏世界で自分が破壊した時の同じ壊れ方なうえに、弾痕のあとも自分が撃った時に出来た場所と一致することを。


「まさかな。気のせいだろ、ははっ……」 


 優司は力なくそんな声を出して笑うと残りのカレーライスを食べ進めて考えるのを辞めた。

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