26話「怒れる少年に慈悲はない」

「ああ、クソがっ! どこを探しても居るのは小物の悪霊ばかり……本命の”影”は何処にいるんだよ……」


 優司が三階の空き部屋を全て確認し終えて項垂れていると、まだ探していない場所は何処かと焦る脳内で答えを導き出そうとしていた。


 しかし考えている間にも幽香は影の残滓によって取り込まれていると思うと、彼は考えるよりもとにかく行動したほうが良いのではと纏まらない思考が入り乱れて頭の中は滅茶苦茶になった。


「はぁはぁ……。いや……待てよ? 俺は何を三階に拘っているんだ? ここは旧校舎だぞ。ならば一階や二階、他にも理科室や家庭科室だってあるじゃないか。……影を見たのがここだったから三階に居るものだと俺は勝手に思い込んでしまっていたのか……」


 優司は重い足取りで三階の廊下を歩いてると視線が不意に階段へと向かうと、自身が勝手にここに影が居るものだと思い込んでいた事に気が付いた。恐らく焦りからくる思考麻痺のようなもので、単純な事でさえ思い浮かばず視野が狭くなっていたのだろう。

 

「よし……ならば次は二階にある教室と理科室だな。待っていろ幽香、直ぐに助けるからな!」


 そう改めて決意すると彼は階段を一気に飛び降りて二階の床へと足を付ける。

 着地した際に多少の痺れが両足を襲ってきたが耐えられるほどであり、そのまま走って教室を開け始めた。


 ――――だがしかし、


「っ!? あ、あぶねえ!」


 優司が2-Eクラスの扉を開けた瞬間に目の前から勢い良く巨大な三角定規が二個飛んできたのだ。余りにも唐突な事で反応が遅れてしまい、もはや避ける事は不可能。

 ならばと彼は両手に持っている拳銃を構えて銃弾を放ち、向かってくる定規を破壊する事にした。

 

「おらっ! たかがポルターガイスト如きで俺を止められると思うなよ! 本気で俺を止めたければ直接出てこい!」


 自分に向かって一直線に飛んでくる三角定規に銃弾を放って破壊して止めると優司はそのまま周囲に向けて声を荒らげた。大方このポルターガイストは影の仕業だと彼は見ているのだ。


「チッ……まただんまりかよ。だが確実にヤツに迫っている事は分かったな」


 声を荒らげた時点で再び物が襲ってくる気配はなく、優司はその教室を後にすると廊下に出て深呼吸してから理科室へと目指して走り出した。


 その理由としては理科室からは先程までのと比べ物にならないぐらいに禍々しい雰囲気が漂っているのだ。それは三階の3-Bクラスと同等に匹敵するぐらいに。


「んだよ、しっかりと俺を待っていてくれたって訳か? 意外と気が利くじゃないか」


 優司の視界に家庭科室と書かれた木札が入ってくると、その場で足を止めて扉に手を掛けた。

 さっきはこのまま突っ込んで奇襲に遭った事から今回は慎重に行こうと思ったのだ。


「確実に……ここには影が居る。そして他にも悪霊の気配を感じるが……これはゲイザーのものとは違うな」

 

 扉に手を掛けて意識を集中させて周囲の霊力を感じ取ると、どうやらこの理科室の奥には少なくとも影の他にもう一体別の悪霊が居る事が優司には何となくだが分かった。 

 

 ……だがそんな事で一々足を止める理由にはならない。

 一刻も早く影を祓って幽香を助けるという目的が彼にはあるからだ。

 

「はっ……待たせたなぁ悪霊共がぁよ!」


 そう言って扉を開けようとした優司は土壇場で手を離すと右足で思いっきり蹴り込んで扉を吹き飛ばした。それも劣化していた木製の扉だったこそ出来る芸当で、何も律儀に手を使って開ける必要ないと彼は考えたのだ。


「俺だけが不意打ちを食らうのは気に入らないからな。俺もやらせてもらったぜ!」


 それは単純に先程の奇襲攻撃に苛立っての事であり、ただ単に扉に向けて八つ当たりしただけである。そのまま優司は理科室へと躊躇なく入っていくと目の前には、理科室には必ずと言っていいほど置いてある骨格標本が吹き飛んだ扉の下敷きとなり砕け散って床に散在していた。


「ああ、なるほど。やはりまた奇襲でもしようとしていた訳だな。……つまり影は俺を恐れている状態って事か」


 優司は床に転がっている標本の破片を踏みながら周囲に視線を向けると、影がどこに隠れているか探し始める。

 

 幽香曰く影は闇を移動すると言っていた事から暗闇が出来る部分が怪しいと考えて、彼は用具入れのロッカーに狙いを定めて一発の銃弾を放つ。

 するとロッカーを貫通した銃弾が何かに当たったのか中から、


「縺ゅ=縺∫李縺?李縺?李縺!」


 と言った人には理解できないような音が聞こえてきた。

 

 やはり優司の狙い通り影はロッカーの闇に潜んでいたのだ。

 なんて単純な場所に潜んでいるのだろうかと、彼はまるで小学生と隠れんぼをしているような気分であった。


「なに言ってるかわかんないが、もうお前を逃がすことはないぞ。完全に捉えたからな」


 優司は左手の拳銃を向けて続けて二発目の銃弾を放とうとする。

 ――――がしかし。


「な”っ”ぁ”!?」


 それは突然、背後から何かが突撃してきて体制を崩されると彼はそのまま腹から床へと倒れ込んだのだ。一体何事かと優司は直ぐに後ろを振り向こうとすると、視線の先には人体模型が馬乗りとなって拳を上げて振りかざそうとしていた。


「しまった……骨格標本があるなら人体模型もあるべきだと予測しておくべきだったな……。しかし、その程度の不意打ちで俺が根を上げると思うなよ」


 優司は左手を使って体を少し上げると、そのまま体を捻って銃口を人体模型へと向ける。

 刹那、人体模型が握った拳を彼の顔をへと向けて振り下ろしてくると優司は引き金を引いた。


 ……そして人体模型の顔の真ん中に一つの小さな穴が開くと、糸が切れたかのように崩れて動かなくなった。


「ったく……余計な弾を使わせるんじゃないよ。これだってただじゃないんだからさ」


 崩れた人体模型の破片を退かしながら文句を吐いて優司は立ち上がると、改めて視線を影へと向ける。


「……まじかよ。どこに行った?」


 しかし既に影の存在は何処にもなく優司はまた逃げられたのかと一瞬考えるがその行為は隙を生むだけであって、


「ッ!? ぐぬぁ……な、なるほど利用しのか……それを……」


 一瞬の隙を突かれると崩れた人体模型の破片の隙間から影の腕が出現して首を鷲掴みにされたのだ。闇を移動することが分かっていたが、それは流石に優司とて予想外であった。

 そもそも初見で戦っている事から幽香と違って全ての予測は不可能なのだ。


「ははっ……だけど、お前馬鹿だな。そっちから出てきてくれるのなら手間が省けるというものだ……」


 優司は息が吸えない事で掠れた声になるが左手に持っていた拳銃を落とすとポケットから護符を取り出して影の腕へと貼り付けた。

 すると彼の首を掴んでいた手は力を無くしたのか、その場で固まった。


「はぁはぁ……危ない危ない。そう言えば幽香から事前に護符を何枚か貰っていた事をすっかり忘れていたぜ」


 優司はそう言いながら息を整えると再びポケットから数枚の護符を取り出して壁や床へと張って一種の陣をその場に組み上げた。

 そうする事で影が闇を使ってこれ以上移動出来ないように理科室に固定したのだ。 


「この護符ってのはな。幽香が言っていた限りでは悪霊に貼り付けて一時的に動きを封じたり、こうやって囲むようにして貼ると悪霊をその場に留める事が出来るらしいんだ。……まあこんな事をお前に言っても分からない思うけどな」


 全てを貼り終えて優司が部屋の真ん中へと立つと、先程まで護符によって固定されていた影の腕が動き出して貼っていた護符が燃えて塵となった。恐らく効力を失って消滅したのだろう。


「さあ、出てこいよ影。こっちは幼馴染を奪われかけて滅茶苦茶、苛立ってんだよ!」


 拳銃を拾い上げて両手に構えると優司はこの部屋に必ずいる影に向かって叫ぶ。


「縺ェ繧薙〒縺薙s縺ェ縺薙→繧」


 すると影は直ぐに反応を示してきて奇怪な音を出しながら彼の目の前に姿を現した。

 その奇怪な音はまるで何かを訴え掛けてきているようにも優司は感じられたが短く溜息を吐くと、


「……ごめん。やっぱり何言ってるか分かんねえや。もういいよ静かにしてて」


 そう冷たく言い放つと影を祓うために引き金に指を掛けた。


「雖後□繧?a縺ヲ繧茨シ?シ――」


 影が何かを言いかけたようだが優司はそれを無視して、眉間らしき場所と心臓の位置に銃弾を一発ずつ放つと静かにさせた。


 そして二つの穴が空いた影はその場に倒れ込むと、微動だに動く素振りを見せずそのまま手足から徐々に消滅し始めた。


「まったく……無駄に校舎を走らせやがって。……っていかんいかん! 急いで幽香の元へと戻らねばっ!」


 影の驚異が去った事を見届けると優司は急いで理科室を出たあと、三階へと通ずる階段へと向かって駆け上がろうとするのだった。

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