15話「三大名家、この学園にて集結」

 新入生あるある行事の一つでもある、自己紹介というイベントが発生すると次々とクラスメイト達が趣味や名前を言っていき、ある程度だが優司は名前と顔を覚える事が出来た。

 

 だがそれは朧げなもので完全に名前と顔が一致している訳ではない。

 どちらかと言えば名前を覚えるのは苦手な方なのだ。そして一通り自己紹介が終わると残すは優司と幽香だけとなった。


 ちなみに名簿順とかではなく、先生がクリップボードを見ながら指名してからすると言うやり方なのだ。実に大雑把ではあるが順番が最後になったことで優司はどういう風に自己紹介するべきか案が練れたのでラッキーでもあった。


「えーっと残すは御巫と……ほう、なるほどな。これは面白い。では次は御巫幽香だ」


 右手に持っているクリップボードに目を通して意味あり気な事を先生が呟くと、その言葉は全員に聞かれているだろう。

 何故なら後ろの席を選んだ優司の元までその微笑むような声は届いたのだ。


「は、はいっ!」


 そして指名された幽香は何処となく体を震えさせながら表情は石のように硬くさせて席を立った。最早これは説明すら必要ないだろう。

 そう、幽香は目に見えて緊張というのを体全体を使って表しているのだ。


 優司はそれを隣の席から見守る事しか出来ないが、自己紹介なんて名前と好きな食べ物ぐらい言っておけば直ぐに終わるものだと幽香の心に訴え掛けた。……無論、通じるはずもないのだが。


「では自己紹介を頼むぞ。テーマは……そうだな。名前と好きな人は居るかどうかだな」

「えっ!? ……わ、分かりました」


 先生から自己紹介のテーマを言い渡されると幽香は額に汗を滲ませているように見えたが、あれは多分だが冷や汗というものだろうと優司は予想した。


 しかし彼はそれよりも、幽香に向けらている禍々しい雰囲気の数々の方が気になってしょうがない。それは断じて悪霊の類のものではないが、幽香が席を立った瞬間に増したのはどういう事だろうか。取り敢えずとして優司は一旦その場の様子を伺う事を選ぶ。


「は、初めまして御巫幽香です。こんな見た目と名前ですがちゃんと男です。……あ、あと……その、好きな人はいます……」


 幽香が恥ずかしさが頂点に達したのか顔を赤らめると、手をもじもじとさせながら到底男は思えない少女のような仕草をして自己紹介を終えていた。……だがその瞬間、圧倒的なまでに教室内には黒紫のような禍々しくも、どんよりした雰囲気が一層ましたように優司は感じられた。


 ……もしかしてだがこの異様な雰囲気の正体はクラスメイトからのものではないだろうか。

 その理由としては現在進行形で他の男子や女子達が全員幽香の方に顔を向けているのだ。

 優司は周りに視線向けてそれを確認すると、やはりこの禍々しい雰囲気の正体はこれだったと気づいた。


 だが一体なぜそんなにも幽香に視線が集まるのだろうかと彼は悩んだ。

 別に幽香は容姿端麗で自らが男と言わないと分からないほどの美しい男子というだけの事なのにと。しかしそんな事を思案していると、真ん中の方の席から男子の声が聞こえてきた。


「はいはーい! 質問、質問したいでーす!」


 とある男子が質問したいと盛大に主張しながら挙手をする。


「質問か……うーむ、時間にはまだ余裕があるな。よし、許可する」


 先生は壁に掛かっている時計を横目で確認していた。

 まだ時間があるとはいえ、そこに幽香の意志はあるのだろうか。


 優司は不遇な彼に視線を向けると……幽香の目は既に死んでいるように光が無くなっていた。

 まさか自己紹介ごときで質問されるとは思ってもいなかったのだろう。


「えっと、それで質問は……ずばり御巫さんは本当に男なんですか!!」


 椅子を引きずりながら席を立つと、その男子はまるで幽香の性別を疑っているような質問をしてきた。そして幽香は口元を歪ませて嫌そうな表情を浮かべていたが何とか口を開くと、


「なっ……さ、さっきからそう言っているだろう! 僕は列記とした男だ!」


 そう力の篭った声で言い返していた。だがその刹那、彼が男と名言した時に一部の女子と男子が肩をビクッと反応させていた事を優司の瞳はしっかりと捉えていた。


「そそ、そうだよね。ご、めんなさい。……それと最後にこの質問を! 好きな人って男だったりします?」


 幽香の怒声混じりの声に流石にこれはまずいと思ったのか彼は直ぐに謝りはしたが、矢継ぎ早に禁断の質問も投げてきた。それは幽香が男が好きなのかどうかと言う質問だ。


 正直、男に向けて男が好きかと聞くのはこのご時世変な事ではないが些か頭が混乱しそうになるのも事実だ。

 

「馬鹿な事を聞くな! そんな質問に答える訳がないだろ! これ以上変な事を聞いてきたら去勢してやるから覚悟しておけよ」


 ここで幽香の中で何かが吹っ切れたのか先程までの緊張していた表情は消えて、目を鋭くさせながら怒りのオーラを放っている様子だ。


 だけどその横では優司が、この数分でここまで幽香を怒らせるとはあの男子は一体何者なんだと別の意味で気になっていた。

 

「ふっ、そこまでだ二人とも。そういうプライベートな質問はこのあとの自由時間にでもしてくれ」


 だがここで先生から質問タイムを打ち切るような言葉を言われると、二人は口を閉ざして椅子へと腰を下ろしていた。優司はここで幽香に何か声を掛けるべきかとも思ったが、今は気が立っているからそっとしておく方がいいのではと出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「次の者で自己紹介は最後となるが……。これはどういう事なんだろうな? さあ、立て優司。お前の番だ」


 先生が口角を上げて含みのある言い方してくる。


「「「えっ……、えっーー!?」」」


 彼女の言葉を聞いた途端に教室内では全員が大きな声を一斉に上げて反応していた。

 だがそれも必然の事と言えるだろう。


 入学式でも天草家が登場して同じ反応と声が聞こえていた事から、こうなることも優司自身は少なからず分かっていたのだ。それは考え方次第では自意識過剰なのかも知れないが。


「嘘だろ? あの犬鳴家の人間がこんな平凡そうなヤツなのか?」

「あれが三大名家の一つ、犬鳴家の人……。なんか天草家の人と違って貫禄がないね」

「しっ、そんな事言ったら失礼だよ!」


 優司は変に注目を浴びながら席を立つと、周りからは小声ながらもその言葉の数々が自身の耳へと聞こえてきた。だがその多くは天草家の時と違って好印象とは違うように見える。


「静かにしろ全員。色々と言いたい事はわかるが今は抑えろ。それで、犬鳴の自己紹介だが……趣味と自身が使う除霊具について話せ」


 先生がざわめくクラスメイト達に対して一喝する。


「……あ、はい。分かりました!」


 するとたちまち小声で聞こえていた会話の数々がぴたりと収まった。

 それからタイミングを見計らうと優司は言われた通りに趣味と除霊具について話し始める。


「初めまして犬鳴優司です。正直三大名家とかよく分からないので、逆に色々と教えてくれると嬉しいです! それと趣味ですが……特にこれと言ったものがないので適当に人間観察と言っておきます。あ、あと自分が使う除霊具はです!」


 自身の名前を改めて言いつつ軽く頭を下げると、趣味はなかったので思いついた言葉を適当に言っておくことにした。だがその際に周りの女子達が一瞬、顔を歪めたのは恐らく気のせいだろう。

 ……それから彼が使う除霊具は”拳銃”タイプの物であり、特殊な弾丸を用いて戦うのだ。


「人間観察が趣味か。なるほど……犬鳴の人間は随分と変わっているようだな。だが拳銃タイプの除霊具を選ぶとはその血に逆らえないと見える」


 手に持っていたクリップボートを教卓の上に置いてから先生は静かな瞳を彼に向けてくると、その言い方に優司は違和感のようなもの覚えた。

 まるで犬鳴という家柄を知っているようなその口振りに。


「えっ、先生は俺の家についてな「はい! 質問したいでーす!」」


 そこで優司は何か自分の家の情報について得られるのではないかと聞き返そうとしたのだが、それは突然な女子の声により遮られてしまった。


「質問か? ……時間が少ないから手短にな」


 HRの終了時刻が迫っているのか先生は早めにするように言う。


「分かりました! それで質問はね、あの三大名家の中でも異端と言われる犬鳴だけど、本当にキミがそうなの?」


 女子は席からゆっくりと立ち上がって優司の方へと顔を向けて尋ねきた。

 だが異端と言われているとは一体どういう事なのだろうかと彼は思う。

 

 というより本人ですらつい最近まで、そんな三大名家の一人だと言う事実すら知らなかったのだ。ならばそんな質問をされても彼には自分が犬鳴という証明なんて出来るわけもない。

 あるのは紛れもないこの苗字だけである。


「す、すまない……。異端とか本当とか聞かれても俺にはいまいち分からないんだ」


 優司は髪を掻きながら本当の事を言う。なんせ何も知らないから故に下手な事は言えないと思ったのだ。もし間違った事を言って問題を起こしたら面倒事になることは目に見えている。


「ふーん、三大名家の名を持っているのに分からないんだ。それはちょっとおかしいね。……ねぇ、キミは何の目的でこの――」


 優司の煮え切らない返事は彼女にとって不満だったのか再度質問してくると、


「おい、プライベートな質問は自由時間にしろと言っているだろ」


 それは先生の冷静な言葉によって遮られてしまう。


「……失礼しました。以上です」


 するとこれ以上の質問は無理だと思ったのか彼女は静かに椅子へと腰を下ろしていた。

 それを見て優司も複雑の気持ちのまま席へと座る。

 

 彼女は一体なにを彼に聞こうとしていたのだろうか。

 ……ただ分かっているのは彼女が濁った瞳をしていたという事のみだった。


「これで全員自己紹介は終わったな。よし、ではこれにて今日のHRは終わる、あとは自由にしてくれ。基本的な設備は事前に受け取っているであろうパンフレットに書いてある。……まあこの学園内で遭難することはないと思うが”霊魂室”という場所には近づかないように」


 そう言って先生がHRを終わらせると、このあとは各自で学園内を見学をする流れみたいだが霊魂室とはなんだろうかと優司は気になった。まるで響きが霊安室みたいな感じで、雰囲気的にあまり良さげじゃない場所というのは何となく察しが付く。


「あのー。先生の自己紹介がまだですー」


 と、そこへ一人の男子が声を上げた。


「ん、そうだったか? それはすまない。私はこの一組を担当する【篠本千秋しのもとちあき】だ。以上、質問等は一切受け付けないからな」


 先生は流れるように自分の名を言うと早々に教室を出て行った。しかもご丁寧な事に質問責めに会う前に出て行ったのだ。この一切の無駄のない動きは数々の経験からなせるものなのだろう。

 

 そしてまたもや驚愕の事実を知った一組全員の反応は様々だった。

 一人の男子は目を丸くして固まり、一人の女子は両手を組んで神に祈りを捧げるかのように涙を流しているのだ。


 ――だが、そんな中でも幽香が放った言葉に優司は不思議と胸の中でざわめきを感じた。


がこの学園に揃っている……」


 その言葉は確かに事実であり、他にも学園があるのにも拘らずこうして名家は揃ってしまったのだ。これは何かの運命か……はたまた偶然なのか。

 その答えは不明だが、優司はこの学園でなら犬鳴の事を何か分かるかも知れないと思った。

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