10話「いよいよ、俺達は学園へと出発する」

 敬明から学園の説明を聞いてからまた日数がある程度経過すると、優司はやっと全ての特訓を終えて悪霊と戦う為の基礎体力と霊力を培う事が出来た。


 それに優司が日々無駄だと思っていた川に全身を浸ける特訓も、実は霊力を呼び起こす為のものだと幽香が言っていた時は流石の彼も度肝を抜かれていた訳だが。


 原理とかの方は詳しく分からないが、幽香がぼそっと言っていた限りでは昔から川というのは異界に近い場所とされているらしい。例えば三途の川とかが有名な所だろう。


 だから御巫家は代々川に身を浸けて異界に干渉する事で霊力を解放する特訓をしているらしい。

 確かに川というか水辺には幽霊が集まり易いと言われているぐらいで、あながち嘘ではないのかも知れない。


「ねえ優司、明日はいよいよ学園の入学式だ。また同じ学校に通えるなんて私は本当に嬉しいぞ!」

「ああ、そうだな! だけどその前に……今から急いで荷造りをしないといけないな……」


 学園入学を前日に控えた二人は今、部屋に散らかった衣類や教科書やその他諸々を見て気分が重くなっている。

 ……いや、幽香は現実逃避しているのかそこまで気分が重くなっている様子ではなさそうだ。


 しかしこの部屋の惨状を分かりやすく言うのなら、まさしく足の踏み場もない状況だろう。

 一体何故ここまで部屋が散らかってしまったのかと聞かれると、それにはちゃんと理由があるのだ。


「……あ、うん。そうだね。まさか名古屋第一高等十字神道学園が”全寮制”の学校だったなんて……。私もついさっき気がついたよ……すまない優司」

「気にするな。幽香のせいではない。それに今から荷造りすればギリギリ朝までには間に合うと思うしな」


 そう、幽香の言う通り学園は全寮制となっていたのだ。

 更に言うならば本当にこれは偶然なのだが、優司が風呂を上がってゆっくりと学園のパンフレットを見ていた時にそれに気がづいたのだ。


「よし、俺は衣類とスマホの充電器と……。って、思ったより荷物少なかったな」

「うっ……。私は男子用と女子用の下着と服がぁぁ……」


 横から幽香の悲痛な声が聞こてくるが、それは優司にもどうしようも出来ない事だ。

 だから彼は心の中で「頑張れ幽香、それ以外の事でなら手伝ってあげるからな」と呟いた。


「あぁっ……終わらない終わらない終わらない。終わらない!! 優司……すまないが手伝って欲しい……」


 幽香が半狂乱になりながら服と下着をキャリーバッグに詰めていくと、既にバッグの中はぎっちりと詰まっていて許容限界を軽く超えているようだった。


「ま、任せろ! 俺のバッグにはまだ空きがあるから、こっちに半分いれてくれ!」


 彼は直ぐに自分のバッグを開けて幽香に溢れている荷物を入れるように言う。


「くっ……すまない! ありがとう優司ぃ!」


 すると彼女は何故か、本当に何故か女性用の下着と服を入れ始めたのだ。


「……おい待て幽香。なぜ俺のバッグに女性用の物を入れるんだ。これでは荷物検査があった時に俺が女装趣味を持っているように思われてしまうぞ」

「大丈夫だ。何か言われても私の私物だと言えば問題なかろう」


 優司は妙に自信気な幽香の台詞を聞くと、それはそれで別の問題が起こるではと思えた。

 そもそも優司の方に男用の衣類を入れればそれで済むのだが、何で女性用のをそんなに多く彼の方に入れてくるのだろうか。


「ふぅ。これでばっちりだ優司! おかげ持っていく用の荷物が全部収まったよ! ありがとう!」 

「あ、ああそれは良かった。……俺は荷物検査がないことを祈るしかないか」


 幽香が次々と彼のバッグに衣類を詰めていと今更男用のと換えてくれとは言えなかった。

 何故なら幽香のバッグにぎっちりと詰め込まれた物をまた取り出して入れ換える作業は途轍もなく面倒な事だと優司は思ったからだ。


「大丈夫だ問題ない。寧ろそんな事言っているとになってしまうぞ。まあ、後の問題は学園に着いてからかな……」

「うむ、そうだな。俺と幽香が一緒の寮部屋になるとは限らんし」


 取り敢えず優司は学園側が決めた寮部屋の関係によっては、女性用の下着が入ったバッグを抱えて寮内を駆けて幽香の元へと届けないといけなくなるだろう。

 願うことなら幽香となるべく近い部屋になることを彼は切に思う。


「じゃあ今日はもう寝ようか。予定通りなら明日は朝から沼さんが迎えに来てくれる筈だからね」

「そう言えばそうだったな。では早く寝るとしよう。初日から遅刻は嫌だからな……」


 部屋に散乱していた数々の物が優司と幽香のバッグへと収納されると、やっと下の畳が見えて布団が敷ける準備が整った。


 二人は流れるような手際で布団をその場に敷いていくと、この部屋と地元も今日で最後なのだと優司は何だが胸に込み上げてくるものを感じていた。


 日々の特訓は辛くて苦しいものであり、地元は田舎だけど長閑で過ごしやすい場所だったと彼は今全てに対して感謝の念でいっぱいだ。


「俺はここでの経験や思い出を決して忘れない。次ここに戻ってくる時はアイツら三人と一緒にだ」


 優司が声に出しながらそう心に誓うと、


「ん? 何か言ったか?」


 幽香が自分の布団に入りながら顔を覗かせきた。


「いや何でもない。さあ寝るとするぞ! もう時刻は深夜の一時だしな!」

「うん。おやすみ優司」 

「ああ、おやすみだ幽香」


 二人は寝る時の挨拶を交わすと幽香が部屋の電気を切って真っ暗な空間となった。

 この物音一つしない静寂な夜や、お寺特有の甘い線香の香り。

 それら独特な風情は思いのほか優司は好きで、きっとこの経験は生涯忘れる事はないだろう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 



 それから優司が意識を闇に落としてどれぐらい時が経過したのだろうか。

 何やら彼の耳元ではけたたましい声が鼓膜を刺激してくる。


「起きてくれ優司! もう沼さんが外で待っている! ほら急いで起きてってば!」


 その声と共に優司は体を揺すられている事に気づくが、いまいち体に力が入らない。

 というより体が起きる事を拒否しているようだ。

 そのまま優司は抗えぬ睡魔に呑まれようと体を揺すってくる人物に文句を言おうとしたが、


「んだよ、まだ寝かせ…………どぅぁ”ぁ”!? し、しまった今日は学園初日じゃねえか!」


 昨日の記憶が僅かに脳裏を過ぎって無理やり寝ていた脳を覚醒させた。

 そしてその勢いで一気に布団から飛び起きると視線を幽香へと向けた。


「い、いま何時だ!? まだ間に合うか!?」

「大丈夫だよ、まだ間に合う。……と言っても優司のせいでギリギリの範囲だけど」


 見れば幽香は既に学園の制服に身を包んでいた。新品の服にはよく独特な匂いが付いているが、これも同じようで彼の鼻腔を独特な匂いが突き抜けていく。


 しかしこの学園の制服は特殊な繊維を使って作られているらしく、体の内に流れる霊力の循環を良くさせる効果があるらしい。あとは対悪霊に特化していて悪霊の攻撃からある程度は身が守れる防御力を持っているとの事だ。


「お、やっと起きたね優司君。前もって私と幽香で荷物を車に運んどいたから後は優司君が着替えれば何とか時間内かな」

「あ、ありがとうございます鳳二さん!」


 彼の粋な計らいのおかげて後は優司自身が着替えれば良いだけとなっているようだ。

 それに幽香にもちゃんと感謝しとないけないだろう。

 起こしてくれた上に荷物まで手伝ってくれたのだから。


「幽香もありがとうな! このお礼はどっかで返すぜ!」


 そう幽香に言いながら適当に服を脱ぎ散らかすと、優司は昨日のうちに前もって準備しておいた制服に手を伸ばして着替えを始める。


「……はぁ。期待しないで待っているよ」


 隣では幽香が溜息を吐きながら彼の脱いだ服を回収して畳んでいるようだ。

 本当に彼は良い嫁に……じゃなくて良い主夫になれると優司は思った。


「よし、着替え終わったぞ! 急いで沼さんの所に行こう!」


 彼が幽香の手を引いて敬明が待っている外へと向かおうとする。


「うん。……あ、そうだ。一応言っとくけどこれで遅刻したら優司のせいにするからね」


 冷めた声でそんな事を言ってくる幽香。

 どうやら彼は静かに優司の寝坊に対して怒っているようだ。


「……あっ、やっと来ましたね! 優司くん幽香さん!」


 二人は急いで靴を履いて外へと出ると目の前には黒色の車が止まっていて、その車の影から敬明が声を掛けてきた。


「遅れて申し訳ないです……本当に」


 優司は直ぐに遅れた事を謝るが、敬明の表情は依然として難しいもので事態の深刻さが伝わってくる。これはもしかしたら自分の思っている以上にやらかしてしまったのかも知れない。

 そんな後悔の念が優司の中にふつふつと湧いてくると、


「まあ大丈夫ですよ、この私に任せといて下さい。これでも今まで数多くの方を学園に送り届けてきた実績があります。故に中には優司君のような方もいました。ですから何としても遅刻は回避できるよに毎年やっておりますのご安心を!」


 敬明は今日も覇気がない感じだと優司は勝手に思っていたが全然そんな事はなく、急に顔付きが変わったと思ったら言動まで変わって彼と幽香は唖然としている。

 

 だけどきっと敬明には何か譲れないプライド的なのがあるのだろう。

 遅刻回避の”送迎者”としてのプライドみたいなものが。


「さあ早く乗って下さい! 今からかっ飛ばして行きますからねッ!」

「「あ、……はいっ!」」


 敬明の覇気のある声に圧倒されると唖然としていた二人は急いで車の後部座席へと乗り込んだ。

 そして中には空気清浄機が置かれているのか無臭で清楚感があるイメージだ。


「じゃぁ頑張ってね二人とも。学園ではきっと色々な出会いと苦難が待っているだろうけど、二人ならきっと乗り越えられると私は信じているよ」


 車窓から鳳二が優しく微笑むように二人に声を掛けてくれると、まるで今生の別れとまではいかないが何故か不思議と優司の目頭は熱くなった。


「はい! 行ってきますお父さん」

「短い間でしたがお世話になりました! この御恩は一生忘れません!」


 優司と幽香が各々の別れの言葉を言うと同時に車のエンジンが掛かると、敬明の「行きますよ」という声が前の座席から聞こてくる。


「はい頼みます! なるべく安全運転で尚且つ遅刻回避でお願いします!」


 優司が車窓から意識を外して全部座席に顔を向ける。


「滅茶苦茶頼みますね……ははっ。ですが任せといて下さい。私としても譲れないものがありますからね……!」


 すると敬明は苦笑いしていたがアクセルペダルを踏み込むと、いよいよ二人を乗せた車は学園を目指して出発するのであった。

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